第14話 革ブーツ


 職人街を歩き、少し大きめの店構えの革屋。


「ここです」


 戸の外からも、革独特の匂いが強く臭ってくる。


「うん、臭うね」


「臭いますね」


「臭います」


 マツ、シズク、クレールが眉をしかめる。


「我慢して下さい。入りますよ」


 戸を開けると、むわっと強い臭い。

 マツが「うっ」と小さく声を出す。

 ラディはちらっとマツの方を向き、靴が並んだ棚に向かって歩いて行く。


「この棚・・・ですね」


「ほう。こんな感じですか」


 クレールが履いている靴とは全然違う。

 底が厚い。

 丈も低いものから高いものまで色々ある。

 手に取って底を見ると、深く、太い溝が入っている。

 なるほど、これなら少しくらい土や泥が詰まっても滑らない。

 岩場でもかなり歩きやすくなるはずだ。


「ふむ。これは先が硬いですね。

 硬い物を蹴ってしまった時に、足を痛めないようになっているのか」


 マツとクレールは靴を持って、眉根を寄せている。


「うーん、マツさん、この靴、重いですね」


「そうですね。履いて歩いてるだけで疲れてしまいそうですね」


「そうだ! 魔術でも仕込んで軽くしましょうか!」


「あ、クレールさん、良い考えですね。一晩寝かせれば良くなりますかね」


「え!? 一晩で出来ちゃうんですか!? さすがマツ様ですね・・・

 あ、でも、これだけ丈があると履くのが面倒ですね」


「切っちゃいましょうか?」


「そうですね。このくらいまで・・・」


「切ってはいけませんよ」


 物騒な話をし出した所で、ラディが声を掛ける。


「え? なんでですか?」


「丈を高くしてしっかり締めることで、足が捻れないようになるんです」


「はー・・・なるほど。それでこんなに長いんですか」


「でも、軽くするのは良い考えだと思います」


「じゃあ、試してみましょうか」


 よいしょ、とクレールが靴を履く。

 ぐいっと足を突っ込んで・・・


「あっ!」


 クレールがはっとした顔で声を上げる。

 皆が声を上げたクレールに顔を向ける。


「どうしました?」


「これ・・・すごい・・・」


「何がです?」


「これだけ底が厚いと、背が高くなりますね!

 ヒールと違って、つま先も痛くないです!」


 ぱ! とクレールが笑顔を上げる。


「・・・」「・・・」「・・・」


「・・・クレール様・・・げふんっ!

