10.クローゼット立てこもり事件

 女性患者さんがヒステリックに叫び出したことでフラッシュバックを起こした私。


 もうどうやったって忌まわしい記憶に追いかけられる、どこに逃げたらいいのか分からない。

 それに易刺激性も相まって、いつもならなんてこともない物音や声に怯えてほぼパニック状態になっていた。

 

 せめて周りから流れ込んでくる音・視線をシャットアウトして1人になれる場所を探し求めて、病室のクローゼットに目が行った。




 遠くで「雨季さんがいないみたいなんです……」という看護師さんの声がする。

 何度も私の病室を開けては「やっぱりいない」と探し回る様子を感じ取ってはいたが、私はじっと身をかがめて泣いていた。


 暫くして遂に見つかり、クローゼットの扉が開かれた。

 それでも看護師さんは、暗くて狭い場所で1人になりたいという私の思いを汲んで、落ち着くならそのまま入っていていいと言ってくれた。


 後に、これが私のとして容認され、専用の『立てこもり中』という看板?カード?のようなものまで作ってくれた。




 当時こそパニックでそれどころではなかったが、後日お騒がせしたことを看護師さんに謝ると、私が行方不明になって相当焦って探し回ったらしい。

 そしてまさか、クローゼットの中にいるなんて。


「長年勤めてるけど、あんなところに入れるの知らなかったよ! 男の人だと体格的に入れなさそうだし、女性の患者さんならではだね」


 やはり女神は本当に優しい。

 患者仲間にも私の行方不明疑惑で看護師さんたちが駆け回っていたことを教えてもらい、立てこもり騒動として笑ってくれた。


 しかし本当に申し訳ないことをしてしまった……




 何日か経って回復はしても、またいつフラッシュバックするか分からず怯えながら周囲の様子を伺い、綱渡りのように過ごしていた。


 退院まで何度かクローゼットは避難所として利用させていただいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る