6.自責の無限ループ

 保険の担当者との一件からは立ち直ったものの、彼の言葉は脳にずっとこびりついていた。


 退院して社会に戻ればこのような扱い、何度も経験することになるのだろう。

 分かっているからこそ、「こんなことで泣いているようじゃ、」と自分を責めては思い出し、また泣きそうになって自責、、という無限ループに陥る。


 入院してすぐの頃に比べればかなり落ち着いてきたが、診察の際に辛かった時のことや自傷・未遂をした頃の心境を話そうとして当時を思い出すと涙が止まらなくなる。

 生傷を薄いカサブタが覆っているだけのようで、少しでもその薄い膜をめくろうものならジュクジュクと血が溢れてきて痛み始めるような感覚だった。


 しかし、良い兆候もあった。


 開発に携わっていた商品の一件や、保険担当に言われたことなど、何かのきっかけでガクッと落ち込んでしまうものの、回復するのも早いのは好転だと担当医に言ってもらえた。

 確かに、数ヶ月も前に辞めた会社でのことを未だに引きずっている割には、最近の出来事に関しては数日で立ち直ることができていた。




 ただ、会社のことを引きずりまくっているのは変えようのない事実で、上司に容姿が似ている看護師が目に入ると反射的に身構えてしまい、苦手になった。

 特にその看護師さん本人に何かされたというわけではないのが申し訳なかった。


 また、他の患者さんと他愛もない雑談をしている最中に辞めた会社に関わる事物が話題に上がると、自分でも意図せず地雷を踏み抜いたように落ち込むことがあった。

 これも、相手は私を苦しめたくて話しているわけではないと重々承知しているから、勝手に盛り下がっている自分に余計に心を痛めた。




「真面目で責任感が強い性格から、自分を責めすぎてしまう傾向がある」

 診察時に担当医から何度も言われた言葉だ。


 上司からのパワハラや無理な要求は確かにあったが、それでもせっかく叶えた夢を手放した自分は許せない。

 あの時は辞めたのが最善の手段だったとしても、そうなるまでに何とかできなかった自分に責任がある。

 ずっとそんな風に考えていた。

 その思いはまだ消えていないが、この頃はここまで傷ついた自分とそんな自分を許せないことのギャップにずっと悩まされていた。


「誰か1人でも相談できる人がいたとか、どこかで何かが違えばこうはならなかったと思う、雨季さんは運が悪かっただけ」

 担当医にそう言ってもらっても、その運の悪さを悔いて反省していた。

 誰にも相談できなかった自分が悪い。




 このように、何か嫌なことがあっても「耐えられない自分が悪い」と自分自身に負荷をかける癖には入院しても悩まされていて、病棟で何か困ったことがあっても

「看護師に余計な手間をかけさせちゃいけないから、これくらい我慢しなきゃ」

と溜め込んだ。

 結果的に、自分に厳しくしすぎて限界を超えてしまうことも多々あった。


 あの当時、「自分が上手くできないのも悪いから」と笑って誤魔化していた自分から何も成長していない。

 そんな幼稚さにも腹が立って、とにかく自分を責め続けていた。

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