第18話 休憩中の話
隣に座るマサヒデを見て、シズクはぶるっと小さく震えてしまった。
自分より小さなこの男は、自分がぎりぎりで勝てたカオルを、文字通り手玉にとって完封してしまった。
「ねえ、マサちゃん」
「なんですか?」
「いつもギルドで稽古する時、あんな動きしないじゃないか」
「当たり前じゃないですか。いつも言ってるでしょう。稽古なんて名目だけです。私は冒険者さん達の戦い方を学びに行ってるんです。手を出させて、しっかり見ないと。冒険者さん達も、自分の手を磨くことが出来る。一石二鳥でしょう」
「それってさ、手、抜いてるってこと?」
「・・・いや、まあ、カオルさんとは腕が違いすぎますし・・・その・・・
皆の前でそんな言い方しないで下さいよ。人聞きの悪い。
私だって、彼らとの稽古で、多くを学んでるんですから」
「たまに、私と立ち会うの見てもらうじゃん。あんなに完封されないじゃないか」
「シズクさん。冒険者さん達に、見て学んでもらう為に、立ち会ってるんですよ。
少しは仕方ないじゃないですか」
「まあ、うん・・・そうだね。見て、学んでもらうんだからね」
「そういうことです。皆に言っちゃだめですよ。
彼らにだって、自負はあるんですから、傷つけるような真似はしないで下さい」
「わかったよ・・・」
いつもと違いすぎるはずだ。
手を出させ、技を見たり盗んだりする為に、手を抜いていたというわけだ。
シズクも立ち会うが、勝ったことはない。
それでも、あんなに完封された事はない。
一体、訓練場では何割くらいの力で戦っているんだろう。
それにしたって、試合の時とは違いすぎる。
すてすて、とクレールが軽く走って来た。
「あの、カオルさん、気を失ってしまってます。
多分、頭は強く打ってないです。こぶもなかったです。一応、治癒はかけました。
大きな怪我とかもないです。擦り傷と打ち身くらい。これも治しておきました」
「ああ、ちょっと落ち方が悪かったか・・・
シズクさん、カオルさんをここに寝かせてやってもらえますか」
「うん」
シズクがカオルを抱き上げ、ゆっくり歩いてくる。
そっと縁側に寝かせると、皆が顔を覗き込む。
手拭いを出して、クレールの水の魔術で濡らし、そっとカオルの額に乗せた。
「私達も少し休憩しましょうか」
「そうだね」
「はい」
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シズクもクレールも縁側に寝転がって、先程のマサヒデとカオルの立ち会いを思い出している。
竹刀の先で手裏剣を受け止め、小太刀ではなく手の方を流してしまい、跳び下がるカオルの足を宙で切り上げて・・・
「ねえ、マサちゃん、カゲミツ様みたいになってきたね」
「私もそう思います」
「そうですか?」
「そうだよ」
「そうですよ」
「じゃあ、少しは剣聖に近付けましたかね」
「多分、かなりね」
「すぐにカゲミツ様に追いつきそうな気がします」
「あと、軽く20年は必要じゃないですか?
確かに、道場を出て自分の未熟を何度も感じて、その分は強くなったと思います。
でも、まだこの町に来て全然経ってませんよ」
「そうかなあ」
「20年もいらないと思いますけど」
「前に父上が言ってましたよ。
10年修行すれば、相手の強さが分かるようになる。
20年で、やっと自分の強さが分かるようになる。
30年やると、何が何だか分からなくなってくるって。
これ、昔、父上がお世話になった方の受け売りだそうです。
私は、やっと相手の強さがぼんやり分かるってくらいです」
「まじで?」
「あと10年も修行しないと、マサヒデ様は自分の強さが分からないんですか?」
「そうです」
「うーん・・・私は今どの辺りだろう・・・ずっと旅はしてたけどさ、こんなに真面目に稽古したのは、この町に来てからが初めてだし・・・」
シズクが「ぺちん」と額に手を当てる。
「ふふふ。もうひとつ、物騒な言葉がありますよ。
人を1人斬るたびに、段位が1段ずつ上がるって。
シズクさんは、旅の間に何度も真剣勝負をしてるんです。もうかなりのはずです」
「斬るたびに・・・1人殺すと1段上がるってこと?」
「はい」
「ええー! 怖いですね・・・」
シズクが慌てて手を振る。
「ちょっとちょっと! 殺しはしてないよ!
婿探しの旅だったんだから、殺したらだめじゃん。
だから、1段も上がってないって」
「殺しはしてなくても、何度も真剣勝負はしてるでしょう?」
「まあ・・・何回か?」
「それなら、同じようなものですよ」
シズクがにかっと笑って、ぽん、と手を叩き、
「良い事思い付いたよ! マサちゃんは悪党見つけて成敗しようよ!
