第9話 強い執事

 


 オークの集落を潰したアリスは、不眠不休で様々な魔物の集落を潰し回っていた。ゴブリン、コボルト、オークなどの弱い魔物ばかりだが、数だけは多いので普通は1人だけで潰し回ることは厳しいのだが…………、アリスの無限にある体力がそれを可能にしていた。

 消費した魔力も、倒した後に魔素を吸収して魔素が増える同時に、魔力も回復していた。

 まさに、無双状態だった。無双では生温いぐらいにイージーな戦闘で、リディア王国の近くにある森では魔物が全滅しそうな勢いだったがーーーー




 やり過ぎた。やり過ぎたのだ。上位の魔人が現れてしまう程にだ。









「ホホッ、まさか可愛らしいお嬢様だと思いませんでした」

「ッ……」


 見た目は執事服を着た老人にしか見えないのに、溢れ出る威圧感に押されそうになった。

 戦えば、確実にこっちが負けるのはわかるぐらいに力の差を感じていた。それでも、アリスは声を絞り出すように返事を返す。


「……お前は何者だ?」

「ホホッ、忘れていました! 自己紹介をしなければ、執事としては失格ですからね!」

「……そこは執事とは関係ないんじゃねぇか?」

「…………」


 老人が黙ってしまい、アリスは何か間違えたのかと内心で慌ててしまう。


「……おい?」

「はっ、すいません。大昔に同じ返しをされた方がいましたので、懐かしく思いまして! ホホッ!」

「大昔?」

「はい、たった千年前ですがね」

「千年前!?」


 老人の話が本当のことなら、目の前にいる奴は想像していたより厄介な人だということ。なんとか逃げられないかと思案していたがーーーー


「ホホッ、私から逃げようとするのはやめた方がいいですよ」

「……チ、心を読めんのか?」

「いえ、私にはそんな力はありません。ただ、状況から言い当てただけですので」


 アリスは間違いなく詰んでいる。自分より上位の魔人から逃げられないし、戦っても相手にはならない。


「あ、私はすぐ貴女を害しようとは思っていませんので、安心して下さい」

「すぐ?」

「はい。ここは主人の領地であり、暴れては困るので、他の領地に赴くなら見逃しましょう」

「主人って、お前より強い奴がいんのかよ?」


 世界は広いなとは思ったら、老人がとんでもないことを言ってきた。




「はい。私の主人は魔王の1人であり、最強の名を預かっております。私はその配下で、ロドムと申します」




 唖然とするアリス。まさか、魔王の配下だと思ってなかった。いや、強さだけなら納得できる部分もある。執事であることを除けばだが…………


「最強の魔王か、魔王になるためにはどうすればいい?」

「おや、魔王に興味がおありで? しかし、残念ながら今の貴女では不可能ですね。可能だとしても、私が答える必要性は無い。間違ってはおりませんよね?」

「確かにな……お前を倒せるぐらいじゃないとなッ!!」


 アリスは予告もなく、無防備のロドムに向けて『魔爪』を発動していた。少しは傷を付けられるかもと少しは期待をしていたが…………


「ホホッ、いきなりですなぁ。だが、無駄ですよ」


 ロドムは何もしてなかった。身体から漏れ出している高質な魔力に阻まれていて、服にも届いてなかった。


「アッサリと止められたな。そこは予想通りだが……、これで終わりだと思うなよ!!」


『狂気発作』を発動すると、ロドムは感心したように、ホゥと息を吐いていた。狂気状態になったのに、『魔爪』が消えてないことに感心していたようだ。


「これなら、どうだ! 『一文字』ぃぃぃーーーー!!」


 狂気で強化された状態に、魔爪が1本だけに力が集中された。それをロドムに向かって振り抜いた。周りの木々を巻き込んで老人の身体を真っ二つにしようとするが…………


 バキッ!!


