第6話 父に嫌われているので毛をむしる

 前世で家族に殺害されたアンリエッサであったが……気がつけば異世界に転生して、ヴァイサマー王国という国のアドウィル伯爵家の次女として生を受けた。

『禁忌の呪術師』という最強最悪の肩書を捨てて新しい人生を踏み出したわけだが……今度は『魔力無しのゴミクズ』というレッテルを与えられることになった。

 前世と同じように家族とは険悪な関係になっていたが……本人は意外とのんきに生活をしている。


(無能者のフリをして生きていくのも、そんなに悪くないわよね。力を隠して生活するのが魔法少女みたいでワクワクするわ)


「聞いているのか、アンリエッサ!?」


 怒鳴りつけてくる声を聞き流しながら、アンリエッサはとりとめのないことを考えていた。


 嫌な夢を見た次の日には、嫌なことが起こるものである。


 アンリエッサの前にある机について、怒声を発しているのは父親である人物……アドウィル伯爵家の当主オックロッド・アドウィルだった。

 オックロッドはかつてはアンリエッサを溺愛しており、愛しい娘として大切にしていたのだが……魔力無しであることが発覚してからは、あからさまに扱いを悪くしている。

 アンリエッサが使用人同然に働かされているのも、オックロッドがそうするように命令したからである。


「お前のような魔力無しのゴミがマリアベルをイジメるなど、許されると思っているのか!? 居候の分際で育ててやった恩を忘れたか!」


 オックロッドが怒鳴っているのは、昨日の出来事についてである。

 廊下でパンツ丸出しになって転んだことについて……マリアベルはアンリエッサに突き飛ばされて転んだと父親に報告したらしい。

 愛する娘が傷つけられたことに激怒して、呼び出したアンリエッサを叱りつけているのである。


(まあ、実際に転ばせたのは私の式神ですから冤罪ではないですけどね)


「聞いているのか!? アンリエッサ!」


「はい、聞いております。お父様」


 顔を真っ赤にして声を荒げる父親に、アンリエッサは冷静な口調で言う。


「私は魔力を持っていません。そんな私が同年代でも屈指の魔力を持ったお姉様に何ができるでしょう。ましてや、お姉様の周りには常に使用人がいるはずです」


 だから、自分にマリアベルをイジメることなんてできるわけがない。

 そんな道理を説いたアンリエッサであったが……オックロッドは机の上にあった本を掴んで、アンリエッサの顔めがけて投げつけた。


「あ」


 辞書のようにぶ厚い本がアンリエッサの顔に命中するが……薄皮一枚の厚さの呪力の壁が立ちふさがって衝撃を防ぐ。

 不可視の障壁にオックロッドは気づいておらず、アンリエッサにダメージはなかった。


「黙れ! 口答えするな!」


 オックロッドがさらに怒りの炎に薪をくべてヒートアップする。

 どう考えてもアンリエッサの言い分は筋が通っていたはずだが……魔力無しの彼女が口にした正論などどうでも良いようだ。


「…………フ」


 あまりにも理不尽な父親の言葉にアンリエッサが顔を手で隠して、失笑する。

 オックロッドの目には本をぶつけられて痛がっているように見えるだろうが、実際には笑いを堪えているだけである。


『お仕事するよ』


『するよー』


 何故なら、オックロッドがアンリエッサに本をぶつけて怒鳴りつけた途端、彼の頭の上に乗っていた小さな鬼が動き出したからだ。

 掌に乗るサイズの小鬼がオックロッドの頭からブチブチと毛根ごと髪の毛を引き抜いて、ポイッと投げ捨てている。


 オックロッドの頭部を住処にしている二匹の小鬼……彼らもまたアンリエッサの式神である。

 オックロッドがアンリエッサに理不尽なことをするたび、彼らが報復として髪の毛を雑草のように抜いているのだ。

 おかげで……アンリエッサが魔力無しと発覚してから八年。オックロッドの頭部はすっかり寂しくなっており、頭頂部を中心として河童の皿のように不毛の荒野が広がっていた。


(家の中でもカツラを付けたらいいのに……まあ、それはそれで愉快だけど)


「……大変申し訳ございませんでした。以後、気をつけます」


 アンリエッサが口元に浮かんだ笑みを隠して、頭を下げる。

 表向きは従順に見えるアンリエッサの態度を見て、オックロッドが「フンッ!」と鼻を鳴らす。


「……喜べ。今日はお前に良い知らせがある」


「良い知らせ……ですか?」


「ああ、お前の婚約者が決まった」


「婚約者……」


 アンリエッサが両目を瞬かせた。

 貴族である以上、幼い頃から婚約者が決まるのは珍しいことではない。

 だが……アンリエッサは魔力無しである。嫁の貰い手があるとは思わなかった。


(あるとすれば、よほど問題のある男子か金持ちの老人の後妻ということかしら? 一応は十五歳の乙女なのだから、少しは夢を見せてもらいたいのだけど)


「すぐにでも家を出て、婚約者の身の回りの世話をしてもらう。お前にはもったいないような良い縁談だから喜ぶように」


 オックロッドが小馬鹿にするように口元に弧を描いた。

 身の回りの世話ということは、やはり老人の後妻だろうか。

 アンリエッサが「面倒臭い……」と口の中でつぶやいていると、オックロッドが婚約者となる男の名前を告げる。


「お前の婚約者になるのはウィルフレッド・ヴァイサマー殿下。この国の第十三王子だ」






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