第九話 ハーデス

ハーデス1/6

 福祉船アマテラスの船長室にて。


 船長室内にはアンティークな家具や机が並ぶ。


 ちなみに俺の趣味ではない。

 特にこだわりもない俺は観光船時代の物をそのまま使わせてもらっているのだ。


 俺は木製の立派な事務机の前に座り、デバイスのキーボードをカタカタ、ターン! と軽快に叩く。

 そう、俺の上司であり保護者であるクリステルさんに定期的に報告書を書く義務があるのだ。


 こればかりはAIに頼らずに自分の力でやらなければならない。

 考えることを放棄したらもはや人間に価値などないのだ。 


 いつの間にか日付は変っていた。


 今頃、先生方や子供達は居住区のホテルでぐっすりと眠っているだろう。


 俺もそろそろ寝ないとな、早朝のラジオ体操もあることだし、子供達の前でだらしない大人の姿は見せられない。


 そして明日の予定は冥王星見学だ。

 太陽系でもっとも不遇といえるかつて惑星だった星だ。


 コジマ重工の工場以外は何もない氷の惑星。


「アイちゃん。冥王星って見どころはあるかな……正直、何もないかもしれない。太陽系だったら他にも見どころのある場所はある。木星とか、土星の輪を見てみるのもいいかもだし……」


「ふぅ、今さら何を言ってるんですか。マスターが工場見学をしたいと言ったんじゃないですか。それにもう日付は変りましたよ? ドタキャンは最低です」


 ノリで決めてしまったが、いざその時が来ると不安になるものだ。イベントを企画する人たちはいつもこんな気持ちなのだろうか。


「だよなぁ。まあ、工場見学は面白いのは確かだけど……俺も初見だし、ちょっと心配になってな。それに事件の進捗も気になるしな、クリステルさんからなにか連絡はあったかい?」


「はい。ですがスサノオ強奪の犯人は未だに分かっておりません。スサノオのメモリーも特に書き換えられた形跡すらありませんでしたし。

 まあ、少しでも違和感があれば直ぐに足が付くのは犯人も理解していたのでしょう。

 犯人は随分、慎重なようです。ですから間接的に子供達を言葉で扇動して物的証拠は残さなかったのでしょうね」


 なるほどね、先生達にも洗脳の類はなく、ただ眠らされただけ、あとは子供達を言葉巧みに操るだけでテロを実行するってか。


 スサノオは止めるべきだったのだろうが、上位者の命令が最優先だからな、あの場合はなし崩し的に艦長となったトシオ君の命令を聞いただけ……。


 でも、戦いは随分とぬるかった。

 戦いの後でアイちゃんが言っていた。一対一で本当に勝つ気があるならアマテラスに勝算はなかったと。


 しかし、犯人は何を考えているんだろう、まったく想像が付かない。


 宇宙ステーション『クシナダ』にも手がかりとなる痕跡は無かった。


 密室の事件だというのに手がかりゼロとはいったい……。


「うーん、こんな時、あの名探偵未来少年君が居てくれたなら……。いや、今回の事件は死人はおろか怪我人一人も出ていないので奴が来るわけもないか、実際来てもらっても困るし……」


「マスター、そんなご都合展開はありえないですよ。それに死神探偵なんて私も御免です。

 さあ、無駄話はその辺にして、そろそろお休みになられては? 明日もお仕事なんですから。眠れないなら添い寝して差し上げましょうか?」


 今のアイちゃんはアンドロイドの体がある。しかもカスタマイズ品であり妙に色っぽい。つまりそういうことが……いや、まてまて、冷静になれ。


「え、遠慮しとくよ。子供じゃないんだし。まったくからかい上手になりやがって。余計眠れなくなるだろうが」


 だがたしかにアイちゃんの言うとおりだ。事件の捜査は俺の仕事じゃないし、考えるだけ無駄だ。

 それに眠ってる間に事件が解決、眠りのイチロー……なんてな。


 ……漫画じゃないんだ、寝よう。

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