箱庭の果実【始】

他人事

第1話 幕間

「こっちは回り込めてる!突入してOK!」



 先輩からの無線は怖いぐらい無邪気な声だ。

しかしそれでも、どこか形容しがたい緊張感が全身に走る。



「了解です。」



 そう答えると同時に、ついハンドルを握る手に力が入ってしまう。

 こんな状況になったのは僕のせいなのだ……。

 




 というのも先日、ジェネリックの人身売買を行っていたバイヤーを捕まえたところ、その人物が参加する予定だった取引が今日行われるとの供述があった。




そのため僕がバイヤーに装って侵入し、取引現場にいる関係者を一斉検挙するという作戦だったのだが……。




取引相手がたまたまそのバイヤーと顔なじみだったらしく潜入捜査されていると感づかれてしまった。



犯人たちと戦闘になるかと思われたが、男たちの中に透明になる能力を持った人物がおり、その場では取り逃してしまった。



 離れた場所から取引現場を見張っていた先輩が無線の先でつぶやく。




「あちゃあ。あちらさんのジェネリックも能力持ちですか……。」





……ジェネリック。





 20年前、突如として現れた未だ謎の多い存在である。高い身体能力、自己治癒力を有しており、少数ではあるが先ほどの透明化能力の様に固有の特殊能力を持っている個体も存在する。



本来であれば特殊能力を有しているジェネリックは申請を行い、能力を制御する機能を持つ腕輪を着用する義務がある。

しかし近年その制御装置を無効化する技術を持った人間が裏社会で幅を利かせているらしい。



その影響で能力を使用した厄介な事件も増えた。

今回の犯行グループも間違いなく制御装置を無効化している。



幸い透明化の範囲は広くないようで後を追うことはできたが、そのまま取引相手の男たちは保護対象の少女を連れて車に飛び乗り逃走してしまったのだ。

 


以上の経緯でこの不毛なカーチェイスが始まってしまったという訳だ。



諸々の反省会は任務が無事終わってからにしよう……。





すかさず一気にエンジンの回転数を上げる。



 前方の車両との距離およそ5メートル。

 僕にとっては十分すぎる距離だ。



 ハンドルから両手を放し右足を折りたたむ。



 ついさっきまで跨っていたバイクのシートを思い切り蹴り上げた。



 感触は良好。



体は宙に弧を描き、犯行グループが運転する車両の上への着地に成功する。



「頼みますよ。」



 すぐさまサイドガラスを片膝で突き、砕く。

その勢いで後部座席に座っていた先程の透明人間の頭に強烈な蹴りを加え、気絶させる。



能力で隠されていた救出対象の少女がその隣にうっすらと現れてきたことを確認し、車内に侵入する。



すぐに助手席に座っていた男が飛びかかってきた。

咄嗟にカウンターで繰り出した僕の拳が男の顔面に直撃する。



男が怯んだ隙に、車内へ突入した時とは反対側のドアを蹴破り、微かに身を震わせる少女を抱え込んで脱出した。



 少女を抱きかかえた腕に生温かいものが伝う感触を覚える。

車から飛び出た際に飛び散ったガラスの破片により少女の腕にかすり傷ができてしまったようだ。



車はそのままガードレールに突っ込み動かなくなっていたが、まもなく黒い煙を上げ始め、大きな破裂音と共に爆発した。

 

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