シンドローム16/27

「よし、わずか一週間とちょっとで最新のクエストに合流することが出来た。

 これもアマテラスの乗組員の働きのおかげだ! ということで、今日も宴じゃー」


「マスター、さすがに無理しすぎですよ、一日八時間以上のログインはさすがに健康に良くありません。ログアウトを具申します」


「うん? そうかな? この世界では俺は機械の体なんだし。何も問題ないと思うが……。

 はっ! そうか。ありがとうアイちゃん。気を付けなければいけなかった。

 八時間もログアウトしてないってことは、現実の俺は……くっ、殺せ!」


 ゲームに慣れてきて油断してたのだ。

 今回はユニバーサルクロークも着ずにベッドの上でログイン。

 まさかよりによってこんな日に……。 


「あらあら、マスター大丈夫ですよ。下の問題は安心してください。

 今回は長時間のログインが予想されたため、一応、私の判断でマスターの体は医療カプセルに移動させていただきました。

 ちなみに大きい方も問題ありませんよ? 私の方で対応させていただきましたから。うふふ」


「うふふ、って意味深な。まさか俺は……下の世話をアイちゃんに……クソッ! 男子としての尊厳が……」


「うふふ、落ち着いてください。問題はそれではありませんよ、可愛かったですし。

 問題というのはマスターの精神状態です、こまめにチェックしないとですね。

 あとは基本的なメディカルチェックもさせていただきます。久しぶりに好評だったピンクのミニスカナース服でお世話させていただきますね」


「お、おう。そうかメンタルケアは大事だしな」


 ……しかし、そうか、おれは大きい方もお世話になったのか……フルダイブMMO……やはりだめじゃないか? 二度とやるものか。


 ――ログアウト。


 目を開けると確かに俺は医療カプセルの中にいた。

 俺は下半身に恐る恐る目を向ける。


 清潔そのもので、おろしたてのパジャマを着ている。

 それに尿意もない。……つまりはそういうことだ。


 過ぎ去ったことは今さらどうでもいい。


 しかし、いよいよ俺達は犯人のいる最新クエストのフィールドに入ることが許されたのだ。


 長かった。たしかに、政府の交渉人、所謂ネゴシエーターがここまでゲームをするのは時間的に無理だ。


 彼らは暇じゃないしエリートなのだ。平日はがっつりと仕事をして、休日は家族サービスでビーチに行くのだろう。

 ネトゲなんてしてる暇などないのだ。


 だからこそ俺に今回の役目が回ったのだろう。


 でも本当にそうだろうか……これくらいなら、プロのネゴシエーターで独身、ゲームに詳しい人間もいるはずでは?。

 ゲーム素人の俺にお鉢が回るのも若干違和感がある。


 まあ、都合よくゲーマーでネゴシエーターなんて居ないと思った方が現実的ではあるのは間違いないはずだが……。


 しかし、だからといって平凡な一般人の俺が選ばれるのは違和感があるのだ。


 アイちゃんは俺は平凡な一般人ではないと持ち上げてくれてはいるが……。



 俺は八時間ぶりに現実世界によみがえる。

 なんとなく体中にけだるさを覚える。


 この感覚は眠れなくて結局完徹してしまった翌朝みたいな、そんな感じだ。


 コールドスリープから覚めた時のことはよく覚えていないが、もっとけだるかったような気がする。



「おはようございます。気分はどうですか? 勝手ながら着替えさせてもらいました。どこか体に不調はありますか?

 私が直接触っても何も反応しませんでしたので少し心配です……うふふ」


 ……やはりそうだ、全て見られた。

 無防備でだらしない俺の俺もすべて……。


 だから嫌だったんだ。女の子に全裸を見られてしまったじゃないか。これではお嫁にいけない! 


 …………。


 まあ冗談はその辺にしておこう。

 これからガチの健康診断だ、ふざけてはいけない。


「マスター、心拍数は正常ですね。でもおかしいです」


「え? 何か問題が?」


「ええ問題です。せっかくマスターのお好みのミニスカナースコスチュームを着ているというのに……もしかして私に飽きてしまいました?

 それともソーサラーの私の方が良いですか? ……やはりパンツの見えるゲームは問題がありますね」


 たしかに、空を飛ぶソーサラーのアイちゃんのパンチラは良かった。ファンタジーとエロの組み合わせは時代を超える至宝……。

 きっと女性キャラのパンチラもあのゲームの売りなのだろう。


「おっと、それは別件だ。アイちゃんは可愛いし、ピンクのナースは未だに興奮する。

 ……だが、今はそれどころじゃないんだよ。

 どうだろう。いよいよ犯人と接触するとなると、少々思うこともあってな。

 それに改めて思うと、なぜ今回の仕事は俺なんだ?

