第47話 連れ子と一緒
「あなたのことをお父さんと認めてませんから。」
結婚した当日、嫁の連れ子の五歳児の女子からそう言われて、私はいきなり先制パンチを喰らった気持ちになった。
今まで物静かそうにコチラの様子を窺っていただけだったが、なるほど認めていなかったのか、そういうことはもっと早めに言ってくれれば、良好な関係を築けたかもしれないのに、いやはや子供というのは何とも不思議なモノである。
佳代子(かよこさん)、つまり今の俺の嫁に連れ子が居ると聞いた時は少し驚いたが、私は佳代子さんのことを好きだったので大した障害にはならなかった。むしろ連れ子ごと愛そうと心に決めたものだ。しかしながら結婚した当日に連れ子本人から宣戦布告されて幸先が不安である。
ある日、私がソファーに座って嫁とイチャイチャしようとしていると、私と嫁の間に連れ子が入ってきた。
「あら?パパとママと一緒が良いの?」
なんてことを嫁は言っていたのだが、この子の狙いは私と嫁を分断させることにある。その証拠に私の方をチラリ見て、ニヤリと悪魔の様な笑顔を浮かべたのである。
そっちがその気ならと、私は連れ子をひょいと掴んで、自分の膝の上に乗せてみた。
「な、なにをする‼」
顔を真っ赤にして怒り始めた連れ子。ジタバタ暴れるので連れ子の足が私の顎にクリティカルヒット。私はそのまま意識を失った。
私と嫁は仲睦まじく、一年もたたずに二人の間に可愛い男の子の赤ちゃんがすぐに出来た。自分の子供が出来たからといって浮かれずに、ちゃんと連れ子と平等に愛そうと心に誓っていたのだが、ここでも連れ子は行動を起こした。
「はい、よちよち良い子でちゅねー♪」
「あー♪」
何と赤ちゃんのハートを速攻で掴み、甲斐甲斐しく世話を始めたのである。
「私はもうオムツを何回も変えましたよ。あなたは変えたこと無いですよね。」
とドヤ顔でぬかすので、私は悔しさいっぱいだった。私だってオムツを変えたいし、ミルクだってあげたいのである。せめて私に母乳ならう父乳が出れば良かったのに。人生とは全くもって上手く行かないモノである。
連れ子が小学生に上がり、父親参観日に私が行くことになった。ビシッとスーツで決めて、意気揚々と教室に入り、睨んできた連れ子をガン無視して授業を聞いていた。
今回の授業は「私のお父さん」というテーマの作文の発表であり、小学生たちが普段のお父さんの様子や、お父さんのことをどう思っているのか話している。きっと私は連れ子から、とんでもない罵詈雑言を言われるのだろうと、前日から精神強化に努めていたので、きっと大丈夫なはずだ。
しかし、娘は私の斜め上を行った。
「私のお父さんは今天国に居ます。」
そう来たか。教室が何とも重々しい雰囲気だ。意地でも私のことをお父さんだと認めてくれないらしい。しかしながら私は前の旦那さんのこともリスペクトしているので、こんなことで腹を立てるような男ではない。黙って最後まで聞いてやろうじゃないか。そう思っていたのだが連れ子の方にトラブル発生。
「私のお父さんは優しくて・・・ひっく、カッコ良くて・・・うえええええええん‼」
自分の父を想ってか、連れ子が泣き始めてしまったのである。それを見て私は居てもたってもいられなくなり、後ろからそっと連れ子を抱き締めた。わんわんと泣く連れ子の頭をそっと撫でてあげたが、ここまで己の無力さを痛感したのは初めてであった。
それから時は流れ、成人を迎えた連れ子が結婚することになった。彼氏との初対面の時、一度夢だった「お前に娘はやらん‼」を実行してみたが、「お前の娘になった覚えはない‼」とまさかの連れ子からのカウンターパンチに涙がこぼれてしまった。本の冗談のつもりだったのに。
披露宴のさなか、娘が親に対しての手紙を読み上げるシーンが始まり、連れ子が事前に用意していた手紙を読み始めた。私の脳裏に父親参観の時の光景が目に浮かんだ。未だに私は連れ子から認められていない節があるので、ここでも嫁と天国のお父さんに対しての手紙だろうと腹を括っていた。
しかしながら、またしても斜め上。
「今のお父さんへ。」
初めは今のお父さんとは誰ぞや?と頭が混乱していたが、そうか今のお父さんは私だと合点がいった。だが私に対する手紙なんて、今度こそ罵詈雑言の嵐かもしれない。身構えなくては。
「私は新しいお父さんに対して素直になれず、当りもきつかったので、お父さんはさぞやり辛かったことでしょう。でも本当は私は新しいお父さんが出来て嬉しかったのです。」
「えっ?」
私は思わず声が漏れた。そんな話は一回も聞いたことが無かったからである。
「でも私は前のお父さんのことも大好きだったので、正直どうしていいのか分からないまま今日まで来てしまいました。本当に可愛くない子供で申し訳ありません。あなたは溢れんばかりの愛情を私に注いでくれたことを知っていたのに・・・私は・・・私は・・・ひっく。」
また手紙の途中で泣き始める連れ子。まぁ今回は私もつられて泣いてしまっているのは内緒である。だってこんな不意打ち来るって知らないもの。
「わ、私は本当は今のお父さんのことも大好きです・・・ひっく、だからいつまでも元気で、お母さんと仲良くしてあげて下さいね。」
涙で前が見えなかったが、娘の言葉は一言一句聞き逃さなかった。両隣に居る息子と嫁が、私の頭を代わる代わる撫でてくれたので、何とかその後に私は泣き止むことが出来た。
連れ子と一緒に居るというのは意外と難儀なものだったが、こんな嬉しいサプライズが待っていてくれたなら、今までの苦労を差し引いてもお釣りが来る。
娘よ、幸せにな。
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