第50話 パン工場の女
私たち取材班は、とあるパン工場で働く女性にインタビューすることになった。
待ち合わせ場所に指定された場末のバーのカウンターで彼女は作業服のまま、すでに一杯やっている様だった。
「あー本当に来たの。まぁ隣に座りなよ。」
女性の頬がすでに赤く、目は何処か虚ろであった。普段元気にバタバタ走る彼女とは違う印象に私達は戸惑ってしまったが、私は彼女に言われた通り隣の席に腰掛けた。
「今日はよろしくお願いします。」
「はい宜しく。で、私なんかの何が知りたいの?」
それではインタビューを始めるとするか。
:仕事をはじめられたきっかけは?
「きっかけ?・・・なんだったかしら?求人情報誌見てたら、たまたま目に入ったんだと思うわ。こんな仕事だと分かったら絶対に入らなかったけどね。」
:右手が凄いテーピングですね?
「手首と肩を痛めてるからね。肩の方のも見る?・・・あぁ見ないで良いか。左様か。」
:仕事は辛いですか?
「辛いわよ。パン屋は朝早いし、クソジジイと一つ屋根の下だし、毎回毎回遠投させられるし、給料は安いしね。もう最悪。お兄さん何処か良い転職先知らない?」
:仕事辞めたいんですか?
「やめたい。もう体がボロボロなのよ。今日だって整体入って来たし、一回投げるだけで全身が痛いのよ。」
:遠投のコツとかあります?
「・・・話の流れで今それ聞く?まぁ良いや、そうねコントロールはもちろん大事なんだけど、その時の自分のコンディションを把握して、風の動きを読むことも大事ね。それで全てを新しい顔にこめて一パン入魂ね。それで投げるの。怒りと憎しみを込めたパンを。それで元気百倍ってわけよ・・・私はドンドン元気じゃなくなってるのにね、フフッ。」
:たまにパンを弾き返されたりしますよね?
「あーあるわね。あの時はバイキンの野郎を殺したくなるわ。コッチは生身でやってるのに向こうは大概乗り物じゃない?それもムカつくわよね。今度はアイツの顔に石ぶつけてやろうかしら。」
:仕事を続けられてる理由は?
「それは子供達の笑顔を見たいから・・・プッ、そんなわけないでしょ?あんな獣顔のガキ共の笑顔なんて見たくないわよ。惰性ね、惰性で続けてるわ。一度やめるチャンスがあったのに、あのジャムの奴に邪魔されてね。本当に悪魔みたいな男よ。」
:やめるチャンスというのは?
「・・・付き合ってた彼氏にプロポーズされたの。少し悩んだんだけど仕事辞めようと思ってね。あのジジイに言ったら『貴様の遠投が無ければ私達の世界に未来はない、世界がどうなっても良いならやめろ』とか真顔で言い出すのよ。そんなこと言われたら仕事辞めれないじゃない?だって世界に未来が無かったら、結局結婚しても意味無いしね。それで彼氏に愛想尽かされて別れることになっちゃったの。笑えるでしょ?」
:最後に言いたいことありますか?
「世の中の女性の人・・・世界にいっぱい仕事はあるけどね。パン工場の仕事だけは駄目よ。勝手に世界の命運を握らされちゃうから。婚期逃すわよ。」
こうして彼女のインタビューは終わったのだが、インタビュー後、彼女は度数の高いテキーラをショットで五杯一気飲みして酔いつぶれて寝てしまった。こんな姿になっても明日には笑顔でパンを作るのだろうか?今日私は社会の闇を垣間見た気がする。
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