第10話 老いた剣客


 シュウサン道場から帰った時には、もう夜になっていた。

 マサヒデ達は帰りをマツとクレールに告げ、そのままギルドの食堂で夕飯を済ませることにした。


「なあ、カオルー。あれどうやったの?」


「秘密です」


「あんなに軽くなれるんなら、私だって馬に乗れるじゃん。

 なあ、たのむ! 教えてくれよ!」


 ぺち! とシズクが手を合わせる。


「ダメです」


「ちぇー」


「見せるだけでも、許可のいる技術なのです。教えられません。

 ああ、何ならシズクさんも養成所に入りますか?

 ご希望なら紹介状は用意します。腕によっては教えてもらえますよ」


「ええ・・・ちょっと考えちゃうな」


「ま! 腕によっては、ですけど」


「・・・なんだよその言い方」


「? 何かおかしなことでも言いましたか?」


「・・・」


 ぴく、とシズクが眉を寄せる。


「二人共、注文は決まりましたか?」


「うん」「はい」


 またこの2人は・・・と思いながら、マサヒデは手を上げる。


「すみません! 注文頼みます!」


「はい」


 メイドが側に立つ。


「私は日替わりを。大盛りで」


「私は焼肉定食。山盛りで」


「私は焼き魚定食です」


「承りました」


 す、と頭を下げ、メイドが下がって行く。

 マサヒデは水を一口飲み、


「ところで、シズクさん。

 コヒョウエ様がまだ首都にいた頃を知ってるんですか?」


「うん。知ってるよ。立ち会いはしなかったけど。

 おじいちゃんになってて、気付かなかった。あれはしまったなあ」


「どんな方だったんです?」


「良くは知らない。喋ったこともないよ。

 道場破りをぶちのめしてたのを見たんだよ」


「ほう?」


「まだツムジ道場にいた時だから・・・20年か、もっと前かな?

 魔の国から、まっすぐここの首都に来たんだ。道場がいっぱいって聞いてさ。

 いやあ、私も若かったねえ。思い出すなあ・・・」


 そういえば、シズクは一体、いくつなんだろう?

 見た目はまだ20から半ばといった所だが・・・


「道場破りだー! って声が聞こえてさ、ツムジ道場に人が集まっててね。

 私も、窓から覗いてた。すごかったよー。

 最初はさ、弱っちい奴らがわらわらコヒョウエ様を囲んでたんだ。

 かっこよかったんだ、これが! 持ってた木刀、ぽいって投げ捨ててさ。

 全員、素手で倒しちゃったんだよ! くー!」


「ほう、囲まれた中で、得物を捨てて、全員素手で?」


「そうだよ。で、親玉みたいな、ちょっとましかなってのが出てきたの。

 そいつが、何か大声で喚いてさ、コヒョウエ様が捨てた木刀を投げたのさ。

 コヒョウエ様はそれをぱしって取って、構えもしなかったよ。一撃だったね。

 道場破りの頭より高く跳んでさ、頭をがつーん!

 コヒョウエ様がとんって降りた後に、後ろで道場破りが、ばったーん!

 もう見てた皆も私も拍手喝采。おおー! ってね!」


「頭より高く? コヒョウエ様は忍では・・・」


「ないんだな、これが。最初は拍手してたけど、落ち着いて身震いしたよ。強い男探すって言っても、あれは無理。絶対勝てないもん。で、ツムジ道場は諦めちゃった。あのコヒョウエ様が弟子なんだよ。ヘイモン様はどんな化け物か! ってね」


「それはすごい・・・」


「マサちゃんも、よく私の棒に跳び乗ったり、槍の上に乗ってばたん! ってやるだろ? コヒョウエ様って、マサちゃんより、もっともっと高く跳ぶんだよ」


「ううむ、とても私では出来ませんね。カオルさんなら出来ますか」


「まあ跳べはしますが、そこまで正確に強く打ち込めるかは・・・」


「だろ?」


「それに、こちらの剣が届くのなら、相手の剣も届くはず。

 宙にいる間は、相手の剣が来たら避けられません。

 適当に剣をひょいと伸ばされただけで、こちらがやられてしまいます。

 死角から跳ぶなら別ですが、いくらなんでも正面からでは。

 コヒョウエ様は、よく当てられますね。私にはとても・・・」


「ツムジ道場にいた時でも、それだけすごかったんだよ。で、後で道場開いたらしいじゃん。その時はもっと強くなってたはずだよ」


「ううむ・・・」


「恐ろしいですね・・・」


「ジロウさんも、あと10年もしたら、コヒョウエ様みたいになってるかもね。ガタイもコヒョウエ様よりでかいし、あれでコヒョウエ様みたいに跳んでたら、とんでもないよね」


「お待たせしました」


 メイドが食事を持って来て、皆の前に並べる。


「今日は腹が空きましたね。いただきましょう」


「うん! いただきまーす!」


「いただきます」



----------



 翌日。

 冒険者ギルド、昼前。

 1人の老人が受付に立った。


「や、おはようございます」


「おはようございます! 本日はどのようなご用件でしょうか!」


「はは、これは元気の良い娘さんだ。

 こちらに、トミヤス殿は来ておられますか。

 今は訓練場だとお聞きしまして」


「はい! うちの冒険者に、稽古をつけてくれてます!」


「左様で。訓練場に入っても構いませんかな。

 物騒なものではございません。ちと、トミヤス殿に用事が」


「少々お待ち下さいますか。お時間はかかりません。

 許可が必要ですので、こちらにお名前をお願いします」


 さらさらと差し出された紙に、名前を書く。

 コヒョウエ=シュウサン。


「では、お待ちしております」


 ぱたぱたと受付嬢が奥に走って行く。


(冒険者達に稽古をな。ふむ)


