4

 グスターブの屋敷の庭にあるベンチに座って、シルシエは地図を広げる。


「ギルドにいたおじさんが言うとおり、ここのダンジョンは地図が整備されてるし、探索し易そうだなぁ。鉱石の取れやすい場所まで分かるだなんて、ダンジョンっていうよりは採掘場みたいだね」


 そう言ってシルシエはもう一枚の地図を広げる。それはダンジョン内部地図ではなくグスターブ領とその周辺の地図。


「う〜ん、流石にどこへ行ったのか方向位は分からないと、時間がかかってしまうなぁ〜」


 大きく背伸びをしたシルシエが、両腕を上げたまま止まる。


 視線の先にいたのは、数日前に来客室に案内してくれた使用人の女性だった。あちらもシルシエの視線に気づいたようで、慌てて目を逸らすと小走りに走り去ってしまう。


「う〜ん、あそこまであからさまだと、話しかけづらいなぁ」


 走り去る使用人の女性を、目で追ったシルシエが困った顔で呟く。


 ***


 使用人の女性が大量のシーツを持って廊下を歩いていると、前方から歩いてくる人影に気づき、頭を下げて会釈をする途中で目を丸くしてしまう。


「な、なにか……御用でしょうか……」


 目の前に立ってにこやかに手を振るシルシエから目を逸らし気味にして、使用人の女性は尋ねる。


「一つだけ、領主の息子さんであるライアットさん……じゃなくて、あなたと同じ使用人だったニーナさんのことで」


「ニーナ」の名前を聞いて使用人の女性は目を丸くして驚き、思わずシルシエを凝視してしまう。


 ***


 シーツが大量に置かれた部屋にて二人は向き合う。


「こ、ここなら今の時間は担当の私しかいませんから」


 使用人の女性の言葉の意味を理解したシルシエは黙って頷く。


「ニーナは、私と同じ日にグスターブ様のお屋敷にきたこともあって、仲が良かったんです」


 そう前置きした使用人の女性がシルシエを何度かチラチラと見たあと、意を決した目で真っ直ぐ見つめる。


「ニーナのことをライアット様が気に入って、ニーナも優しいライアット様に惹かれお慕いしてて、やがて二人は一緒になるのだとグスターブ様に宣言したのです。ですが、猛反対をされ、二人は先日の嵐の夜にこのお屋敷から出て行きました」


「駆け落ちってことですか?」


 シルシエの問いに使用人の女性は黙って頷く。


「シルシエ様は、グスターブ様のご依頼を受けてライアット様を探しているのですよね。……その、言いづらいのですが、二人を見つけないでもらえませんか?」


 その願いを聞いて不思議そうに首を傾げるシルシエを見た、使用人の女性が言葉を続ける。


「二人には幸せになってほしいんです。だから、見つかったらきっと離れ離れになってしまうから……それにきっとニーナはここから追いだされて」


 使用人の女性は手と目をぎゅっと閉めて、体を震わせる。


「グスターブさんは多分そんなことしないと思いますよ」


 その言葉に、使用人の女性がそっと目を開けてシルシエを見つめる。


「グスターブさんは怖い人ですけど……あ、口も悪いですけど、そんなに悪い人じゃないと思いますよ」


 わざわざ「口が悪い」をつけ加えたシルシエを目をまん丸にして驚いた使用人の女性が思わず吹き出してしまうが、慌てて口を押えて下を向く。


「少なくとも僕には、本当に息子さんを心配しているように感じました。それに二人が今どこにいるかは分かりませんが、駆け落ちするってことは国境を越えて、名前も変え生活していくわけですよね。国によっては名を偽ることは死罪になることもあり得ますからその辺りも心配です」


 シルシエの「死罪」の言葉に使用人の女性は顔を青くする。しばらく黙って考え込んでいたが、ゆっくりと顔を上げると、シルシエを真っすぐ見つめる。


「出て行く前に、ニーナが「海の見える場所に行く」って言ってました。具体的な場所などは教えてもらえませんでした」


「海かぁ……うん、方角が分かれば、だいぶ絞れるし探せるかも。お姉さんありがとうございます」


「い、いえ。あの……」


 頭を下げてお礼を言うシルシエに、使用人の女性が口を開くが、先にシルシエが言葉を挟む。


「グスターブさんには言いませんから安心してください」


「いえ、その、ニーナを見つけて、もしも幸せそうにしてたら。勝手なんですけど、そっとしておいてもらえませんか」


 申し訳なさそうに言う使用人の女性を見てシルシエは腕を組んで考える。


「う~ん、それだとペナルティを受けて僕、グスターブさんの息子になちゃうんですけど。そうだ、そのときはコッソリ逃げちゃいましょう! じゃあ、僕が帰ってこなかったら、二人は幸せにしてるってこと、これでどうです?」


 シルシエの提案に、使用人の女性はホッとため息をつき、笑顔で頷く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る