勇者祭 9 火盗
牧野三河
第一章 火盗
第1話 殺し
翌朝。
マサヒデとカオルはブリ=サンクに向かう。
クレールは、ギルドに着くまでは、あの楽な旅人姿で。
馬車で着替えを運び、ギルドでドレスに着替え、肖像画を描いてもらうそうな。
迎えに行く必要はないが、帰りは馬車に乗って帰ることも出来るし・・・
ということで、何となく出てきたのだが。
「ご主人様、あれに人だかりが」
「おや、なんでしょう。物々しい」
衛兵がぐるりと囲った回りを、町人達がわやわやとざわめきながら囲んでいる。
こんな通りのど真ん中で、何かあったのか。
これでは馬車も通れまい。クレール達に報せた方が良い。
「カオルさん、先にホテルに行って、この道は通れないとお伝えに」
「は」
すいーっとカオルが人混みに消えていく。
マサヒデはざわめく町人の1人を捕まえる。
「すみません、ここで何か?」
「死人だとよ。殺しじゃねえかって」
「殺し? 勇者祭の方では?」
「いや、ただの町人だ」
「闇討ちの組の方では?」
「じゃあねえそうだ。本当にただの町人だと」
「ほう、それはちょっと、穏やかじゃありませんね」
「ああ。金貸しらしいから、恨みでも買ったんじゃねえか」
金銭の面倒事か・・・
自分には関係ないかな、と、そっと場を離れようたした時。
「失礼。トミヤス様では」
振り向くと、犬顔の魔族。
「はい。マサヒデ=トミヤスです」
「私、オリネオ奉行所同心のハチと言います。お時間はございますか」
「少しであれば・・・人を迎えに行かねばなりませんので、あまり長くは」
こくり、と同心は頷き、
「少し、あれを見て頂けませんか。
武芸達者のトミヤス様なら、何かお分かりになるかも、と」
「ううん、私で何か分かるかどうか? まあ、見るだけであれば・・・」
「助かります」
同心は大声で、
「どけ! 道を開けろ!」
と町人達をかき分け、中に入っていく。マサヒデも同心の後に続く。
衛兵と同心に囲まれた現場に入ると、老人が1人倒れている。
これが被害者か・・・血が流れていない。毒殺か。
「こちらを」
同心が、老人の側に座り込む。
マサヒデも横に並んで座り込む。
胸を抑えるように、被害者は丸まって倒れている。
大きく暴れたような感じはない。おそらく、数秒であったろう。
泡を吹いたのか、口回りが少し濡れて乾いた後。
呑んでいたのか、かすかに酒の匂いがする。
「毒ですかね。血が流れていない」
「と、思いましたがね。私らの鼻でも、何も臭わないもんで」
犬系の魔族は恐ろしく鼻が効く。
その鼻にも臭わないとは、毒ではないのか?
「ふむ・・・無臭の毒ではないのですね?」
「ええ。人族では無臭の毒でも、我らの鼻であれば」
「傷もない。毒でもない。首を締められた訳でもない・・・
となると、武芸達者の者に点穴でも突かれたのかも。
もしそうなら、かなりの腕ですね」
「点穴・・・なるほど、その線も・・・
流れちゃいませんが、ほんの少し血の臭いはします。
転んですりむいたのかと思いましたが、点穴を針みてえな物で突いた、と。
となれば、話は別ですね」
もう一度、老人を見てみる。
血も流れていない。何も物騒な所がない。
酒の匂いもする。年齢を見ても、急に倒れてもおかしくはない。
「しかし、見た目は全くおかしな所はありませんよ。
ただの心筋梗塞かもしれない。なぜ、これが殺しだと?」
「死ぬ前に、殺される、殺される、と。近くの者が聞いていました。
で、驚いて見てたら、すぐにお陀仏というわけで」
「ふうむ・・・さっき聞きましたが、この人、金貸しだそうですね?
