人類最後の青春を、君と

沙羅双樹の花

第1話 人類最後の青春を、君と。




 ──人類最後の青春を、君と。


 黒髪の綺麗な大和撫子、金髪碧眼のお姫様、気丈な赤髪娘、銀髪のクールビューティ。

 若干、オタク趣味に毒されているが、理想の彼女ヒロインと共に、人類最後の学園生活を謳歌したい。

 それが、俺こと武内幸也の夢だった。


 しかし、現実はそう甘くないと気付いたのは、入学してから一ヶ月が経った頃だ。

 アニメとは違い、宇宙人や美少女が唐突に俺の元に現れて、学園バトルに巻き込まれたり、熱いラブロマンスを繰り広げたりすることも無く、ただ行って帰るだけの退屈な毎日を過ごしていた。


 当たり前と言えば、当たり前だ。


 俺が高校生になったからといって、魔法が使えるようになったり、宇宙人が現れるようになったりすれば、世界は大変な事になる。

 そもそも因果関係が謎だ。


 しかし、それはそうとして余りにも退屈だった。

 五感で表せば、無色、無音、無味、無臭、まるで空気のように掴みどころのない無感触日々だ。

 そんな日々に想いを募らせ続け、遂に決壊を迎えた。


 その結果、


「何故、呼び出されたのか分かるかね?」


 俺は生徒会長に直々に呼び出されてしまった。

 突き刺さるような眼光を浴びさせられる中、俺は物怖じすることなく答える。


「授業中に騒ぎを起こしたからでしょうか。」


 つい先日、退屈な学校生活に堪えきれなくなった俺は、授業中に全クラスの元を訪れ、部活動を新設することを発表した。

 具体的に言うと、


「これから部活動を作ります!退屈な学校生活を盛り上げ、人類最後の学園〝青春〟を盛り上げるための部活を!協力したい、何かやってみたいことがあるという方は是非、俺の所に来て下さい!以上です!」


 みたいなことを言った。

 多分、これが咎められたんだろう。


「それもある。」


 含みのある言い方をしつつ、生徒会長は首肯する。


「実際、君の行動に対する困惑の声も上がってきている。とはいえ、だ。君も知っての通り、授業中にゲームをしていても、食事を楽しもうと咎められることは無い。そのような状況で君の行動だけを責めるのは、道理に反する。」


