2-1 泣き虫な神主 ( 2/2)
高い山に囲まれたその集落は、外から入るには道が険しい。
入口は陸路ではなく川だった。
小船に乗って港からその集落に入る。
船を付ける岸壁はきれいに掃除がされ、海藻や魚が干してある。
漁師たちが小さな小屋で火を炊いて休んでいた。
賑やかな話し声が聞こえてくるが、神主は誰にも姿を見られたくないらしく、傘を深く被って顔を隠し、漁師たちの視線を避けて歩く。
何度も洪水に見舞われているという陸地は平にならされ、集落を端から端まで見通すことができた。
今は青々とした稲が植え付けられ農民たちが畑を耕している。
菜の花や青ネギなど葉物野菜がちょうど採り頃の大きさに育っていた。
ニワトリや牛などの家畜も美味そうに餌を食べている。
紀田がその景色を指さし、隠れてばかりで見ようともしなかった神主を促した。
「もう二十年近く前だ。あんたが力を使わなくても村はここまで元に戻ったんだぜ」
「……」
神主の表情は色々な感情が入り交じって複雑だった。
木々のあいだをくぐり抜けるようにして階段があった。
この先が白焔神社があった場所だ。
神主は拳を強く握りしめ、一段一段を震えながら登っていく。
上に行くにつれ徐々に話し声が聞こえてきた。
階段を登りきった場所にある広い土地。
そこにはまだ真新しい社が立っていた。
真っ白に塗った身体に、赤い隈取りをした独特な狛犬が一対、彼らを出迎えた。
「どうして……」
神主は言葉に詰まった。
集まった氏子たちが神輿の準備をしている。
「だってもうすぐ白焔様の縁日だろう?」
と紀田が言った。
「神主のあんたが手伝わないでどうする?」
「……」
離れたところから見ていた彼らに氏子たちが気がついた。
「お、先生、また戻ってきたのか。その人は?」
神主を指さして問う。
「もしかして……神主様かい?コハクさんだろ!」
氏子は手を打って喜ぶ。
「コハクさんだ!良かった!あんたを探しに行ったんだぞ?でもどこにも見つからなかったから心配してた!神社ができたのに神主が居ないんじゃサマにならねえよ!」
「まだ御神体の復元ができてないんだ。だからコハクさんがそこにチンと座って置いてくれたら助かるよ!」
と言って、背中を押して拝殿に招き入れた。
「あっ……」
神主は目をうるませていた。
「おいまた泣いてんのか?あんた前から泣き虫だったもんな。祭りの日くらいは笑っていてくれよ?」
ぽろぽろと涙を流す若い神主。
その背を氏子たちが叩いて励ました。
三人は帰りもまた船に乗って集落から離れた。
土産にともらった握り飯や昆布、味噌などの食料をどっさり抱えて。
***
別れ際。
白焔神社の神主、コハクに『始祖の血』について知らないかと訊ねた。
「始祖の血ですか?私は聞いたことがありません」
「そうですか……」
残念そうに項垂れる葉月にコハクがさらに補足する。
「なら、代わりに話を聞かせて貰えそうな仲間を紹介します。私が元々いた集団です。彼らは山奥で生者に出会わないよう移動しながら暮らしています。だいたい鈴鹿山脈のどこかに居ますが、はっきりとは分かりません……」
最後に恥じらいながら「私は無事でやっていると伝えてください」と付け加えた。
「生き血を啜って生きる『死喰い人』なんていう呼び名のせいで気味の悪い印象を持っていましたが、コハクさんはとても心優しい人でした」
葉月がしんみりと話した。
頬はほんのり紅潮し、嬉しそうだ。
その表情はつい先日までの感情の乏しかった葉月とは随分違っていた。
息子のそんな前向きな変化に感激した彰人。
「紀田さん、情報を集めてきてくださってありがとうございました。一瞬でも紀田さんが調査をサボって費用を使い込んでいるなど…………あっ」
と言いかけて口を噤んだ。
「彰人さん、そんな風に思っていたのか」
「違います……!研究調査というのは一朝一夕で成果が出るものではありませんよね。私はそれが身に染みて分かりました!」
両手をぶんぶんふりながら、必死に自分の失言に対する言い訳をした。
「分かってくれたんならいいってことよ!今夜は俺の苦労をねぎらう宴会をしようぜ!」
紀田はがははと豪快に笑いながら、赤提灯の灯る街へ彰人と葉月を引っ張っていった。
「自分に甘すぎます……」
葉月がボソッと呟いた。
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