客との金銭の問題でも?」
「それが、この金貸しの爺さん、評判の善人金貸しでしてね。
金利も安く、返す期限も客に決めさせるというやり方で。
無理矢理取り立てるような真似もせず、とても恨まれるような方じゃありません。
客にはいつも感謝されてるくらいで。
生活も、質素倹約を絵に描いたような方ですよ」
「動機も分からない、と」
「ええ」
マサヒデはハチに顔を近付ける。
ハチもそっと耳をマサヒデに向ける。
(動機については分かりませんが、殺し方については分かるかもしれません。私の知り合いに、そういった事に詳しい方がいます)
(え! トミヤス様、そういった人をお抱えで!?)
ハチと名乗った同心が、目を丸くしてマサヒデを見る。
(違いますよ。上位の冒険者のような・・・まあ、そういった組織の方です。いわゆる表に出ない、そういう仕事をされる方です)
(・・・表に出ない仕事、ですか・・・そんな方とどうやって?)
(私の試合を見てくれて、是非手合わせを、と。で、まあ知り合いに)
(へえ・・・)
(長旅で疲れて休息中だそうですから、まだこの町にいるでしょう)
(そんな物騒な方が、今この町に?)
(大丈夫ですよ。ああいった仕事は恐ろしく高額だから、町人を相手に、なんて事はありません。大きな貴族とか王族とか、ドロドロした世界のアレです)
(ドロドロした世界の・・・やなもんですね・・・)
ハチが眉をしかめる。
(とまあ、そういった道の専門家。私より詳しいと思います。多分、昼までには奉行所に連れていけると思いますが、仕事が仕事なので、その方についてはくれぐれも秘密にお願いします。私が詳しく調べたい、と言った体で)
(分かりました。お願いします)
ハチは小さく頭を下げて、立ち上がった。
「おい! 大八車を用意しろ! おめえらも散った散った!」
マサヒデも立ち上がり、群衆に紛れて去って行った。
後ろに冒険者姿のカオルが着いてくる。
「聞いてました?」
「は」
「カオルさんはどう見ます?」
「毒でないとすると、ご主人様のお見立て通り、やはり点穴か・・・
あるいはこういう仕事専用の得物もありますので、それかと」
「へえ・・・そんな物があるんですね・・・
で、カオルさん、それっぽい服、用意できますか?」
「はい。少しお時間を頂ければ」
「今朝は、訓練場に行けませんね。シズクさんに代稽古、頼んでおきましょう」
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一刻後、マサヒデとカオルは奉行所前に来た。
カオルは薄汚れた黒いフード付きのローブを着て、年老いた老人に化けている。
奉行所の門の前に立つ男に、
「すみません。私、マサヒデ=トミヤスと申します。同心のハチさんは」
あ! と門番は驚いて、
「トミヤス様・・・あなたは、あの御前試合のトミヤス様じゃないですか!?」
「ええ、ちょっと今朝の殺しの件で、ハチさんにご助力を申し出まして。
奉行所の方へ、と言われましたので」
「少々お待ち下さい!」
門番は慌てて走って行った。
「ご主人様は、もうこの町の有名人ですね」
「正直、こう顔や名が売れてしまったのは、ちょっと困り物ですよ」
「ふふふ。そんな有名人を主に出来て、私も幸せというものです」
しばらくして、ハチが出てきた。
ハチはちらりとカオルの方に目を向ける。
「や、これはトミヤス様。ご足労頂きまして」
「お忙しい中、すみません」
「さ、どうぞ」
ハチに続いて、マサヒデとカオルは中に入って行く。
奉行所の中は初めてだ。
小さな蔵がいくつも立っていて、敷地はかなり広い。
庭の向こうに白い所が見える。
「もしかして、あれがお白洲って奴ですか?」
「ええ。あそこでお奉行様が裁きを下されるって所で」
「へえ! あれがお白洲か! 初めて見られて感激ですよ!」
「ははは! お白洲を見て感激ってのも面白いですね!
あそこには座らねえようにして下さいよ! ははは!」
ふ、と後ろでカオルも笑う。
少し歩いて、3人は蔵のような建物の前に立つ。
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