第4話 彼女が俺に何か隠しているのでメスガキ後輩ギャルJKをスパイとして送り込むことにした

「とにかく、分かってくれたならそれでいいわ」


 京子は肩をすくめて言う。


「出来れば、その子にどんな相談をされたのか教えてほしいというのはあるけれどね。あなたにその気はなくても、たぶん、高い確率でその子はあなたに好意を抱いていると思うし」

「いや、それはない」


 何かこの前、「好きな人がいるんですけどー、その人すっごく一途に想ってる人がいるらしくてー、全然振り向いてくれないんですよねー」とか言ってたし。死ぬほど興味ないから適当に流しておいたけど。


「そうなの? まぁ、相談事である以上、勝手に漏らすべきでない事柄だとあなたが判断するのなら、無理には聞かないわ。どんなに迫られても浮気なんてしないって信じているから」


 その言葉で、この話は後腐れもなく終わり、全部まるっと解決、といった感じの雰囲気を出してくれる京子だったが、そういうわけにもいかない。

 俺が京子に話したかったのは――つまり、俺と保科ほしなさんの作戦に必要なのは――まさにこの話題なのだ。「俺のバイト先のただの後輩の悩み事」こそが、京子の隠し事調査のための突破口になる手筈なのである。


「違うんだ、京子。元から俺はそこんとこをお前に話すつもりでな。その後輩、あ、保科さんっていうんだけど、保科さんの相談事を解決するために、京子に協力してもらいたいんだよ」

「協力? 私が?」


 目を丸くする京子に、俺は説明を続ける。ちなみに未だ膝枕されたままである。幸せ。


「ああ。京子に保科さんの家庭教師をやってもらいたいんだ」

「ええー……私が家庭教師バイトしようとしていたのをあれほど必死に止めてきたのはあなたじゃない……」

「当たり前だろ! 大切な彼女を一人で知らん奴の家なんかに上がらせられるか!」

「だから、同性限定の指定も出来るって説明したわよね」

「生徒が同性でも家族には京子を狙うオスがいるかもしれないだろ!」

「まぁ、丈太がそう思うのなら私は受け入れるけれど、というか実際受け入れたわけだけれど、それが何で今回はそんなことに?」

「保科さんの家族、母親と妹だけらしいからさ。いや、元は俺に家庭教師やってくれって話だったんだ。でも、京子にあんなこと言っておいて、俺が異性のカテキョやるなんて筋が通らないだろ?」

「当たり前のようにその異性を部屋に連れ込んでおいて……」

「もう一度ビンタください」


 やはり京子のビンタはとても痛かったが、俺はあまり痛くないような顔をして作戦を続行する。ここまでの流れは保科さんとの打ち合わせ通りだ。ビンタ以外。


「それに、単純な学力も指導力も、明らかに俺よりお前の方が高いわけだしな。京子を紹介する流れになるのは自然、というかむしろ当然の成り行きだろ? 俺なんてレジ操作すらまともに教えられてねぇんだから」


 今の大学にだってギリギリ滑り込んだ俺と違って、京子は入試成績優秀者として学費免除を受けているくらいだ。結果、父親の希望も相まって他県の国立大の合格も辞退した。

 ありがとう、学費免除制度と過保護なお義父さん……! おかげで京子と出会うことができました……!


「うーん、そうね。丈太がそう言うのであれば、確かに私にとっても良い話だと思うわ」

「だろ? 個人契約なら仲介手数料とかも取られないわけだし、特別問題がある生徒じゃないってことは俺が保証するし。まぁ、生意気ではあるが」

「そこは心配していないわよ。接客業やれているような子なわけだしね。まぁ、最終的にはご本人や保護者の方とお話してからだけれど。連絡先、教えて?」


 よっしゃ、上手くいった! とりあえず俺の仕事は完ぺきにやり遂げてやったぞ、保科さん!

 あとはお前が生徒として、京子の秘密を探り出すだけだ!


 保科ほしな華乃かのはノリノリだった。「身分を偽っての潜入捜査はお手の物です! わたしに任せてください!」とか言っていた。

 お手の物ってなんだよ。大方、ドラマか何かの影響なのだろうが、身分を偽っての潜入捜査なんて人生においてやることないだろ。そもそも家庭教師として自宅に潜入されるのはお前の方だ。


 ただ、確かに作戦としては悪くないと思う。ていうか、直接京子から情報を引き出す能力が俺にない以上、消去法的に、何気にこれが一番正攻法なんじゃないかとすら思う。


 まず、京子の女友だちに頼むのは悪手だ。あいつらに俺は束縛彼氏として危険視されているからな。最近の女子大生は本物の愛ってものを知らなくて困る。


 それに、俺に話せないような悩みなら、親しい友人や家族にも明かせない可能性が高い。大事な存在であるが故に相談できない――京子が抱えているのは、そういう類の問題なのだと俺は半ば確信している。

 だって、俺を裏切るような秘密なわけがないのだから、だとすれば、可能性として残るのはそれだけだ。


 と、なると、むしろ京子にとってどうでもいい人間の方が探りを入れやすいんじゃないか。京子が京子の意思で相談し始めることはなくても、どうでもいい人間相手なら、長い時間を過ごす内に気が緩んで、ポロッとヒントを溢してしまいやすくなるんじゃないか――それが保科さんの考えだった。


 どうでもいい、且つ、立場が下またはフラットで、緊張感が緩む相手……カテキョバイトの生徒というのはこの距離感を満たす属性として、なかなか悪くない選択だ。

 というか、そういう感じの関係性を、自分なら上手く築くことができると保科さんが主張していた。実際俺もバイト先で彼女とそういう関係を築いているので説得力はあった。

 マジでどうでもいい存在だし、一緒にいてまったく緊張しないし。京子との大事なやり取りを覗かれるなんて失態を犯してしまったのも、保科さんに対する警戒心が緩んでいたからなのだろう。


 そう、実際に俺自身が実証してしまっているのだ。

 誰にも相談できずにいた、「大切な彼女が俺に何かを隠している」という悩みを、俺は出会ってたった1か月の女子高生に漏らしてしまっていた。


 保科華乃には、その能力がある。


 そして、仮に失敗したとしても、大きなリスクがない。さすがに俺と保科さんが共謀していたことまではバレようがないだろう。結果や経過報告は、同じシフトに入ったときにでも直接口で伝えてもらえば証拠も残らない。


 そして、保科さんが優秀な家庭教師を探していたというのは、作戦とか抜きにして事実だったらしい。

 企業を通すよりもお得に済むというのは生徒側も同じだし。家が裕福な京子は別に高い報酬目当てでカテキョバイトをしようとしてたわけでもないし。


 最初に提案されたときは「何言ってんだこいつ」と思ったものだが、考えてみれば、デメリットがほとんどない、最高の作戦なのではないだろうか。


 よーし、とりあえず任せたぞ、保科さん! 上手くいったら、これからいくらでもシフト変わってやるからな! あ、京子との予定がない日限定で、だけどな!

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