 爆弾テロを説得せよっておかしいだろ? それこそ、特殊部隊が犯人のマンションに突入すればいいじゃないか。

 廃ゲーマーなんて病人と一緒なんだし、ログイン中に制圧も簡単なんじゃないか?」


「その通りですね。ですが今回は我々にしか情報が回っていません。

 もちろん、アーススリーの一部の軍部、警察は知っているのでしょう。

 実際、対テロ偵察狙撃衛星はずっと、とある建物をターゲットにしています。

 ピンポイントレーザーでいつでも犯人を狙撃する体勢は整っているようですね。

 その上で、私達に仕事が回ってきているのです。クライアントからは犯人を出来るだけ殺さないようにという配慮が伺えます」


「なるほどね、政府高官のバカ息子って推測はマジだったのか?

 ふむ、なら俺が失敗したらバカ息子は衛星からレーザーを撃たれて蒸発して修了か……」


 それは後味が悪い。


「ここまで関わったんだ、話くらいは聞いてやろうじゃないか。そして生きる限りは罰を受けて更生してほしい」 


「はい、そうですね。その意気です。

 さすがマスターですね。

 では今日のスケジュールはジムでトレーニングをして朝食をとります。その後は船内を少し散歩しましょう」


「うむ、それは面白そうだ……うん? アイちゃん、なんで笑うんだい?」


「うふふ、どれもマスターが嫌いだったスケジュールですよ? やはりオンラインゲームの弊害ですね。

 さて、診断が終わりました。マスターは健康体です。ネトゲ症候群にはかかっていないようですね」


「ふう、安心した。俺はやはりゲームは好きじゃないんだ。嫌だと思っていたジムが今では恋しいと思えるほどにな」


 そう、やはりネトゲ―は、とくに没入型のゲームは体に悪いと結論すべきだろうか……まあ、俺がそう思うだけかもしれない。

 偉い人は言った。ゲームは一日一時間だっけ?

 節度を持ってのゲームは全然有りだと思う。でも一日中やるのは間違っているだろう。


 これも俺が旧時代の人間だからだろうか……。

 でも現実ではテロ事件に発展している……ゲームが悪いわけじゃないけど……悪い部分もあるだろう。


 うーむ、今度クリステルさんにあったら、意見を聞きたいところだ。

 彼女は大学で文化社会学の研究をしてたみたいだし。


 まあ、これは俺の憶測だけど、そもそも犯人の根本的な動機はゲームとは関係ない気がする。

 なにか嫌な出来事があって現実逃避をした結果が今回の事件なんだろう。


 たまたま、運悪く没入するくらいの人気ゲームに出会ってしまったのだろう。

 

 大多数の一般人はそこに折り合いをつけてストレス解消としてゲームを楽しんでいるのだ。

 そういう意味では。今回の犯人は病人であるともいえる、難しいものだ。


 アイちゃんから聞いた情報によると、現状はどう転んでも爆弾は爆発しないそうだ。

 既に犯人の住所は割れており、偵察衛星が24時間監視しているみたいだし、都市が壊滅するという最悪な事態は過ぎている。

 

 俺が出来ることは、なんとか説得して犯人を自首させること。

 少し肩の荷は下りたが、それでも一人の人間の命が係わっている。


「よし、アイちゃん。昼食を食べたら少し仮眠をする。夕方になったら起こしてくれ」


「マスター、仕事熱心なのはいいですが、さすがに健康によくありませんよ? 今日はお休みされた方がよいと思いますが」


「いや、アイちゃん。これから合う奴はゲーム漬け……不健康の塊。ボトラー、あるいはオムツァーであることが想定される。

 健康的に挑んでいい相手じゃない。

 それこそバシッとスーツを着こなすネゴシエーターでは勤まらないとクロスロード上院議員は思われたのだろう。

『ヘルゲート・アヴァロン』は遊びじゃないんだ。

 昔のネトゲ廃人の名言だそうだよ……俺達も、それくらいの気迫でいこう!」


「マスター……分かりました。遊び感覚であったのは認めます。失礼しました。

 ではさっそくスサノオに連絡しましょう。愚弟は廃人ランキングでも上位に位置しています。奴の交友関係からも犯人に目星がつくかもしれません」

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