 足首までしっかり保護してくれる物、捻れにくい物を探して選びましょう。

 高さより、この2点が大事ですよ」


「はい!」


「シズクさんは・・・」


 この体重で、捻れを保護してくれる物はないだろう。


「鉄板が入っていれば、どれでも良いと思います」


「それだけ!?」


「はい」


「捻れとかはいらないの?」


「はい」


「そう・・・」


 しょんぼりしたシズクの肩に、マサヒデがぽん、と手を置く。


「底が厚くて、溝が深めの方が良いかもしれませんね。

 シズクさんの体重でも滑らないように」


「ぐっ・・・」



----------



「皆さん、靴は決まりましたね。

 じゃあ、あとはローブを買っていきましょう。

 薄手の軽い物で良いです」


「薄くて良いんですか?」


「はい。フード付の物にして下さい。

 濡れたりとか、木の枝とかに引っ掛けてしまうのを防ぐだけです。

 そんなに頑丈な物でなくても構いません」


「はい」


「マサちゃん、私もいる? 山も森も平気だけど」


「シズクさんは必要ないですね。鬱陶しいだけじゃないですか?」


「うん。じゃ私はいらなーい」



----------



 店の外に出ると、すんすん、とクレールが袖の臭いをかぐ。

 むう・・・


「臭いですねえ」


「ほんと。洗濯が大変そうです」


「ほんとだね。湯に行きたいよ」


「これで必要な物は揃いましたね」


「マサちゃんはいらないの?」


「ええ。私は足袋で固めれば十分です。一応、靴もローブもあります。

 ラディさん、明日、明後日と空けられますか?」


「大丈夫です」


「では、明日行きましょうか。朝餉を済ませたら、来て下さい。

 全員揃ったら出発しましょう。

 今回は、持ち物は着替えと寝袋、得物だけで結構です。

 早く終わっても野営しますので、そのつもりで」


「はい」


「念の為ですけど、その着流しで来ないで下さいよ?」


「そんな事はしません」


「では、今日はここで。しっかり身体を休ませておいて下さい」


「はい。ありがとうございました」



----------



 ホルニ工房。


「只今戻りました」


「おかえり。また何か買ってもらったの?」


「靴とローブです」


「靴とローブ? 靴は?」


「マツ様が軽くするよう、魔術をかけてくれるそうで」


「ふーん」


「明日、明後日と山歩きと野営で、少し旅の練習みたいな感じです」


「ああ、なるほどね。それで靴ね。怪我しないように気を付けてね」


 怪我。

 あの魔剣は大丈夫だろうか・・・


「そうでした。お父様に、あの銃を見てもらいましょう。

 あれは中々面白い物です」


 ぎく。

 ラディは知らないが、銘刀を数本は買える額の品。


「あ、あれかい・・・汚さないように気を付けなよ」


「はい」



----------



 かん! かん!

 槌の音が鳴り、火花が飛び散る。


 がらり。


「お父様、一区切りついたら、こちらへ」


 ごとり、と机の上に銃を置く。


「おう」


 かん! じゅう・・・


「ふう・・・どうした」


「マサヒデさんに、面白い物を頂きました」


「ほう?」


 ラディの父は槌を置き、立ち上がって、机の上に置かれた銃を見る。


「銃か。長物だな。かなり高かったんじゃないのか?」


「必要経費だと。木の部分も多いですし、説明書を見た所、部品も少ないです。

 それほど高くないのではないでしょうか」


「弾は入ってないな?」


「お父様、鍛冶場に火薬の入った弾は持ってきません。

 扱いの練習用に、火薬の入ってない空の弾を頂きました。

 こちらです」


「ふうん・・・」


 ラディは銃を取り、レバーを上げてボルトを下げる。

 挿弾子を押し込む。


「こうやって、弾を押し込みます」


「ふむ」


「で、前にこのレバーを押して、こう。

 これで、弾が入って・・・」


 引き金を引く。

 かちん。


「で、弾が発射されます。

 もう一度、このレバーを引いて下げると・・・」


 ぽん、と空の弾が飛び出し、次の弾が入る。


「ほう。面白いな」


「でしょう。弾は5発入ります」


「見せてもらっていいか?」


「どうぞ」


 木の部分が多いからか、見た目の大きさより軽い。

 軽く上げただけで、くいっとレバーが上がる。


「おっ? 随分と動きが軽いな。

 銃の扱いってのは、もっとこう、ぐっと力がいるかと思ってたが」


「ええ。意外に軽く扱えるのです。

 さすがに、弾を射った時はがつんときますが」


 ボルトを引き、前に押し込む。

 ほとんど力を入れずに、自然にレバーが右に下がる。


「ほう・・・滑らかに動くな。上げる時もそうだったが、するっといくな。

 で、これで引き金を引くと、ばん! てわけだ」


 かちん。

 ボルトを引くと、弾が飛び出し、次の弾が入る。

 かちん。


「お」


 空になった所で、ボルトが押し込めなくなる。


「このように、弾が無くなると、前に押せなくなるのです。

 弾が無くなった、と分かりやすく」


「おお、考えてあるな・・・で、弾を入れると、前に押せるようになると」


「ええ。良く考えられております。それと、こんな物も」


 ことり、と銃剣を置く。


「短剣? 何だこれは?」


 手に取って見てみる。

 鍔に穴。

 柄頭に小さな穴。


「おお! これをこう着けるんだな?」


 かち。銃剣が着けられた。


「そうです」


「ふむ、これで近寄って来た奴にも対応出来るってわけだ。

 短槍の代わりにもなると・・・

 なるほど、上手い事考えるもんだ。む、しかし」


「ふふ、刺したら抜けるのでは? と?」


「抜けないようになってんのか?」


「そうです。引っ張ってみて下さい」


 ぐいぐい。かちかち。


「お? うむ、確かに抜けねえな」


「柄頭の横に、小さな突起があるでしょう」


「おお! これか!」


 押して引っ張ると、銃剣が抜ける。


「ううむ・・・面白い!」


「良く作られておりますね」


「だな。だが、この短刀はちょっと頂けねえな・・・」


「ええ。頑丈であれば適当でよいので、刃の方をお願いしたいと」


「ああ。任せとけ。しかし、銃ってのも面白いもんだな」


「でしょう? キジロウ=ミナミ作の八十三式と・・・」


 新しいおもちゃを与えられた子供のように、あれこれと銃をいじっている2人の姿を、母がどきどきしながら覗いている。

 それは金貨384枚の品ですよ・・・

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