第18話 王宮の朝

 朝日がカーテンの隙間から差し込んでくる。

 全身を包み込みのは柔らかく、温かな感触だ。

 まどろみを誘われ、二度寝したくなる強い欲求が襲ってくる。

 それでも……ふとした違和感から瞼を強引に開けると、見知らぬ天井が瞳に飛び込んでくる。


「……知らない天井だ」


 ぼんやりと寝ぼけた顔でアンリエッサがつぶやいた。

 そのまま思考停止すること三十秒。状況に理解が追いついてきて、ベッドから上半身を起こす。


「そうだ……王宮に引っ越してきたんでした……」


 フカフカのベッドも温かい毛布も、実家にいた頃にはありえないものである。


「ふあ……最高の寝心地でした。とても心地好かったです……」


「お目覚めですか、お嬢様」


「ああ、いたんですね。銀嶺」


 白髪ロングのメイドが声をかけてくる。

 式神にして専属メイドの銀嶺だった。


「いるに決まっているではありませんか。私はお嬢様の式神ですよ?」


「そうでしたね……ベッドが最高過ぎて忘れていました」


 こんなに気持ち良く眠ったのは、何年ぶりだろうか。

 実家から王宮に移ってきて、環境も大きく変わったというのに……よくぞここまで安眠できたものだと自分でも驚いていた。


「ベッドの力も偉大ですけど……やっぱり、安眠に大事なのは適度なストレス解消ですよね」


 アンリエッサが自分の頬を両手でフニフニと触る。

 頬は柔らかく、肌もツヤツヤ。

 昨晩、性格の悪そうな女が破滅するところを見学に行ったのが、良いストレス解消になったようである。


「趣味が悪いですよ、お嬢様」


「仕方がないではありませんか……愛しい男性を呪った女です。もしも破滅していなかったら、もっと酷い死に方をさせていましたよ」


 無表情で窘める銀嶺に、アンリエッサがフフンと鼻を鳴らす。

 銀嶺はやれやれとばかりに首を振り、扉から外に出ていった。

 しばらくすると、ワゴンを押して戻ってくる。


「朝食をお持ちいたしました。紅茶も淹れますので、少々お待ちください」


「ええ、お願い。ミルクもタップリ入れて頂戴ね」


「かしこまりました」


 要望通り、ミルクを大量に投入した紅茶を淹れてくれた。

 アンリエッサは寝間着のネグリジェ姿のまま、テーブルについて紅茶に口を付ける。


「美味しいわ……いつもよりも、コクがあるんじゃないかしら?」


「王宮の紅茶ですから、当然ですよ」


「ああ、そうだったわね……もしかすると、朝食のメニューも豪華なのかしら?」


「はい、もちろんです」


 続いて、朝食の皿が並べられる。

 カリカリベーコンとスクランブルエッグ、白パン、カボチャのスープだった。

 メニューそのものは決して珍しい物ではない。

 しかし……何だろう。スープから立ち昇ってくる芳醇な香りは。ベーコンと卵の食欲を誘う色彩は。指でいとも容易く割くことができる白パンは。


「美味しい……!」


 スープを口に運び……極上の甘味と旨味が舌の上に広がった。


「さすがは王宮のシェフ……味付けが絶妙です!」


 美味い。美味過ぎる。

 もしも淑女でなければ、アンリエッサは床を転がり回って悶絶していたに違いない。


「やはり王宮のシェフはすごいですね……こんなに美味しい料理を作れるだなんて、まるで魔法ではありませんか」


 アドウィル伯爵家のシェフも決して無能ではなかった。

 それは式神に料理を盗ませ、秘かに食べていたアンリエッサもよく知っている。

 だが……やはり、王宮のシェフは格が違う。

 王族の食事を作っているだけあって、国内屈指の腕前を持ったエキスパートだった。


「ンクッ……モグモグ……」


「お嬢様……はしたないですよ」


「おっと……失礼」


 思わず、料理をかっ込んでしまったアンリエッサは恥じらいに頬を染めて、ナプキンで口を拭いた。


「本日のご予定は決まっていますか?」


「もちろん、ウィルフレッド様に会いにゆきますよ。着替えたら、さっそく行きましょう」


「かしこまりました。すぐに着替えを準備いたしますね」


「せっかくですから、とびきりオシャレしていきましょうか。姉から盗んで……いや、拝借してきたペンダントがありましたね。アレも付けていきましょうか」


 アンリエッサが笑顔で言うと、銀嶺がまぶしそうに目を細める。


「……お嬢様、変わりましたね。以前よりも明るくなられました」


「当然じゃありませんか。私は恋する乙女ですよ」


 銀嶺の言葉に、アンリエッサが不敵な笑みを浮かべた。


「ウィルフレッド様が生きているというだけで、世界が輝いて見えます。私はとても幸せです」


「それはようございます」


 いつにない笑顔のアンリエッサに、銀嶺が微笑ましそうに頷いたのであった。






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