2

 それはよく晴れた日。いつものようにアーランドは畑を耕す。


 振っていた桑を柵に立て掛け、首にかけているタオルで汗を拭うと、腰にぶら下げていた水筒を手にし喉を鳴らして水を飲む。


 飲み足りなかったのかアーランドは畑から歩き出し、やがて井戸へとたどり着く。


 辺りを見渡し何かを探す素振りを見せるが、目当てのものが見つからなかったのか、井戸へと近づき桶に手をのばしたとき、アーランドの目が大きく開かれる。


 井戸の影からのぞいている女性の手に、アーランドが慌てて駆け寄ると、年老いた女性を抱きかかえ叫ぶ。


「母さん!!」


 ──ジジッ


 ノイズが走り場面が切り替わる。


 アーランドはベッドに寝ている母を診察する医者を見守っている。

 やがて診察を終えた医者がアーランドを見て小さく頷く。


「流行り病による肺炎。長期の入院と薬の投与が必要だな」


 年老いた村の医者の診断にアーランドの顔に暗い影が落ちる。


「病気自体は長期的な薬の服用で問題はない。ただあんたのお母さんは、随分と無理をしていたみたいだ。休養のためにも入院させた方がいい。紹介状を書いておくから早めに行くんだ」


 医者に念を押されアーランドは大きく頷く。


 ──ジジッ


 ノイズと共に場面が再び変わる。


 白い大きな建物から出たアーランドは深刻な顔で町の中を歩く。


 ポケットに突っ込んでいた紙を取り出し開くと書いてある数字を見て口をつぐんで、鼻息で大きなため息を付く。


「高いな。とてもじゃないが作物の売上だけではどうにもならないな……」


 下に向けていた目線を、上に向けたとき、たまたまアーランドの視界に店先に貼ってあるチラシが映る。


『アメジオール鉱石高く買い取ります 〈現在の買い取り相場〉グラム100バース』


 ──ジジッ


 ダンジョンの地下二階でアーランドが壁を小さなピッケルで叩き、岩肌を砕くと慎重に中からほんのり青く光る鉱石を取り出し、布の袋の中へ入れる。


「これくらい集めればそこそこ金になるはずだ。あと数回潜れば入院費はまかなえそうだな。昔、冒険者登録してて良かった」


 額の汗を拭うと奥の方を見つめ、手に持っていたランタンをかざす。

 ランタンの光が洞窟の奥へと伸びるが、ランタンごときの光では照らしきれないことがダンジョンの深さを物語っている。


「もう少し奥に行けばまだありそうだが……いや無理はしない方がいいな」


 奥に向けた目線を外そうしたその時、ランタンの揺れる光に照らされ、一瞬青い光がまたたく。


 青い光に誘われるように歩き出したアーランドが、壁の亀裂からのぞくアメジオールの一部を見つけ興奮気味に採掘を始める。


「こんな大きなアメジオールが見つかるなんてツイてる。これだけあればもうダンジョンに潜らなくてもいいぞ」


 壁を砕いてあらわになった、巨大なアメジオールを見て喜びの声を上げるアーランドがなにかに気づきふと横を見る。


 生暖かい息を吐くそれは、大きな口を開け鋭い二本の牙をアーランドの肩へと突き立てる。


 痛みに叫び声を上げながら、手に持っていたピッケルを肩に噛みついたヤツにがむしゃらに振り下ろす。


 ピッケルが当たる度に火花が散り、わずかだがソイツの顔が見える。


「ストーンスネークだとっ、こんなところで出会うなんて」


 見た目は巨大な蛇だが体の一部が石でできており、その硬い部分で防御や攻撃を行う。また神経系の毒を持っているストーンスネークは獲物を弱らせて丸呑みにする習性を持つ。


 石でできている部分への剣などの攻撃は通りにくいが、アーランドが持っていたのがピッケルというのが幸いし、ストーンスネークの頭にヒビを入れダメージを入れることができる。


 怒ったストーンスネークが口を離し、尾でアーランドを叩くと吹き飛ばしてしまう。


 だがこれ幸いとアーランドは肩を押さえ、もと来た道を必死に走り始める。


 傷を負わせた獲物を逃がすまいとストーンスネークが地面を這い、滑るようにアーランドを追いかける。


 必死の形相で逃げるアーランドは、自分が階層を一つ下りてしまったことにも気づかないまま、やがて少し明るく開けた場所に出る。そこで後ろからせまってきていたストーンスネークの攻撃を、地面に転がりながら避ける。


 勢い余って壁に激突したストーンスネークを見て、好機と走りはじめてすぐにアーランドは滑ってコケてしまう。


 慌てて立とうとするも、足が滑ってしまい再びコケてしまう。そして自分が段々と緩やかな傾斜を滑り落ちていることに気付いたとき、アーランドの体は空中へ投げ出される。


 そしてそのまま自分がどこへ向かって落下しているのかも分からず、目を見開き天井を見つめたままアーランドの体を地面から生えている針が貫いてしまう。


 血が流れ、血の気を失っていく唇を僅かに動かし、何かを呟くとやがて動かなくなる。


 ──バチッツ!!


 電流に似た光が走り、シルシエの右目の光がゆっくりと輝きを失っていく。


 そして金色の瞳にあった黒い蕾が開き薔薇に似た花が咲くと、シルシエは眼帯を着け瞳を覆い隠す。


「僕の探しているものはなかったけど、君のことは少し分かったよ」


 微笑むシルシエを、遺体のアーランドはじっと見つめる。


「君をお母さんのもとへ帰す前に、君の無念を晴らしてあげよう。おっと、これには追加料金はかからないから安心してよ。僕の慈善活動ッてヤツだから。昔ね凄く大切な人に言われたんだ」


 シルシエは立ち上がると、アーランドの目元にそっと手を置き、撫でるようにしてまぶたを閉じさせる。


「人には優しくしなさいって。誰だったかは忘れたけど、凄く大切な人にね。だから僕に任せて」


 優しく語りかけられたアーランドの目尻に僅かに水が光輝く。

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