——歩く騒音SDジジイ

 病棟には悪名高きあるジジイがいた。

 ここでは愛着を込めて『SDエスディジジイ』と名付ける。


 彼の得意技は、ゴミ箱に捨てられたペットボトルを拾い集めて再利用することだった。

 SDGsなら18番『ゴミでも何でも漁って使え』といったところだろうか。

 また、SDジジイは一体いつ寝ているのかと心配になるほど朝から晩まで看護師に文句を喚き散らしており、果てしなく持続可能なエネルギーを持っていらっしゃった。


 つまり、易刺激性いしげきせいで苦しむ私にとっての天敵だった。




 そんな彼の暴れっぷりを眺めながら、同年代の患者とのある日の会話。


「今日も(SDジジイ)さん元気だねえ」

「でも何言ってるかまるで分からん」

「あのエネルギーを他に使えば絶対もっと有意義な何かを生み出せるよ」

「……あの人を教祖にして宗教でも開けばいいんじゃない?」

「は?(笑)」

「あの御方おかたのおっしゃっていることが理解できて初めて解脱げだつに向かえます、てきな」

「おもしろそう」

「(裏声で)貴方あなた、あの御方がおっしゃっていること分かります? 分からないですよね? 今はそれでいいんです。徐々に分かるようになっていけばよいのです」

「……私でも分かるようになるんですか?」

「このCDをお買い上げいただいて、まずは通常の速度でお聴きになって下さい。テキストを読みながらで構いません。慣れてきたら徐々に速度を上げてゆき、聞き流すようにしているだけで学習の成果が……」

「待ってそれスピードラー〇ング(笑)」

「よし、ちょっとここで試しにやってみて、上手くいけば退院後に一儲けできるぞ」


 とても20代前半の女子2人とは思えないキモ会話だが、これがここでのだった。




 そんな教祖SDジジイは、ある時期を境に制御が効かないほどの暴走をし始め、一気に病棟の嫌われ者になってしまった。


 四六時中の看護師への罵倒はナースステーションの扉を蹴るなどヒートアップし、将棋相手を求めて朝から晩まで他の患者を大声で呼び回ったり、様々な不満を大音量で独りごちてホール内を闊歩したりするのが毎日のように続いた。

 

 特に周囲を悩ませたのが、ホールに置かれた机や椅子をの正しい位置に戻すために引きずることによる騒音で、それだけならまだしも、周りが正しい位置で椅子を使わないと「元に戻せ!」と怒ってくるのだ。


 私も大きな音や怒鳴り声に過敏だから、彼の言動を引き金にして泣き出してしまうことがしばしばあった。




 しかし、私は彼の攻略法を見つけた。


 私は学生時代に語学を専攻しており、海外でのホームステイの経験も何度かあったので、言葉が通じづらい相手とのコミュニケーションに多少慣れていた。

 そのコツは、 “分かってる風” に聞いているフリをする。

 つまり、相手の言葉が切れたタイミングで目を合わせて首を振るのだ。


 私がSDジジイに対してこの戦法で相手をし、適度に首をカクカクしながら聞き流していたら、いつの間にか『真の理解者』に認定されていた。


 ただ、はたから見ると私が彼に捕まって長々と説教されているようにしか見えなかったようで、他の患者や看護師にものすごく心配された。




 とはいえ周りから嫌われまくっているSDジジイ。

 もはや存在そのものが騒音のように疎まれていた。


 そして、明後日まで我慢すれば彼が病棟を移動するらしい、という噂が流れて病棟全体が浮き足立った日の翌朝未明に、事件は起きた。


 まだ皆が寝静まっている午前3時頃、SDジジイと看護師の怒鳴り声が響き渡った。

 彼だけならまだしも、看護師までもが大声を上げるのは異例の事態だ。


 なんと彼は怒りに任せて夜勤の看護師2名に蹴りを入れ、その場で隔離にぶち込まれたそうだ。


 騒ぎ声が静まった頃に恐る恐るホールに出てみると、彼が今まで熱心に拾い集めたであろうペットボトルに給水機のお茶が入れられ、机の1つ1つに置かれていた。

 この行動の意味を蹴られた当の看護師さんに聞くところによると、「他の患者さんへの今までの感謝の気持ち」と言っていたらしい。

 やり方がキモすぎるよSDジジイ……


 本当に新興宗教でも開いたのかと思うほどオカルトチックで鳥肌の立つ光景だった。

 しかも中にはお茶が飛び散っている机もあり、看護師との死闘を物語る痕跡が見られた。


 私を含む患者数人がこの光景に絶句した後、一言も発さずに黙々と撤去作業をした。




 ともかく、SDジジイは隔離行き、明日にはこの病棟も出ていく。

 これで厄介者ともおさらばだ!


 ——と、喜んだのも束の間、 “隔離に入っている間は病棟移動はできない” という制度を知って、全米ならぬ全病棟がガッカリした、悪しき暴走劇だった。

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