第4話 あんこ馬


「カオルさん! シズクさん! そこまで!」


 マサヒデが声を掛けると、2人がぴたりと動きを止め、すっと得物を収める。

 ふうー・・・と深く息をつき、マサヒデの方を向く。


「これから、出掛けたい所があります。是非、お二人にも一緒に来て欲しい」


「出掛けたい所って、どこ?」


「昨日のご老人、覚えてますね。あのご老人のご子息の道場です」


「え! ご、ご主人様、本当に行かれるのですか!?」


「大丈夫です。カオルさん、今のハチさんとの話、聞いてなかったんですか?」


 え? と部屋を見ると、ハチが来ている。


「あ、これは・・・申し訳ありません、集中しすぎていたようで・・・」


「ハチさんもご存知の方だそうですよ。

 ご子息も凄腕の方らしいので、訪ねてみましょう。

 もしかしたら、一緒に稽古が出来るかもしれません」


「左様でしたか」


「で、少し遠いですから、馬を出して行きます。ついでに遠乗りと行きましょう。

 お二人共、すぐに朝餉を済ませて下さい。

 寺へ向かう道をずっと行った所ですので、アルマダさんも誘って行きます」


「は」「わかったよ」


「じゃ、私は先に厩舎に行って馬の用意をしておきますから、食べたら来て下さい。訓練用の得物を持ってきて下さいね」


「はい」


「ではマツさん。行ってきますね」


「行ってらっしゃいませ」


 マツが手を付いて頭を下げる。



----------



「・・・」


 ハチが絶句して、厩舎の入り口で立ち止まる。

 いきなり入り口に恐ろしく大きな馬。

 並んでいる馬も、どれも大きな馬ばかり。


「こいつは・・・たまげた・・・」


「ははは! ハチさんも驚きましたか! どうです、これがトミヤス様の馬達で。

 どいつもでかいでしょう。こいつなんか特に」


 馬屋がぽんぽん、と黒影の首を叩く。


「こりゃすげえ・・・タニ・・・ゴロウさんも驚くわけだ」


 ぶるる、と手前の一際大きな馬が鳴く。


「ははは。黒影もハチさんに会えて嬉しそうですね」


「黒影・・・このでかい馬、黒影ってんですね」


「ええ。これはカオルさんの馬です」


「カオル? 女の方ですか?」


「はい」


「女がこんなでかい馬に・・・」


「私の馬は、あれです。どうぞ見てやって下さい」


 マサヒデはすたすたと歩き、艶のある黒い毛の馬の前で止まった。


「こいつが・・・ううむ、たしかにゴロウさんの言った通りだ。

 艶やかな立ち姿ってのはこういうのを言うんだな・・・すげえ綺麗だ・・・

 毛も艶があって綺麗だが、それだけじゃありませんね。立ってるだけで綺麗だ」


 ふふん、当然だ、という顔で馬がハチを見る。

 クレールのように言葉は分からないが、獣人族もその辺りに敏感だ。


「当然だって顔してるな・・・気高い馬ってのも本当なんだな・・・」


 ううむ、とハチは腕を組んで唸ってしまった。

 さすがはトミヤス様と言った所か。


「おお、そうだ。何かすごく珍しい馬がいるとか・・・」


「ああ、あの奥のです。たてがみが白い。

 人の好き嫌いが激しいので、気を付けて下さい」


 そっと近付くと、明らかに威嚇してくる馬。

 薄暗い厩舎の中では良く見ないと分からないが、黒っぽい栗毛だ。


「へえ・・・これが、千頭に1頭も生まれないって色・・・」


 馬屋が得意そうな顔をして、ハチを見る。


「そうですよ、ハチさん。しかもこのガタイだ。世界中探したって、こんな馬はいやしませんよ。こんな田舎の厩舎に来てくれるなんて、もう夢のようです」


「はあー・・・や、良いものを見せていただき、ありがとうございました」


 ぺこりとハチが頭を下げる。


「じゃあ、トミヤス様。私はこれで失礼します。

 そろそろ見回りに戻りませんと、お奉行様に叱られてしまいますんで」


「今日はありがとうございました。お仕事、頑張って下さい」


「トミヤス様も、道場を楽しみにして下さい。それでは」



----------



 よいしょ、と黒嵐に鞍を乗せ、ぐ、ぐ、と締める。


「うーん・・・」


 ファルコンを見て、どうしようか、と困ってしまった。

 アルマダと一緒に行こうと思っていたが、ファルコンは連れて行けるだろうか。

 馬屋に聞いてみるか・・・


「アルマダさんの所に行きますけど、ファルコン、出して連れていけますかね?」


「引っ張って行くなら平気ですよ。念の為、手綱は長めに持って、離れ気味で」


「分かりました。じゃあ、ファルコンも出してもらえますか」


「合点です」


 カオルはどっちの方が良いだろう。白百合か、黒影か。

 黒影は普段は荷馬車を引いてもらう予定だし、白百合か。


「あと、白百合を出しましょう」


「へい」


 繋ぎ場に、黒嵐、白百合、離れてファルコンが並ぶ。


「今日は遠乗りになるけど、皆、頼むよ」


 ブラシを出して、しゅう、しゅう、とゆっくりと黒嵐を梳いてやる。


「あ、しまった。すみません、皆のおやつを忘れてしまいました。

 馬のおやつ、ありますか。りんごとか砂糖とか」


「ええ。持ってきますよ」


 馬屋が袋を持ってきて、黒嵐の横にくくりつける。


「中にりんごが入ってますんで、途中で食わせてやっておくんなせえ」


「ありがとうございます」


「あ、そうだ。聞きたいことがあったんですよ」


「なんでしょう」


「馬って甘党なんですよね。まんじゅうって食べるんですか?」


「まんじゅう? まんじゅうはやっちゃいけませんよ」


「だめなんですか?」


「まんじゅうの皮、小麦使ってますからね。

 馬ってのは、小麦食べると、腹ぁ壊しちまうんですよ」


「そうだったんですか。じゃあ、やめといた方が良いですね」


「中のあんこだけならいいんじゃないですか」


「うん、じゃあ、まんじゅうがあったら、あんこだけ食べさせてやりましょう」


「そうだ、トミヤス様、『あんこ馬』ってのご存知で?」


「あんこ馬?」


「馬の悪口ですよ。しょっぺえ荷馬なんかを『あんこ馬』って言うんですよ」


「へえ、そんな呼び方をするんですか」


「黒影は荷馬にする予定だそうですが、とても『あんこ馬』なんて呼べませんね。

 あんなでけえあんこ馬はねえや! ははは!」


 笑いながらブラシをかけていると、カオルとシズクが歩いて来た。


「お、来ましたね」


「お待たせしました」


「お待たせ! 楽しみだね!」


「じゃあ、寺の方へ行きましょう。途中でアルマダさんの所へ寄って。

 シズクさん、ファルコンの手綱持ってもらえますか」


「はーい」


 マサヒデとカオルも、黒嵐と白百合の手綱を持つ。

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