第11話 時と場所
俺が知っているのは自分の名前だけで、この世界での立ち位置を知らない。
俺は奴の反応に手ごたえを感じ、自分の正体が知れるのではないかと期待をした。
だが、返って来たのは良く分からないコメントだ。
「いや、知らぬ。何となく響きが私の名前と似ていると思っただけだ。ちなみに私の名前はロングラン」
「そうか……。まあ、よろしく」
特に似ていないではないかと思ったが、ふざけている感じはない。何か天然のものを感じるが、会話が出来ないタイプではなさそうだ。無理に敵対することもないだろう。
「ああ、こちらこそよろしくな! 最初は何だコイツ、と思ったが、貴様、思ったほど嫌な奴ではないな」
俺自身も同意見だが、その口調は清々しいほど、嫌味でも皮肉にも感じない。何かと得をするタイプかも知れない。
「それでは、改めて自己紹介させてもらおう。俺はロジタール、この館の留守を預かっている者だ」
どういう事情であれ、俺にはまだその口実でもって、この屋敷に住まうことが出来るはずだ。
「何だと!?」
だが、ロングランは微妙に激昂した。そして続けざまにこう言う。
「俺こそがその立場であるはずだ! この館の持ち主ではないが、確かに老人よりここの留守を預かった。虚言を吐くとは、やはり信用ならない奴!」
「待ってくれ、俺は嘘は言っていない」
俺の真剣な眼差しを受けて、ロングランは少し表情を緩めた。直情的だが、やはりどこか憎めない奴だ。
「ううむ、俺はそれなりに人を見る目がある。嘘は言っていないように感じるぞ。ならば、俺たちの矛盾をどう説明する?」
「老人が嘘を言っているか、互いに違う老人のことを言っている。もしくは屋敷が実は二個あったり……」
俺は自分の考えを述べている最中に、ふとした違和感に気が付いた。一方でロングランは感心している。
「あったり? ほほう、しかし、よくもそうすぐに可能性を考えられるものだな」
「後は、変な事を言うようだが、どちらかがタイムスリップしているか、だ」
「タイムスリップ?」
「別々の時間を生きる二人が出会ったということさ。それならば、老人も俺もロングランも、誰も嘘を言っていないことになる」
「なるほど。しかしそんな事があるのか? 初めて聞いたぞ」
「俺も昨日の出来事がなければ、こんなこと思い付くこともなかったさ。まあ立ち話もなんだ、よかったら隣の部屋でも使おう」
さきほど見たばかりだが、とりあえずテーブルとイスは十分過ぎる数がある。俺はロングランを隣の部屋に案内した。
すると入室してまず第一声、ロングランが奇妙な声を出した。周囲を見回しながら言う。
「何だこの部屋は! ここは空き部屋で、何もない部屋だったはずだ」
その言葉は俺の仮説を裏付けるものでもあった。
「それならば、やはり俺たちの知っている屋敷が、それぞれ違うものなのかも知れない」
「あ、ああ、俺も貴様の話を信じる気になったぜ。だが、それなら一つ、決めておかなければならないことがあるな!」
ロングランは手近な椅子に腰を掛けた。俺にも座るように促す。
「決めておくべきこと?」
「俺たちがこの屋敷の留守守だとする。だが、それらの立場が同一であっては、色々と都合が悪い。そう、俺たちの間で序列をつけなければならない。違うか?」
一理あるが、その提案に乗ると面倒な事になりそうだ。俺は短く考えて、しっかりと述べた。
「分からないでもないが、それは俺たちがずっとこの屋敷で過ごす場合だろう。恐らく、あなたが来たあの部屋の向こうは、元のあなたの世界の屋敷に繋がっている」
今度はロングランが考え込む番だ。
「ううむ、確かにあの部屋には扉が二つある。一つがまともで、一つがここと繋がってしまったということか? だが、今までそのようなことはなかった」
「実は、この現象はあなただけの間に起きたことではない。この屋敷は昨日だけでも二つの異世界と繋がってしまった」
「異世界? 屋敷が? すぐには信じられない、試してみよう。付いて来てくれ」
ロングランは言い終えるや動き出し、続く部屋の扉へ手を掛けた。
続く部屋には、おとぎばなしで見るような古めかしい応接室が広がっていた。なるほど、ドアが右奥にもう一つの扉が設けられている。
ロングランに続き、俺もおそるおそる彼の背を追おうとしたのだが……。
「ぬぐおっ!」
やはりというか、俺の体は別の空間へも抜けられなかった。室内に入ることさえ出来ず、強力な見えない壁にぶち当たってしまった。
「どうした、何をしている?」
適当にごまかすしかない。
「いや、その空間は正しくあなたのもので、そこへ俺がずかずかと入り込むのはどうなのだろう、と思ってな」
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