そうしたら、すぐ剣聖になれるよ!」
「斬り殺す為に悪党を探すんですか? いくら悪党だからって・・・
シズクさん、それじゃ、辻斬りと大して変わりないですよ」
にこにこ笑うシズクに、マサヒデとクレールは冷たい視線を送る。
「シズクさん、怖いです」
「悪党は成敗だよ!」
「そういうのは、ふん縛って奉行所に送るんです。その為に奉行所があるんです。尋常の立ち会いとか、身を守る為ならともかく、たとえ悪党でも斬り殺すのはいけません。そんな事をしたら、奉行所に捕まってしまいます」
「ええー」
「それに・・・勇者祭は、殺しが認められています。
わざわざ探さなくても、向こうから殺しに来るんですよ」
「あ、そうだったね! じゃあ、マサちゃんすぐ強くなるじゃん」
「シズクさん・・・まるで、私に人を斬り殺して欲しいような言い方ですね」
「ですよね」
マサヒデとクレールの冷たい視線にやっと気付いたのか、シズクが狼狽えた。
「うっ、いや、ごめん、そんなつもりじゃないんだけど」
「楽に強くなろうとしちゃいけないって事です。碌な事になりませんよ」
「真面目に修行しないといけませんよね!」
「うん、そうだね。ところでさ」
「なんです?」
「マサちゃん、私と試合した時より、急に強くなってない?」
「まあ、とあるきっかけがありまして。大きく変わったとは、自分でも思います」
「どんなきっかけ?」
「教えて下さい!」
す、とカオルに顔を向ける。
気を失ったカオルは、静かに寝息を立てている・・・
「え、カオル?」
「ええ。カオルさんです」
「カオルさんが、マサヒデ様に何かしたんですか?」
「違いますよ。カオルさんとの試合です」
「カオルとの試合で? うーん、見てなかったなあ」
「どんな試合だったんですか?」
「カオルさんが下から斬り上げてきて、私は上から斬り下げました。剣がぶつかった瞬間、小太刀をくいっと縦にして、私の斬り下げを流しながら斬り上げてきました。向かってくる斬り下げを流しながら斬り上げですよ? ぎりぎりで避けましたが、鼻が砕かれました」
こう、とマサヒデは手で動きを表す。
「ええー!? カオル、そんなすごいことしたの!?」
シズクが驚くのも無理はない。マサヒデの斬り下げを、カオルは斬り上げながら小太刀の向きを変えるだけで軽く受け流し、そのまま斬り上げたのだ。
「真剣だったら、私の鼻は真っ二つでした。
ほんの少し、カオルさんの得物が長かったら、私の顎は砕かれていました」
「はあー・・・すごい勝負だったんですね・・・」
「あの瞬間、カオルさんの強さに、私は身が震えました。怖くてじゃなくて、嬉しさとか、喜びみたいな・・・カオルさんと戦う事が嬉しくなって、身体は喜びに震えて、大声で笑ってしまいました。ふふ、鼻血をだらだら流しながらですよ? カオルさんも、驚いて私を見てましたよ」
「へえ・・・その時、変わったんだね」
「ええ。そうです」
「笑い出したのに驚いたわけではありません」
振り向くと、いつの間にかカオルが目を開けていた。
天井を見上げながら、ふう、と小さく息を吐き、
「あれは避けられない。当たる。勝った、と思いました。それで驚いたのです」
「ふふふ。カオルさんの悪い癖ですね」
「ご主人様の横を走り抜けた時、顔を見ました。
鼻血で真っ赤になって、私が横を通り過ぎるのを、ぴくりとも動かずに。
その顔を見た時、私は、まずい、これはやられると思いました」
「走り抜けた後、どうなったんですか?」
クレールが身を乗り出す。
ふ、とカオルは小さく笑う。
「真後ろから、完全な死角から、私は跳び、上から手裏剣を投げつけました。
ご主人様はゆっくり剣を上げて、手裏剣が跳ね返されました」
「それで!?」
ぐっとシズクも身を乗り出す。
「私が上から斬り下げた剣は、ご主人様がゆっくり上げた剣とぶつかって・・・」
「ぶつかって!?」「ぶつかって!?」
「その瞬間、ご主人様は剣を残したまま振り返って・・・何があったのか分かりません。地に落ちた時、私の小太刀が地を滑り、目の前にご主人様の剣先があって・・・私は負けました」
「おおー!」
「まじかよ! 見たかったあ・・・」
「ふふ、あれはいい試合でしたね」
「私には恐怖しか残っていません。ご主人様との立ち会いは、恐怖ばかりです」
「ははは! またまた。そんな事、言わないで下さいよ」
「クレール様も、シズクさんも、先程のご主人様と私との立ち会い、見てましたよね。恐ろしくなかったですか? 自分があんなことされたら・・・」
「うん」「はい」
「・・・ちょっと、皆さん、私が怖いみたいじゃないですか」
「怖いですね」「怖いよ」「怖いです」
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