第39話 蚊取り線香

僕の名前は香取 閃光(かとり せんこう)、高校一年生である。親にメチャクチャカッコいい名前を付けられてしまったが、要するに蚊取り線香という駄洒落である。

僕の家では蚊がよく出る。理由としては山が近いせいだろうか?

ゆえに僕の家族は蚊と戦い続けていた。

そんな我が家のメインウエポンは蚊取り線香であり、これにより様々な蚊を撃退して来た。だがこの蚊取り線香にも弱点がある。それは匂いが他の物に付いてしまうことである。

夏の間、我が家では蚊取り線香を焚き続けている。だから僕は夏の間は蚊取り線香の臭いを漂わせながら、学校に行かねばならない。僕自体は蚊取り線香の匂いは嫌いじゃないのだが、周りから蚊取り線香臭い‼と囃し立てられると、思春期の僕は顔を赤くせざるをえない。

臭いを気にして、登校中は皆から離れて歩いていたのだが、ある日、僕の人生史に残る出来事が起こったのである。


「くんかくんか。」


なんと隣のクラスの女子が僕の臭いを嗅ぎ始めたのである。拳二つ分の距離ぐらいで、くんかくんかと人目をはばからず臭いを嗅ぐ少女。すれ違った事はあれど会話をしたことなど一度もない。だが近くで見ると目がクリっとしていて、胸も中々大きいではないか。いやいや、僕は何を考えているんだ。周りの注目を浴びてしまっている。即刻嗅ぐのをやめさせないと。


「あ、あの、すいません。自分の臭いを嗅ぐのをやめてもらって良いですか?」


「あっ、すいません。ついつい。」


ハッと我に返って、僕と距離を取り始めた少女。あれだけ近かったのに急に離れられるのも思春期的にはショックである。

離れると少女は自己紹介を始めた。


「私の名前は荷負 透子(におい すきこ)です。」


「あっはい、僕の名前は香取 閃光です。」


高校生にしては堅苦しい自己紹介ではあったが、彼女の名前を知れたのは素直に嬉しい。


「くんかくんかしてすいません。私好きな匂いがすると、くんかくんかせずには居られない星の元に生まれていまして。」


「そんな使命感を帯びている感じなんですね。」


「はい、なので香取君の匂いに私のキュンキュンしてしまいまして、蚊取り線香を家で焚いているんですね。好きなんですよ蚊取り線香の匂い。雨上がりのアスファルトの匂いぐらい好きなんです。」


雨上がりのアスファルトと同格にされたのは何とも言い難いが、こんな可愛い子に匂いが好きといわれるのは満更でも無い。初めて蚊取り線香の匂いに感謝した。


「それでなんですけど、まずはお友達から始めませんか?」


「・・・へっ?」


突然の彼女の爆弾発言に、僕は目が点になった。

お友達から始めませんか?それって最終的に何に行き着くの?


「私、昔から好きな匂いを漂わせてる人と結婚すると決めてまして、同じ墓に入るの前提として友達になって下さい。」


前提までが長い。そこまでを前提とされるのは中々抵抗がないでもないが、お友達からという手軽さも相まって僕は「はい、喜んで」と二つ返事でOKを出した。

蚊取り線香で蚊だけじゃなくて女の子も落とせるなんて浅学菲才であった。

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