第8話 このシコらせ系VTuberって先輩ご自慢の彼女さんじゃないですかー?笑

「第2回京子さんの隠しごと調査経過報告会議~~!! いぇーい、ぱふぱふぱふー♪」

「ええー……」


 その日のバイト終わり。昨日の今日で、保科さんとまた事務所で二人きりだ。

 今日の保科さんはオフだったというのに、わざわざ俺が上がる22時に高校の制服のままバックヤードに入り込んできた。店長がいない時間なのをいいことに……ってかオーナーの身内であることを完全に利用してんじゃねーか。


 しかも……


「おい、保科さん、何なんだよ、そのハイテンションは。スパイごっこを楽しんでるのは知ってるけどな、ストーカー被害っつー深刻な可能性が出てきた以上、もうちょっと空気読めよ。粛々と自分の仕事を進めろよ」


 こんな状況だというのに、何と保科さんは、昨日以上のホクホク顔をしているのだ。まるで新しいおもちゃを見つけた悪ガキのように、意地悪げなニヤニヤを堪え切れずにいる。


「ふ、ふ――うぷぷ! あはっ♪ だってー、しょーがないじゃないですかー! 緊急なんです、臨時会議なんです! これはもう1秒でも早く丈太さんに伝えなくちゃいけない大スクープなんですー!」


 さながらパソコン室の小学生のように、店長のオフィスチェアでクルクル回る保科さん。不審げで不満げな俺の反応が、さらに彼女のバイブスを上げてしまっているようだ。

 心底ムカつくが、しかし彼女のその発言には食いつかざるを得ない。


「大スクープ? ってことはまさか、問題Xの真相にたどり着いたってのか!?」

「うぷぷー! 何ですかー、その呼び方! 問題Xって! あはっ、ドラマの見すぎじゃないですかー!?」


 ぶっ殺すぞこいつ。


「いいから今はそういうのマジで! 何かわかったんなら早く報告してくれ! ていうかそのテンション、俺にとっても朗報だと思っていいんだよな!」


 昨日、ストーカーの可能性について言及する際には、さすがの保科さんも深刻そうにしていた。保科さん自身、京子には好感を抱いているようだし、彼女に危険が迫っているという類の情報だとしたら、こんな態度でいるはずはないだろう。


 ということは、つまり……!


「ストーカー被害なんてなかったんだな! 問題Xの答えは別の、拍子抜けしちまうようなくだらないもんだったんだろ!?」


 希望的観測もふんだんに入った俺の問いかけに。小生意気な後輩ギャルは満面の笑みを浮かべ、


「ピンポーン! 大正解でーす! あはっ、すんません、華乃ちゃんの勘違いでしたー! てへっ!」

「よくやった、保科さん! 疑ったりして悪かった! 君は最高の後輩で、最強の捜査官だ! 褒美はいくらでもくれてやる!」

「マジですかー! やった! じゃあ物とかは何もいらないんでー、この先も京子先生の生徒として潜入捜査続けさせてもらいます! 答えはもう出てますけどー、あまりにも面白すぎるんで、永久に観察を続けたい所存です!」

「任務の継続こそが褒美だなんて、何て働き者なんだ、君は! よし、お望み通り、その役目を続ける許可を与えようではないか!」

「あはっ、ありがたき幸せです、閣下!」


 バイブス上がりまくりの俺たちは、もはや両手を握り合って、キャッキャッキャッキャと飛び跳ね回り、踊り狂っていた。

 ヤバい、最高だ。脳汁が溢れ返っている。


「うむ! よきに計らえ! 使い方合ってるかわからんが、とにかくよきに計らえ! で、結局何だったんだ、君が導き出した答えは!? 問題Xの正体は!? どうせ、アレだろ! アレなんだろ!? 俺へのサプライズパーティーだったんだろ!?」

「ぶっぶー、違いまーす、そんなつまらないオチなわけないじゃないですかー! 先輩ご自慢の彼女さんはそんなつまらない女じゃありませんー!」

「おい、マジかよ、サプライズパーチーですらチンケだなんて、え? まさか、もしかして……プロポーズか!? プロポーズなのか!? 俺の方からしたかったんだが!?」

「あ、違います。全然違います」


 全然違った。


「まぁ、丈太さんの想像力では絶対出てこないであろう、天才的に面白いことですからねー! ほんっとーに最高の女ですよ、京子さんは! じゃ、そろそろ正解発表いっちゃいましょーか! いぇーい! ふぅーー!!」

