異世界格闘〜地球最強は異世界最強になれるか〜

冷凍みたらし

第1話 世界最強、死す

 ここは日本のとある山中。

 およそ人など来るような道も無く、ただ辺りは木々が生い茂っており、正に秘境とも呼べるようなとても深い深い森の中。

 そんな森の中に一人の男が立っている。


 身長は190を超え、体重はおよそ120キロ前後だろうか。

 下履きは柔道か空手の胴着だろうか所々ほつれ、土汚れが酷い。

 上半身は何も着ておらず、その身体はまるで鍛え抜かれた鋼、そんな筋骨隆々の男であった。


「フッ」


 短く息を吐き、右拳を突き出す。空手の正拳突き。

 それを目の前の巨木に向かって打ち込んでいる。

 樹齢何百年であろう立派な巨木、これを折るとなれば重機を使わなければならないであろう太い幹。


 男が突きを打つと巨木が揺れる、よく見れば男が打ち込んでいる箇所は木の皮がめくれ抉れている。

 何千、いや何万回打ち込めばそうなるのか、とにかくこの抉られた幹は男の仕業であろう事がわかる。


「ふぅ…後2、3日あれば折れるじゃろう」


 そう呟く男。

 名を仙波せんば宗一そういちと言う。

 10代で空手、柔道の世界チャンピオンになり、その後ボクシング、ムエタイ、総合格闘技、全て頂点に立ち、果ては中国拳法、カポエラ、サンボ、システマといった少しマイナーな格闘技まで手を出し、この世のありとあらゆる武を極めんとする男だった。


 今はプライベートでリフレッシュ休暇という体の修行を行っている。

 とても現在70近い老人には見えないエネルギッシュさがその男にはあった。


(あぁ、楽しい。楽しい…が物足りぬ。相手が欲しい…)


 もう10年以上対人仕合を行なっていない。

 良くも悪くも仙波はその強さが世界に知れ渡ってしまっている。

 誰も彼も、仙波に挑もうとする者はおらず、独り黙々と修行をする日々であった。


 日々修行、高まる武。

 だがそんな日常も終わりが来る。

 病に侵されたのだ。


 そして病に侵され5年、もはや思うように身体も動かす事も出来なくなった仙波は自分の死期を悟る。


(最早、これまで…か。まだ試したい事ややりたい事はいっぱいあるんじゃがのぅ。後10年…いや、まぁ、これも人生…か)


 史上最強

 武神

 人類最高傑作

 など数々の異名を持った最高の格闘家、仙波宗一はこの世を去った。

 享年79歳であった。



 ◇



「死んだ。と、思ったんじゃがのぅ…」


 瞼を閉じた以上に目の前が真っ暗になり、手足どころか身体全ての感覚がなくなり、まるで宙に浮いているような感覚を味わった時、仙波はこれが死であると直感的にわかった。

 だというのに、今は意識もはっきりしており身体の調子も病の影響など全く感じさせない。


 黄泉の国かとも思ったが、案内役はおろか人の気配がしない。

 現在いる場所は、生前修行していた山奥の森の中に雰囲気は似ている。


「今ワシはどこにいてどうなっておるのか分からんが、とにかく人に聞けば何かわかるじゃろ」


 兎にも角にも現状把握に努めようとするが、非常に不可解な出来事が仙波の身に降りかかっていた。


 何故か若返っている。


(あぁ…そういえば遠い昔。弟子の1人が言っていた漫画に似ているの。異世界転生とかいうものじゃったか)


 ほとんど知識は無いが、突然死んでしまった主人公が地球ではないどこかで記憶を持ったまま生き返り、冒険などで成り上がるといった王道的な漫画。


 漫画では神のような存在から特別な力をもらっていたが、仙波は神に会った事もなく特別な力とやらも分からない。


(これがその異世界転生ということであれば、若返ったのは僥倖。ワシはもっと強くなれる)


 これが夢ならば覚めるまで好きにやろう。

 そんな楽観的な思考をしつつ、仙波は森を歩く。


 小一時間歩いただろうか、目の前にはまだまだ森が続いているが、ふと喧騒が聴こえた。

 良く耳を澄ませると間違いない。明らかに獣ではない声がする。


「どれ、何者かはわからぬが兎に角見に行ってみるとするか」


 右も左も分からぬ仙波は、現状を知るべく気配のする方へと走る。


 この判断が吉と出るか凶と出るか。

 それは神のみぞ知るところだった。





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