勇者祭 10 老いた剣客
牧野三河
第一章 老いた剣客
第1話 あの老人、何者・1
「では、いただきます」
「いただきます」
皆が箸を取り、夕餉が始まる。
「うむ、この粕漬けは美味い」
「・・・ご主人様、私、自信が無くなってしまいました」
ぽりぽりと粕漬けをかじるマサヒデの横顔を見ながら、カオルがしょんぼりした顔で声を出した。
「む、二刀が上手くいかないんですか?」
「いえ、無手で全く敵わないとは・・・」
「何を言ってるんです。無手ならカオルさんも得意でしょう?
無手同士なら、私は全然敵いませんよ。
カオルさん、今日はずっとあの素振りしてたでしょう。
それも、二刀を試しながらですよ? 疲れを自覚してないだけです」
「・・・」
「そうですよー! カオルさん、かっこよかっですよ!
マサヒデ様の顔に向かって、こう踵がびゅーん! て」
「ええ。カオルさん、見事でしたよ」
「そうでしょうか・・・」
「そうでしたよ」
ばり、と魚を頭ごと食べたシズクがカオルを向く。
「おいおいカオル、お前、私を投げ倒したんだぞ。
もっと自信持てよ。お前、素手でも強いんだぞ」
「はい」
「なんだよ、らしくないなあ。元気出せよ」
「はい・・・ありがとうございます」
「おかわりくれ」
シズクがぐいっとカオルに椀を差し出す。
カオルは受け取って、山盛りに米を盛る。
「どうぞ」
「ん」
「ま、ゆっくり湯に浸かって、しっかり休めば、おさまりますよ」
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翌朝。
「や、御坊。お久しぶりでございますな」
トモヤと坊様が将棋を打っている所に、小さな老人が寺を訪ねてきた。
「お、これはヒョウエ殿。ご無沙汰しております」
「ほう。将棋ですか」
「左様で。最近は、この若造を鍛えてやっておりましてな」
「・・・」
腕を組んで、じっと盤を見つめるトモヤ。
「ほう・・・」
ヒョウエと呼ばれた老人が盤を見つめる。
ぱちり。
「お若いの。その手はまずい。6四桂はどうかな」
「む」
トモヤが顔を上げると、小柄な老人が座って盤を見つめている。
ぱちり。
はっとして盤を見ると、坊様の銀がさされている。
「あっ・・・ううむ・・・」
むーん、と唸りながら、先を考える。
詰む。
「ううむ、参った・・・」
最近は紙を用意してもらい、それに棋譜を残すようにしている。
今の手を書いて、6四桂の後を動かしてみる。
「こう来て・・・こう・・・むう・・・爺様、只者ではないな・・・」
「はっはっは! なあに、儂もただの暇な将棋好きの爺よ」
「ううむ、6四桂・・・そうか・・・6四桂・・・」
トモヤは腕を組んでぶつぶつと呟き、棋譜を見て1人で感想を始めた。
小坊主がヒョウエと呼ばれた老人の前に、茶を置く。
「お若いの、その年にしては中々の腕じゃ」
「おお、ヒョウエ殿もそう見られますか」
「うむ。ここまで御坊を攻めるとは」
「ふふふ、この若造、真剣師でしてな」
「なんと、真剣師。ふむ、御坊をここまで攻めるのも頷けますな」
「先日、勇者祭で、将棋で魔族の者共を追い払ったというのが、この若造でして」
「おお、こちらが! ふうむ、話には聞いておりました。
なるほどなるほど、こちらが。御坊を攻めるわけじゃ」
ぱちん、ぱちん、とトモヤが駒を置いていく音が静かに響く。
ううむ、と唸るトモヤ。
トモヤを無視して、坊様とヒョウエは茶を飲んでいる。
「おう、そうだ。ヒョウエ殿。こやつの組に面白い者がおりますぞ。
聞けばヒョウエ殿も興味が湧きましょう」
「ほう? 面白い者?」
「シロウザエモン=トミヤス。今はマサヒデと名乗っております」
「シロウザエモンと言いますと、あのカゲミツ=トミヤス殿のご子息」
「いかにも」
「ほほう」
「先日、勇者祭の組に人が足らぬ、と言うことで、組に入れたい者を集める為、トミヤス流との力試し試合なるものを開きましてな。目に適った者を入れようと」
「あれは話題になっておりましたな」
「これがまた、300人ほど集まったそうで。全戦全勝」
「それはすごい。神童の呼び名も伊達ではなかった、と」
「中には鬼族もおったそうで、叩きのめして今は組の中、というわけです」
「なに、鬼族の者まで? 神童、それほどの腕であったか・・・ふうん・・・」
「ご興味が湧かれましたかな?」
「ふむ。湧きましたな」
トモヤが盤から顔を上げる。
「爺様、マサヒデに興味が湧いたか」
「うむ。湧いた」
「爺様、剣をかじっておるのじゃろう?」
「なぜそう思う」
「なんとなくじゃ。爺様、隠しても分かるぞ。
剣をやっておる者は皆、爺様みたいな感じがする」
「ほう・・・御坊、この真剣師殿、慧眼じゃな」
「で、ございましょう?」
「おだてても何も出ぬぞ。マサヒデは魔術師協会に寝泊まりしておるから、会いに行ってみてはどうじゃ。おなごだらけの家でだらけておるわ。腕に自信があるなら、叩きのめしてやってくれんか」
「はっはっは。真剣師殿、いくら若いとはいえ、300人も抜いておる者に、こんな爺が勝てると思うか」
「・・・」
トモヤは笑っているヒョウエと対照的に、じっとヒョウエを見つめる。
鋭い、慧眼が光る時のトモヤの目。
「おや、真剣師殿。どうした。そんな目で」
「・・・爺様・・・マサヒデより強いかもしれんな・・・
うむ、カゲミツ様と同じ匂いがぷんぷんするぞ。
もしかして、若い頃は名が売れておったのではないか?」
「なあに、小さな道場を開いておった程度よ」
「・・・ふうん・・・トミヤスの道場もさして大きなものではないぞ?
