3
「サージ区間……四番の……さん……さんと!」
渡された地図を見ながら町を歩くシルシエが、一軒の家の前で立ち止まりポストに書いてあるネームプレートを見る。
「マルコイ・ミナーラ。間違いないここだ」
シルシエが、ネームプレートに彫ってある名前を指でなぞりながら声に出し終えると嬉しそうに手を叩く。
「なんだ? 騒々しい」
突然後ろから聞こえてきた声にシルシエが振り向くと、一人の老人が立っていた。
白髪の堀の深い顔立ちで、深いシワのせいもあってか気難しそうな第一印象をシルシエに与えた老人は、シルシエに対して不審者を見る目を向ける。
「騒いでごめんなさい。僕はシルシエって言います。探索者をやっていて 、今日はこの依頼の詳細を聞きに来ました」
「依頼だと」
老人はシルシエが手に持っている、冒険者ギルド発行した依頼書を見たあと、シルシエを上から下まで鋭い眼差しで観察する。
「お前さんのような子供が探索者でわしの依頼を受けると言うのか?」
「はい、依頼書に書いてあった花がどんな花なのか気になって、僕も見てみたいなって」
そう言ってシルシエが見せる屈託のない笑顔を前にした老人は、口角を僅かに上げるとシルシエの横を通り過ぎながら手招きをする。
「ついてくるがいい」
老人に招かれ家の中へ入ったシルシエは、そのまま椅子に案内され座るとテーブルの上に水が置かれる。
「依頼の花ってのはこれだ」
水をテーブルに置いてすぐに、近くの棚から引っ張り出した本を開くと、間に挟まれた物を取りだす。
そして包んである、包みを丁寧に開き中から出てきた厚紙を手に取りそっとテーブルの上に置く。
置かれたものを左目でじっと見つめるシルシエに、老人が向かい側の椅子に座ってテーブルに両肘をつく。
「名乗っておらんかったな。わしはマルコイ・ミナーラだ。今テーブルの上に置いたのが依頼の花なのだが、見えづらいだろ。押し花にしているせいでもあるんだが、よく目を凝らすと縁が赤くなっているのが分かるはずだ」
そう言われたシルシエが目を凝らすと、厚紙の上に僅かだが薄いピンクの線が浮かび上がってくる。
「ユリの花?」
ところどころ途切れている、薄いピンクの線を頭の中で繋げ形を想像したシルシエの答えにマルコイは大きく頷く。
「そうだ、形はユリの花に酷似しておる。だが一番の違いは花びらや葉っぱ、茎までもが透明であることだ。初めはもっと全体的に赤かったのだが年月が過ぎると薄くなってきてな。気がついたときには、透明になっておった」
改めて厚紙の上にある透明の花を、シルシエはまじまじと見る。
「この花は妻が偶然ダンジョンで拾ったんじゃがな、鮮やかで透明感のある赤い花が大変に気に入っててな。こうして押し花にしてよく眺めておった」
目を細めて話すマルコイは、懐かしそうでいてどこか寂しそうに話す。
「わしが体を壊して冒険者の引退を余儀なくされたあとも、妻は元気に冒険者をやっておった。色々な物を見つけては自慢気にわしに話すんだ。そして最後に必ず、この花だけ見つけることが出来なかったと悔しそうに言うのがいつものパターンでな……」
そう言って押し花から視線を外し、タンスの上にあった小さな額縁を手に取る。
額縁の中には簡易的な防具に身を包んだ、よく見かけるオーソドックスな冒険者の恰好をした男女の絵が描かれていた。
髪は黒く、ヒゲも生えていない男性は、隣にいる女性に肩を組まれて照れながらも笑っている。肩を組む女性の方は正面を向いていて、明るい笑顔を惜しみなく絵を見る人に振りまいている。
「この男の人はマルコイさんですか?」
「ああ」
いつの間にかマルコイの隣にいて、絵を覗き込んでいるシルシエの問いに、マルコイは照れ気味に頷く。
「と言うことは、こちらが奥さんってことですか?」
シルシエの質問に頷いて答えると、マルコイは絵の女性に視線を落とす。
「妻はあの綺麗な花をもう一度見つけて、その群生地を発見すると意気込んでた。そして、ギルドに登録して花に名前をつけるんだと、いつも言っておってな。ダンジョンに何度も潜っていたんじゃが、五年前を最後に帰って来ることはなかった……」
声を僅かに震わせるマルコイをシルシエはじっと見つめる。
「パーティーメンバー五人中、四人が行方不明となり生存者一名も大怪我をして帰って来た。生存者の話だと、モンスターがほとんどいないはずの地下五階で突然、見たこともないモンスターに襲われたらしい。妻もそのときやられるのを見たそうだ。のちにわしもその現場に連れて行ってもらったが、妻の遺体はおろか遺品すらも持ち帰ることは叶わなかった」
時々声を詰まらせながら話していたマルコイは、話を終えると目頭を押さえ涙が流れないようにこらえる。
「おっと、すまん。話し過ぎた。お前さんが聞きたいのは依頼の内容だったな」
「いいえ、僕はマルコイさんと奥様のお話にも興味があります。夫婦で冒険者だなんて素敵ですし、できれば出会いからお聞きしたいです」
微笑みながらマルコイを見上げるシルシエを見て、マルコイの表情は柔らかくなる。
「老いぼれの馴れ初めなんて酒のつまみにもならんぞ」
「僕にとっては最高のお茶請けなんですよ。聞いちゃダメですか?」
満面の笑みで言い切り、おねだりをする子供のような口調をするシルシエにマルコイは思わず吹き出してしまう。
「ふっ、変わった子だ」
「よく言われます」
「そうか、少し長くなるから座るといい。大したもてなしはできないが、茶請けくらい出そう」
ポツリ、ポツリと始まったマルコイの人生の語らいは、日が傾き始めるまで続いた。
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