「凄いですね。私の白手袋が破けました」

「……本気でやっても、それだけかよ」


 ロドムはただ、向かってくる魔爪を掴んで、握り潰しただけ。特別なスキルを使ったわけでもない。

 ただ、握り潰しただけなのだ。


「害するつもりはありませんでしたが、少しはお仕置きが必要ですね」


 ロドムがそう言うと、頬から凄い衝撃を感じ、アリスの身体が吹き飛んでいた。地面に転がり、アリスはようやくビンタをされて吹き飛んだのを理解した。


「あ、あぐぅ……」


 痛みはないが、脳を揺らされたような感覚を味わっていた。膝が笑うようにガクガクとすぐ立てないでいた。


「どうですか? これで力の一端でも感じて貰えば、助かりますが?」


 無駄な殺生はしたくないようで、大人しく領地から出て行けと言っているのだ。だが、それを簡単に聞き入れることは出来なかった。

 他の領地に行くということは、別の者の領地へ移ること。今みたいに強力な魔人が現れて、また別の領地へ逃げる。ずっと領地を変えて逃げるようなことはしたくなかった。

 単に、プライドが許さなかった。このままでは弱いままであり、負け犬に陥ることのと変わらない。


「ッ、ふ、ふざけるな……、俺には目的がある。それを達するには…………逃げるにはいかないんだよ!!」

「まだわかりませんか」


 また反対側の頬に衝撃を受け、吹き飛ばされてしまう。まだ生きていることから物凄く手加減されているのがわかる。本気を出さずとも、普通にビンタされたらアリスは死ぬだろう。手加減されたビンタでさえも、反応も出来ず、衝撃を逃せない。


「ぐぅ、まだ、やられるには……」

「では、もう一発」


 またビンタが来るとわかっていても、見えたとしても、身体が動いてくれない。また吹き飛ばされるだけで終わるのは嫌だと思った。反撃をして、見返したいと思った。

 その強い願いが叶ったのか、声が聞こえた。



 《条件を達しました。希少スキル『暗闇眼(ダークネス)』に『愚焔』が追加されました》



 新たな力を得た。どんな効果なのか調べる暇はなく、こっちへ向かってくるロドムの左手を睨んだ。




「ッ!?」




 慌てて離れたかと思えば、ロドムの左手が黒い焔に纏わり付かれていた。まるで生きているように、左手からロドムの全身へ迫ろうとしていた。


「ホホッ、魔力を燃やす焔ですか」


 ロドムは『愚焔』の能力をすぐに理解し、魔力の皮を脱ぐように、黒い焔から脱した。その分の魔力が減ったようだが、その程度ではロドムを驚かすしか役に立たなかったようだ。


「まさか、切り札を隠していたのですか……と聞きたいとこですが、こんなスキルを持っていたら、既に使っていたでしょうね。つまり、たった今に発現したスキルということ」

「…………」


 見破られている。強い想いで新たな力を得たのに、ロドムには勝てないまま。


 だが、状況は変わった。ロドムが少し考えた後に質問してきた。




「貴女は目的があると言いましたが、どのような目的でしょうか?」


 完全に勝てないと理解したアリスは正直に答えるしか手がない。嘘を言って、嘘を見破られて機嫌を損ねたらそこでお終いである。生きるためには、正直に言うしかない。


「…………復讐だ。俺の幸せを奪った人間共を殺すためにだ!!」

「ホホッ、穏やかな話ではありませんね。そのために、力を?」

「あぁ、いずれは魔王の力を手にするんだ」





 ロドムはまた考え込み始めた。


 ふむ、何か事情がありそうですな。彼女は人形から変化した魔物のようだが、考えがしっかりしている。理性もあるようだし、それにスキルも珍しいの持っていそうですね。

 強い復讐心だけでここまで育ったとなれば、賞賛に値しますが、それだけではなさそうですね。

 なら、少し遊ばせてみせますか?

 今はまだまだですが、もしかしたら将来はーーーー



 その時間は1秒にも満たない短い時間だった。考えを纏めたロドムは口を開く。


「ホホッ、この件は私が預かります。私達の仲間には私から言っておきますので、この領地では好きに行動しても構いません」

「は?」

「私は見たくなりましたのですよ。貴女が何処へ突き進んでいけるか、期待していますよ。あ、名を伺っても?」

「え、あ? アリスだが……」

「アリスお嬢様ですね。では、また会える日をお楽しみにしております。ホホッ」


 ロドムはそう言って、自分の影の中へ消えていった。アリスは見逃されたことを理解し、苦虫を噛んだような表情を浮かべるのだった…………






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