「ふぅー!!」

「京子さんが丈太さんに隠していた秘密、問題Xの正体――それは、なんと!!」

「なんとぉ!?」


「ぶいっ、ちゅーばーっ! でしたーっ!!」


「いぇーい!! ぶいっ、ちゅー…………え? なに?」


 よく聞き取れなかった。いや、嘘。音自体は正確に聞き取れたが、その音が何を意味しているのかよくわからなかった。


「ちょっとー、せんぱい、何下がってんすかー!? 大事なとこですよー、ぶち上げてきましょーよー!」

「え、お、おう、いぇーい」

「それじゃあ、もう一度はっきりと発表いっちゃいますよー!? 準備はいいか、おーでぃえーんす♪」


 そうして、保科さんは。

 大きなお目目に邪悪な光をたずさえ、艶やかな唇に悪意たっぷりの笑みをたたえて。

 小悪魔のような甘い声音で、呪いの詩のような台詞を――高らかに謳い上げた。


「京子さん、VTuberやってましたーー! せんぱいのご自慢の彼女さん、アイドル系VTuberやって、キモオタ共をシコらせまくってるみたいでーす! おめでとーございまーす、せーんぱい♪ あはっ! あはっ。あはっ、あはっ! あはーっ♪」


「……………………」


「あはっ♪」


「…………………………………………」


「あはっ……♪」


「………………………………………………………………保科さん」

「はい」

「一旦座ろうか」

「はい」


 素直に椅子に座る保科さん。なぜかこれまでになく姿勢が正しい。俺は床で膝を抱えて体育座りする。


「えーと、保科さん」

「はい」

「確認なんだが、京子の秘密は、京子がVTuberをやってたこと、それでいいんだよな?」

「はい。本日までの調査によって、その結果にたどり着きました。間違いないと、わたしは確信しています」

「なるほど。まぁ、根拠については後で聞くとして。まず、VTuberって、あれだよな? いわゆるVTuberだよな?」

「はい。いわゆるVTuberです」

「いや、すまん。何となくはわかるんだが、実は俺、そっち系の文化についてあまり詳しくないんだよな」

「丈太さんって基本何も知りませんよね。逆に何になら詳しいんですか」

「京子」

「きも」


 やっぱり何もわかってないな、保科さんは。俺は無知の知を知っているんだ。半端な知識で知ったかぶりなどしない。何事もちゃんとスマホでグーグルさんに聞くことを徹底している。これこそが真の学問だ。


「うむ、ふむ、なるほど、な……つまりは初音ミクか……」

「違います。全然違います。どんな検索エンジン使ったらそうなるんですか」

「あー、これか。キズナアイな。舐めるなよ、知ってるぞ、そんくらい。え? なに? つまり声優仕事やってるってこと? 京子が?」

「うーん、間違ってないんですけど、ってか実はわたしも最近までそーゆー認識だったんですけど、どうやら微妙に違うっぽくて。2Dや3Dのキャラクターを表に出して活動する動画配信者って点はその通りなんですけど、キズナアイは事前に収録・編集した動画投稿がメインの活動形態だったのに対して、最近のメインストリームはライブ配信なんですよね。ライバーってやつです。京子さんもその例に漏れず、生配信ばっかやってるっぽいですね。生ですよ生」


 なるほどなるほど。そういや高校にも大学にもそういうVTuberにハマってるって奴は男女問わず結構いたな。なるほどなるほど……え?


「そ、それを京子がやってる? 京子がアニメキャラに声当てながら、ライブ配信活動してるってこと……?」

「だからそう言ってるじゃないですか。よかったですね、ストーカーでもなければ浮気でもなくて」

「え、あ、うん。……え? ん? や、でも何かさっき、キモオタにシコられまくってるだとかなんとか悪魔の詩みたいな地獄センテンスが聞こえた気がするんだが」

「あはっ、気づいちゃいましたか♪ でも、違います。シコられてるんじゃない、シコらせてるんです!」


 気づいちゃったも何もお前が言ったんだろ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る