道場の大小など、強さには関係ないと思うがの」
「ほう? 道場の大小に、強さは関係ないと」
「少しかじったら、後は商売が上手いか下手かじゃ。
それで道場の大小など決まると思うがの」
「で、儂は商売下手で小さな道場というわけか! はっはっは!」
笑うヒョウエを、トモヤはじっと見つめる。
「興味があれば、魔術師協会に顔を出してくれぬか。マサヒデはあそこに寝泊まりしておる。マサヒデもあれで、カゲミツ様と似た所があってな。とにかく強い者と戦うのが大好きなんじゃ」
「はは。神童とはまた怖ろしいの」
「普段は爪を隠して、女を口説いて回っておるような奴じゃ。
たまには灸をすえるのも良かろうと思っただけじゃ。ワシには出来んからの」
「このような爺に、灸をすえることが出来ると思うのか?」
「さて・・・どうかな」
トモヤはまた将棋盤に目を向けて、棋譜を見ながら駒を動かし出した。
「まあ、灸をすえられるかどうかは分からんが、一度顔は見てみたいな。うむ」
ずず、と茶を啜り、ヒョウエは立ち上がった。
「さて、御坊。将棋の相手もおるようだし、儂はここで」
「土産話は聞かせてもらえましょうな?」
「はっはっは。面白い話でも出来れば良いがの」
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からからから・・・
「失礼」
マツの家の玄関が開かれる。
手を付いて頭を下げるカオル。
「おはようございます。魔っ!」
(!)
この老人、只者ではない!
頭を下げたカオルの目が見開かれる。
つー・・・とカオルの頬を冷たい汗が垂れていく。
「・・・魔術師協会、オリネオ支部へようこそ・・・」
「よっ・・・こいしょ」
笠を取る。土間に腰掛ける。
全て自然な動作なのに、全く隙がない!
この老人は何者だ!?
「・・・本日は、いかなご用件で」
「うむ。ここにシロウザエモン・・・いやさ、マサヒデ=トミヤス殿がおると、お聞きましてな」
これは、勝負の申し込みか?
「ご主人様・・・マサヒデ様は、只今外出しております。
何かお言伝があれば、私がお預かり致します」
「はっはっは! そう固くなさるな。勝負の申し込みとかではございません。
お父上のカゲミツ殿とは、ちょっとした知り合いでしてな。
ご子息がおると聞いて、ただ顔を見にきただけで」
「・・・」
「まあまあ。別に害意などございませぬ故、ご安心下され」
「は・・・」
「おや?」
「どうかなさいましたか」
うむ、と頷いて、老人はにやりと笑う。
「ほう・・・ここは随分と賑やかですな」
カオルだけではない!
レイシクランの忍がいることまでバレている!
これはカゲミツ並の腕の者! 間違いなく剣聖並の人物!
「ふむ。余程の伝手でもおありなのか・・・」
「さあ、私めには・・・」
なんとか無表情を保つが、身体中を冷や汗が流れていく。
「して、マサヒデ殿には、いつ頃お帰りかな?」
「・・・特に遠出などのお話もございませんでしたので、おそらく昼過ぎには」
「左様で。では、また後で参ります」
からからから・・・とん。
玄関が閉まった瞬間、カオルの顔や額から、汗が吹き出る。
(あやつ・・・何者!)
ぽた、ぽた、と、カオルの顎から垂れた汗が、廊下に落ちる。
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