第43話 引退配信
放送事故だった。公共の電波に乗せてるわけでもない、動画サイトでの配信をそう称するのが正しいのかは分からないけど、それでもやはりこれは、事故と呼ぶしかない。
セレスティア・ティアラの突然の引退報告配信は、彼女の大号泣で始まったのだ。
『ごめっ……なさい……っ、ちゃんと、話さなきゃ、なのに……っ』
声を詰まらせながら、しゃくり上げながら、ティアラは言葉を紡いでいく。
もちろん、彼女の泣き顔なんて、僕らは初めて見た。泣いている声なんて初めて聞いた。
『ツイッターで、言った通りなんだけど……わたし、みんなのこと、裏切ってたから……っ、うぅ……っ! VTuber、やめないと、ダメで……っ!』
一週間以上音沙汰のなかったティアラの活動。
そんな中、急にツイートされたのは、今夜の20時からのお別れ配信の告知と、謝罪の言葉だった。ファンのみんなをずっと裏切っていたことを謝って、けじめを付けたいという内容だった。
ネット上は沸いた。具体的な文言が避けられていたことで、無責任な憶測をさらに加速させた。
前世での彼氏バレについて、ついに本人が認めたのだと、アンチ連中は騒いだ。ティアラの前世のことを知らなかった新参ファンも、これをきっかけに余計な情報を見てしまったかもしれない。
こうなることは予想出来たはずで。それでもティアラは、こうしたかった。こうするしかなかったのだ。
視聴者数は、前世も含めてティアラの配信史上最高の数を記録している。
それでも、その言葉は、実のところ、たった一人の人間に向けられていて。それだけのために、彼女はこんな大勢の前で恥を晒していて。
真っ暗な部屋。モニターを凝視して固まる僕に、果たしてそんな彼女の想い受け止めるだけの覚悟が出来ているのだろうか。
『わたしね、好きな人が、いるの……っ』
「――――」
呼吸が、止まる。
『ずっとずっと好きだった……っ、恋、してた……っ、ぐすっ……VTuberを始めるより、ずっとずっと前から……っ』
ティアラの、声だ。当たり前だ、ティアラが喋ってるんだから。こんなむせび泣くような声は初めてで、そりゃ、いつものハキハキして凛とした感じは全くないけど、震えていてもやっぱり甘くて可愛い、ティアラの声だ。
でも、今の僕は、もう知っている。知ってしまってる。
『だからっ……っ……だからわたしは、初めからみんなのアイドルなんかじゃ、なくって……っ、ずっと嘘ついて、騙して……っ、裏切ってた……』
これは、僕の幼なじみなんだ。生意気で、強がりで、負けず嫌いで、いつも上から目線で、だから僕に泣き顔なんて見せるわけのない、だからこうやって仮面を被るしかなかった――華乃の精いっぱいの告白なんだ。
『でも、これだけは、言っておきたくて……彼氏なんてさ、できたこと、ないんだよ、ホントに……。ただのっ……っ……ただの、片想いでっ、ずっと……っ』
「……華乃……っ!」
初めて聞く幼なじみの泣き声は、どうしようもなく可愛くて。こんな風に泣くだなんて予想もしていなかったけど、正真正銘、紛れもなく、17年いっしょにいた彼女の声で。
ティアラという仮面を被った彼女は、からかい好きな幼なじみという仮面を外して、初めて僕に素の顔を、素の声を、素の心を、晒してくれているのだ。
『あはは、「サブい」? 「キモい」? 「茶番」、かー……うん、そう思われても、仕方ないかな……っ、わかってる、自己満足のオナニーだって……っ、あはは、これがシコティアってやつ? あはは……』
チャット欄も荒れていた。ティアラを心配する声。引退を止める声。それらと同量くらいに溢れる、揶揄や批判の声。その矛先が向けられているのはティアラの方だけではなく。
:闇猫さん、息してるー?
:闇猫「ボクは信ぢりゅ!」V「あ、彼氏はいないけど片想い中のセフレはいまーす泣」
:片想い相手ってホストかな? ATM兼肉便器扱い?
:闇猫の投げ銭、全部ホスト代に消えてたん……?
:中の人美人JDらしいし個人Vなんかよりソープのが稼げると気付いてしまったか
:店決まったら教えて。首絞めNNしたい。
:闇猫「あいつは僕らに泣き顔なんて見せたことなかっただろ?」キリッ
:思いっきり号泣してて草
:これはティアラだから・・・闇猫が言ってたのは別の人のことだから・・・(震え声)
:いやマジで闇猫いないじゃん。普通に心配なんだが
:早まるなよ、闇猫。フリとかじゃなくマジだからな。似たようなVなんて他にいくらでもいるって
「…………っ」
殺してやりたい。僕はいいけど、華乃相手に……なんて、激昂する資格が僕にあるのだろうか。
こいつらと同じような言葉を、僕はずっと華乃にぶつけてきたじゃないか。
あいつの気持ちなんて知らずに。気付いていても、気付かないフリをして。自分が傷つくのが怖くて、そんなわけないと言い訳して。
全部、丈太さんの言っていた通りだ。
僕なんかのチンケなプライドのためだけに、僕はずっと大切な幼なじみを傷つけてきた。
本当は誰よりもか弱い女の子だったっていうのに……!
『あはは、「個人勢だから関係ない」って? 引き留めてくれるんだね……でも、っ、でもやっぱ、そーゆー問題じゃなくて、さ……だってさ、飼い主候補とか言って、初めからわたしの気持ちは、一人だけのものだったんだもん』
それでも、華乃は負けていない。汚い言葉などには決して屈せず、その想いを伝えようと前を向き続けている。
『わたしの気持ちの問題に……っ、みんなを巻き込んじゃってごめん……でも……っ……けじめは、つけたい……!』
嗚咽交じりに、しかし堂々と、ティアラは決定的なセリフを宣言する。
『セレスティア・ティアラは、引退します……っ、この魂も、もう二度と、戻ってきません……っ』
「…………っ」
分かっていた。分かっていたし、これは全部、僕のせいだ。それにもかかわらず、やっぱり込み上げるものがある。
これが、ティアラの最後の配信になるんだ。
『……大好きだったよ、ずっと……っ。バイバイ』
それは、誰に対する言葉だったのか。たぶん、きっと、全てのファンが、自分に向けられた言葉なのだと思っている。
「僕だって、ずっと、君のことが……!」
それなのに、僕は、この口が吐き出した言葉が、誰に向けての言葉なのか、自分ですらよく分からずにいて。
『……うっ……っ――…………ふぅー……』
そんな情けない僕なんかを、彼女が待ってくれるはずもなく。長く大きく深呼吸をし。十数分に渡る生配信で初めて嗚咽を止めて。最後の最後になる言葉を。ハッキリとした、セレスティア・ティアラのその声で――
――言った。
『ありがとう』
「ティアラ……!」
99%の確信が100%の事実に変わる。
僕がずっと恋をしてきたセレスティア・ティアラは、僕にずっと恋をしてきた幼なじみ――保科華乃だった。
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