第45話 人斬りの傘
時は幕末。日本の分岐点となる時代に一軒の傘屋があった。
その傘屋は表向きでは普通の傘屋を装っていたが、実は人斬りの為に傘の中に仕込み刀を入れた傘を作っており、その界隈では有名な傘屋であった。強面で無口な店主の助六(すけろく)は今日も今日とて傘を作る。
「親父、俺の為に真っ赤な傘を作ってくれ。おっと仕込み刀の入ったもんじゃなくていいぜ。普通の傘で宜しくな。」
店に入るなりそう頼んできたのは、駆け出しの若い人斬りである弥吉(やきち)であり、助六は念の為に理由を聞くことにした。
「お前さん、どうして赤い傘なんて作るんだい?」
「へへっ、そりゃお前、返り血を隠すためさ。俺はもう三人も人を斬ってるんだが、その度に雨続きでな。傘に返り血が付いて苦労してるんだよ。だから、あらかじめ赤い傘を買っておけば返り血が目立たなくなるって寸法よ。」
「・・・なるほどな。」
それ以上、助六は弥吉には何も聞かなかった。弥吉の言葉に思うところはあったのだが、傘職人の助六はただ言われた通りの傘を作るだけである。
「こんにちわー。」
再び傘屋の暖簾をくぐる男が一人、背の高いがひょろっとした、目が開いてるんだか開いてないんだか分からない細目の男。この男の名前は霧雨(きりさめ)と言って、この店の常連客であった。
「親父さん。頼んどいた傘出来てますか?」
「出来てるよ。」
助六は店の奥から真っ白い番傘を持ってきて、霧雨に渡した。
「それでは少し拝見を・・・。」
そう言うと傘を開いたり閉じたり、くるくる回転させた後、霧雨は傘の柄をカチャリと回転させて仕込み刀を引き抜いた。この霧雨もまた人斬りなのである。
その仕込み刀の刀身を熱心に見て、最後には刀を再び傘に納めて、うんうんと頷いた。
「流石は親父さん。じゃあこれはお代です。」
「まいど。」
霧雨はお代を渡すとそのまま帰ろうとしたが、まだ店内に居て二人のやり取りを見ていた弥吉が突っかかって来た。
「おい、お前。何で白い傘なんて作ったんだ?お前人斬りなんだろ?返り血が付いたら目立つだろうに?」
助六は人斬りが人斬りに話し掛けるなんて野暮だし、客が居ないとはいえ物騒な話をされるのは困るのだが、弥吉が若いことを考慮して何も口出しはしなかった。ただそんな質問をされて霧雨が何と答えるのか、助六には大体の見当は付いていた。
「意味が無いからですよ。それでは急ぎますので。」
霧雨はニコリと笑って、傘を片手に足早に帰って行った。
「意味が無い?どういう意味だ。」
首をかしげる弥吉であったが、結局白い番傘の意味は分からなかった。
~三日後~
「親父?ありゃどういうことだい?」
店に入って来るなり弥吉が助六にそう聞いた。
「どういうことというのは?」
「いや、この間の白い番傘の男を町中で見かけたんだけどよ。赤い番傘を持ってたんだ。アイツは何本も番傘を持ってんのかい。」
それを聞いて助六は久しぶりに少し笑った。
「ふっふふ。」
「な、何が可笑しいんだよ⁉」
馬鹿にされたと思って顔を真っ赤にする弥吉。助六は番傘のことを弥吉に教えてやることにした。
「あれはこの間の番傘だよ。一晩に何十人も斬ればムラなく真っ赤に染まるだろうよ。」
それを聞いた弥吉は青ざめた顔をしたので、助六は赤くなったり青くなったり忙しい奴だなと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます