第7話 父よ禿げろ
ウィルフレッド・ヴァイサマー。
国王の十三番目の王子にあたるその人物は、色々と悪い意味合いで有名だった。
母親は国王が愛した平民の女性。若かりし頃に国王に見初められた彼女は側妃として召し上げられて、ウィルフレッドを産んでしばらくして病死した。
その死因にも不審な点が目立っており、何者かに毒殺されたのではないかともっぱらの噂。
一粒種の忘れ形見であるウィルフレッドもまた生まれつき病弱で、ほとんどベッドから起き上がることはできない。
幼くして母親を喪い、部屋を出ることもままならない生活をしていたせいで卑屈な性格になり、使用人に当たり散らして面倒事を起こしているともっぱらの噂だ。
「お前にはウィルフレッド殿下の婚約者として、身の回りの世話をしてもらう。くれぐれも無礼がないようにな」
「…………」
問答無用とばかりに命じられて、アンリエッサが唇を噛んでうつむいた。
その手は小刻みに震えており、まるで恐怖を堪えているように弱々しく見える。
(身の回りの世話……つまり、婚約者として王宮に務めて第十三王子の面倒をみろと言うことですね……うわ、面倒臭い。超ダルい……)
か弱い外見とは反して、アンリエッサは内心でそんなことを考えていた。
ウィルフレッドは病弱で、ベッドから立ち上がるのにも介護が必要だという。
婚約者とは名ばかりに、一人で生活することができない王子の介護役になれという話なのだろう。
(うーん、ウィルフレッド殿下の境遇には同情しますが……それはまあ、何というか……)
面倒臭い。
もう一度、口の中でつぶやいた。
正直、やりたくはない。
アドウィル伯爵家で家族や使用人からイジメられながら、呪術で気がつかれないように報復をする生活。それはアンリエッサにとって理想の暮らしだった。
食事は美味しく、誰もが自分を弱者として扱って、アンリエッサもそうやって振る舞う。
家族に呪いをかけて玩具にして遊ぶ日々。最高に充実した人生である。
(王宮に召し上げられたら、もうこの人達で遊べないじゃないですか。罪のない王宮の人達や第十三王子殿下を玩具にするのは気が引けますし……)
利点があるとすれば、きっと王宮で出る食事が美味しいであろうということくらいだ。
仮にも第十三王子の婚約者になるのだから、多少は良い食事を与えられるだろう。式神をキッチンに忍ばせて食事を盗むという手間も省ける。
「……その話、お断りできないのですか?」
「……お前にはもったいない縁談だと言っただろう。まさか、私の決定に逆らうつもりか?」
オックロッドが再び怒りに表情を歪める。
今にも怒鳴りだしそうになっている父親に、アンリエッサは殊勝に見えるような表情を浮かべた。
「……私はお父様やお母様と離れたくないのです。たとえ、お二人が私を本当の子供だと思っていなかったとしても、私は皆さんのことを愛しているから」
「…………!」
オックロッドが虚を突かれたように目を見開いた。
ネグレクトしている娘からそんなことを言われるなんて、思っても見なかったのだろう。
わずかに気まずそうな顔をして、アンリエッサから視線を逸らす。
「……これはすでに王家との話し合いも終わった決定事項だ。明日には迎えの馬車が来るから、今日中に荷物をまとめておくように」
「…………チッ」
アンリエッサが小さく舌打ちをする。
引っ掛からなかった。
せっかく、今の生活が気に入っていたのに……文字通りのセカンドライフを楽しんでいたのに、それももう終わりのようだ。
(第十三王子の婚約者……病弱でワガママな王子が退屈しない人だと良いのですけど……)
「……承知いたしました。準備があるので失礼いたします」
アンリエッサはオックロッドに向かって頭を下げて、落ち込んだ様子で父親の執務室から出て行った。
アンリエッサがいなくなった執務室では、彼女の苛立ちと憂鬱を代弁するかのように二匹の小鬼がオックロッドの髪の毛をブチブチブチブチとむしっていたのである。
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