第9話 お別れなのでお前らの罪を数えろ

 第十三王子の婚約者として王宮で暮らすことになったアンリエッサは、その日のうちに荷物をまとめて、余った時間で屋敷の人間にあいさつ回りをすることにした。


「明日、屋敷を出ることになりました。お世話になりました」


「キャアアアアアアアアアアアアアッ!」


「ちょ、いやあっ! 服の中はいってきたあっ!?」


「いやあ! そこはらめえええええええええええええっ!」


 せっかくあいさつに来たというのに、休憩室にいたメイド達はギャアギャアと大騒ぎをしている。

 突如として床下から大量の黒い羽虫が現れ、休憩していたメイド達の身体にまとわりついたのだ。


「皆さんにはとてもお世話になりました。私の服にインクをこぼしたり、二階から水をかけてきたり、食事に虫を入れたり……皆さんのおかげでとてもスリリングで愉快な生活でした。名残惜しいですが……一緒に遊ぶのもこれで最後です」


「いやああああああああああっ!」


「あの……話、聞いてますか? 一応は屋敷のお嬢様があいさつに来ているんですよ?」


「それどころじゃないわよお! ヒイッ、下着の中に……いやああああああああああああああああっ!」


 羽虫にまとわりつかれたメイド達は騒ぎまくっており、アンリエッサの言葉をほとんど聞いていなかった。


「仕方がないですね……次に行きますか」


 次に向かったのは執事の控え室である。

 ノックをしてから扉を開けて、今度は執事達に別れのあいさつをする。


「皆さん、明日でお別れです。色々とお世話になりました」


「きゅ、急に窓の外から野猿が!? 早く追い出しなさい!」


「クソッ! このサル公が、屋敷から出ていけ!」


 アンリエッサがあいさつに来たタイミングで窓を突き破り、数匹の猿が飛びこんできた。

 モンキー達は執事の顔を引っかいたり、服を破ったり、部屋にあるお菓子を貪ったり……やりたい放題に暴れている。


「執事さんにもお世話になりました。メイドさんに命令して私を苛めさせたり、一応は私にあてがわれていた食費や衣類費などの予算を横領したり……魔力無しの娘だから何をしても構わないと、好き勝手やってくれました。本当に楽しい日々でした」


「そんな話をしている場合じゃ……ギャアアアアアアアアアアッ!」


「ウッキイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」


 一際大きな猿が執事長に飛びかかって、馬乗りになって顔面をボコボコにする。

 どうやら、こちらも話をしている場合ではないようだ。

 アンリエッサは執事の控え室から出ていき、今度は厨房に向かっていく。


「皆さん、とてもお世話に……」


「な、何だと!? 買ってきたカジキマグロが突如として息を吹き返して、長い角でコック達を襲いだしたぞお!?」


「なりました。失礼します」


 厨房もとんでもなく忙しいことになっていた。ちゃんとあいさつできなかったが……カジキマグロの角に人間が貫かれる場面はさすがに見苦しい。

 アンリエッサはさっさと扉を閉じてしまった。


「フウ……私の食事メニューをカビの付いたパンや腐ったスープにしていたことに御礼を言いたかったのですが……仕方がありませんね」


 もちろん、カビパンも腐ったスープも食べてはいない。

 勝手に厨房から盗み出した料理を食べていたので、彼らに恨みはない。


「恨みはない。だけど……馬鹿にされて、『コイツには何をしても許される』とか思われているのはちょっとだけイラッとしますよねえ」


 これまでにもチクチクと針で刺すような復讐はしていたが……最後の最後だ。

 屋敷を出る前に最後のパレードとして、全員に素敵な呪いをプレゼントしておいた。


(メイドさんにはとにかく虫に好かれる呪い。執事さんには動物に嫌われる呪い。コックさんには触れた死体が屍鬼……つまりアンデッドになる呪い)


 黒い羽虫に求愛されまくっているメイド、動物に襲われまくる執事。

 そして、触れてしまった死体……つまりは食材がゾンビになって甦ることになるコックには心から同情する。

 復讐としてはやり過ぎなような気がしなくもないが……彼らが反省したら自然と消えるように調整しておいた。


(人を呪わば穴二つとはいいますけど……この呪いの源泉は貴方達。未成年の少女を魔力無しだからと虐げた皆さんの悪意から生じています)


 つまり、彼らの心に邪悪な心がある限り呪いは消えない。

 反省すれば呪いが消えるとは、つまりはそういうことである。


「さて、次は……」


 次にあいさつをするのは……そう、彼女にも会わなくてはいけない。


「お母様の部屋に行きましょうか……まともに顔を合わせるのは八年ぶりです」


 アンリエッサは肩をすくめて、自分を産んだ女性の部屋へと向かっていった。






――――――――――

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