 2045年、技術の革新によって、俺達は勉強する必要性が無くなった。

 脳の機械化──『電脳』技術の発展によって、何時でも必要な知識や必要な技術をダウンロード出来るようになったのだ。

 それこそアプリのように。


 だからこそ、授業時間は空っぽの時間だった。

 何をする訳でもなく、教室に集まって時間を潰すだけ。

 そんな無意味な行動には、何の正当性も無い、と生徒会長は断言する。

 巍然にして厳格なる生徒会長らしい物言いだ。


「それに、困惑の声があった一方で、君の意見に賛同する声も多数寄せられている。なにか手伝えることは有るのか、どういう部活にするのか、などとな。」


 コンコンと生徒会長はデスクを爪先で叩く。

 話の流れが随分、変わってきたな。

 てっきり怒られるのかと思ってたんだが。


「私が君を呑んだ理由もこちらが大きい。」


 ふと眼光が和らいだ。

 一部の隙も見受けられなかった生徒会長のかんばせには、朗らかな微笑が浮かぶ。


「君には宣言通り、人類最後の学園生活を盛り上げるための部活動を作ってもらう。拒否権は無しだ。人を焚き付けた責任は取って貰わなければな。」


 試すように声を弾ませる生徒会長。

 滅多に見られない会長の姿に面食らったものの、俺はすぐに動揺から立ち直る。


 なんか不穏な発言が多いけど、元々、拒否権なんて行使するつもりもないし、向こうから言ってくれたのは、望外の喜びだ。


「それを言うって事は、生徒会からの支援も期待して良いって事ですか?」

「無論だとも。」


 条件面も悪くない。

 生徒会からの許可があるって事は、その向こうの教師側からも許可を取ってるって考えて良い。

 資金面はどうにか出来る宛が有る。

 これならやれる、という確信が俺の胸に芽生え始めていた。


「分かりました。是非、やらせて頂きます。」

「そうか。それは良かった。」


 暫しの思案の後に了承の旨を伝える。


「分かっていると思うが、我が校では部活動の立ち上げには最低4名の入部が不可欠となる。支援するからといって、規則は曲げられない。」

「はい、宛は有るので大丈夫です。」


 部活動でもない相手を支援することは出来ない、と先んじて釘を刺す生徒会長に、俺は力強い頷きを返した。


「うむ。まぁ、あれだけ賛同する声があったのだ。探せばきっと助けになってくれる人物はいるはずだ。頑張りたまえ。」


 その言葉を最後に、俺は生徒会室を後にする。

 教室に戻る足取りは軽く、胸は早鐘のように高鳴っている。

 廊下の窓から覗く春の空は、澄み渡るように青かった。





 信濃学園。

 極東の島国、【大和】にある高等学校。

 2045年、人体の機械サイボーグ化が可能になり、学校教育というものが不必要になった社会においても、存続している唯一の学校だ。


 しかし、それも俺達の代を持って廃校となる。

 学校教育の必要性が無くなり、徐々に入学者が目減りする中、政府の意向を受けて、伝統に幕を引くという形となった。


 入学式の日、教壇に立った先生の言葉が強く印象に残っている。


「この3年間、貴方達がどう過ごすのか、全て貴方達の自由です。他人に迷惑をかけない限り、何をしても構いません。ただ、後悔のないように過ごして下さい。」


 今にして思えば、あれは先生なりの叱咤激励だったのでは無いかと思う。

 責任が取れる範疇で積極的に行動しなさい、という。

 無論、俺の勝手な想像だが。


 それでも、人類最後の青春をどう過ごすか、という問いかけに対する答えは、もう出ている。

 それこそ入学する前から。


 ──誰よりも青春を謳歌する。


 その為の第一歩を俺は踏み切ったんだ。


「どうだった?」


 教室へと戻ると、進藤遥が歩み寄ってくる。

 生徒会に呼び出されたことを心配してくれていたのか、蒼玉サファイアのような碧眼には憂いの感情が滲んでいる。


 彼女の優しい眼差しとは相反する殺気を含んだ視線が何処からともなく飛んできている気がするが、無理も無いと思う。


 遥は、客観的に見てもかなりの美人だ。

 端麗な鼻梁が特徴的な凛々しい顔立ち、初雪のような白皙の肌、長く伸びる銀の髪は降り注ぐ月の光のよう。

 下手な例えをするなら、銀嶺に住まう精霊のようだ。

 まぁ、そんな事は置いておいて。


「丁度良いところに来てくれた。」


 俺は遥のか細い肩をがっしりと掴む。

 部員が欲しいところに、仲の良い美人が来る。

 鴨が葱を背負って来るとは、まさにこの事だ。


「・・・・・取り敢えず、その様子だったら大丈夫そうだね。すごい悪い顔してるし。」


 面食らったような顔をした遥だったが、すぐに気を取り戻し、呆れた様子で溜息をつく。

 そして、右手で俺の頬を軽く摘んだ。


「むぐっ、何ひゅる。」

「心配してくれた幼馴染に、先ず他に言うべき事があったんじゃない?」


 ふっくらとした唇が圧の篭った微笑をたたえる。

 そう言われれば、そうだな。

 何か話をする前に、相手に無事を伝えるのが道理だ。

 鋭い正論に俺は眉を顰め、自省する。


「すまん、一応、大丈夫だった。」

「うん、良かった。」


 にこりと笑みの種類を変える遥。

 こういう人懐っこい性格も、遥がモテる理由の一つなんだろうな。


「それでどうしたの?」


 俺の頬から手を離しながら尋ねる。


「この前の宣言通り、部活動を作って学校を盛り上げろって言われた。」

「おぉ、良かったじゃん!」


 我がことのように喜ぶ声に、俺は頷きを返す。

 学校側や生徒会から拒否されれば、俺としてはどうしようもないからな。

 ここで受け入れられるか、どうかは鬼門と言っても良かった。

 そこをパス出来たのは、素直に嬉しい。


「そこでだ。お前も手伝ってくれないか?」


 出来ることなら、遥と一緒に学園生活を楽しみたい。

 それが偽らざる俺の本音だった。


「うん、良いよ。」


 答えは二つ返事だった。

 余りにもあっさりとした返答に俺は驚きを露わにする。

 ほぼノータイムだったぞ。

 遥は「何その反応」と可笑しそうに笑って、言葉を紡ぐ。


「幸也も前から言ってたじゃん。──人類最後の青春を、君と。そういう事だよ。」


 びしりと突きつけられる指先。

 目を白黒させる俺。

 思い描いていた光景とは正反対の現実。

 どうやら選ばれる側だったのは、俺の方だったようだ。

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