 なるほど、腕があるわけだ。

 実戦経験が豊富な者達を相手に、日々鍛錬。

 道場稽古では学べない、実戦を学んでいる。

 稽古と称していても、教えられている、というわけだ。

 うむ、と頷いていると、受付嬢が戻ってくる。


「お待たせしました。

 トミヤス様の稽古にご参加をされる際は、稽古用の得物をお貸しします。

 訓練場手前の準備室で、お好きな物をお選び下さい。

 あの廊下の突き当りが、訓練場です」


「ありがとうございます。では」


 軽く頭を下げ、コヒョウエは廊下を歩いて行った。

 準備室。

 突き当りの扉が、訓練場。

 中から、大きな声やぱしん、ぱしんと叩く音が聞こえてくる。

 懐かしい。コヒョウエの目が細められる。

 この音を聞くと、ツムジ道場にいた頃を思い出す。


(うむ)


 頷いて、準備室の戸を開けた。



----------



「では、次の方」


「はい!」


 冒険者が手を挙げ、マサヒデの前に立つ。

 ぎいい・・・

 訓練場の重い扉が開かれた。

 は! とマサヒデが扉の方を向くと、小さな老人。

 コヒョウエ=シュウサン・・・


 マサヒデは目の前の冒険者に向き直った。

 「う!」と、隣で冒険者を叩きのめしたシズクも、老人に目を向ける。

 コヒョウエはすたすたと壁際を歩き、正座して並ぶ冒険者達の横に立った。


「・・・いつでも」


「よろしくお願いします!」


 冒険者の打ち込みを軽く受け流し、崩れた冒険者の頭に竹刀を置いた。


「ここまでです」


「ありがとうございました・・・」


 すごすごと下がって行く冒険者。

 うんうん、と、コヒョウエが笑顔で頷く。


「皆さん、ちょっと休んでて下さい。私の客人です」


 マサヒデはコヒョウエの前に立ち、頭を下げた。


「先日は失礼致しました。コヒョウエ=シュウサン様、ですね」


「いかにも。こちらも名乗らずに失礼しました。

 昨日は、ジロウめを叩きのめして頂けましたようで。

 あやつには良い薬になったでしょう。ありがとうございました」


「素晴らしい腕前でした。もう、私が一本取れることはないでしょう」


「はっはっは! ご謙遜ですな!」


 笑ったコヒョウエの腰には、訓練用の木刀と脇差が差されている・・・


「して、本日はいかなるご用件で」


「なに、息子を叩きのめした剣客を一目、と思いまして」


「・・・」


「おひとつ、どうですかな」


 コヒョウエはにこにこと笑いながら、とんとん、と腰に差した木刀の柄を叩く。


「よろしく、お願いします」


 マサヒデは深く頭を下げた。

 小さく頷いて、コヒョウエは歩いて行った。

 ごくり、とマサヒデの喉が鳴る。


「皆さん。これから、あの方と一本立ち会いますが、瞬きせずに見ていて下さい」


 マサヒデが正座した冒険者達に声を掛ける。

 は、と皆が背を正し、前に立つ老人を見つめる。

 一見、ただの好々爺だが・・・あの老人は、一体何者だろう。


「シズクさん。開始の合図を頼みます」


「分かった」


 シズクも緊張でがちがちになっている。

 マサヒデも歩いてコヒョウエの前に立つ。

 シズクも向かい、2人の前に立つ。


「構えて」


 コヒョウエは木刀を抜き、片手で下げた。

 マサヒデも竹刀を無形に下げた。

 すうーっと息を吸い、吐く。

 身体の力を完全に抜き、集中力だけを高めて・・・


「・・・はじめ」


 開始の合図と同時に、コヒョウエが歩いてくる。

 片手のまま、すっと木刀が上げられた。

 そのまま、振り下げられる。

 さすがに鋭い。だが、避けられる。受けなくて良い。

 マサヒデは跳び、コヒョウエの木刀を・・・


(!?)


 コヒョウエは、振り下げながら木刀を投げるように手放した。

 マサヒデの足が空を蹴る。

 小さく跳んだマサヒデの上を、コヒョウエが跳んでいく。

 何かが頭を掠める感触。


 着地して、ばっと後ろを振り向く。

 すぐ目の前に、コヒョウエの顔。

 手には脇差。


「い、一本・・・」


 シズクの声が掛かる。声が震えている。

 冒険者達も、目を見開いてコヒョウエを見つめている。

 コヒョウエは脇差を収め、落ちた木刀を拾った。


「うむ、さすがトミヤス殿。滅多に見られぬ技を見せて頂きました。

 この老体では、手も足も出ませんな。や、これは参りました。

 お時間頂き、ありがとうございました」


 笑顔で軽く頭を下げ、コヒョウエは去って行く。

 マサヒデもシズクも冒険者達も、皆がその小さな背中を見つめていた。

 あの老人は参りましたと言ったが、勝敗は明らかであった。



----------



 コヒョウエとの立ち会いは、一瞬で終わった。

 稽古はそれで終了とし、食堂で黙々と昼食を食べる。


「強かったね」


 ぽつん、とシズクが呟く。


「ええ。強かった」


 マサヒデの目に、あの老人が跳ぶ姿がはっきりと浮かぶ。

 ほんの一瞬だったが、目の前でマサヒデよりも高く跳んだ。


「あんなお爺ちゃんなのに、強かった」


「強かった・・・すごく強かった。父上のようでした」


「マサちゃん、あの人より強くならないとね」


「ええ」


 箸を置いて、手を合わせる。


「戻りましょうか」


「うん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る