第二章 ~『看病と魔女』~
倒れたクロイツェンが医務室へと運ばれる。部屋の隅に設置された大型のベッドに横たわり、その周りを囲うようにメアリーたちが集まっていた。
窓から差し込む光が部屋を明るく照らしていたが、医務室の雰囲気は対照的に暗い。陰鬱とした空気の中で、メアリーが口火を切る。
「クロイツェン様はウィルス性の心臓病です。感染力は弱いので簡単には伝染らないですが、長時間一緒にいると可能性は高まります。そのため、こちらの医務室に隔離させていただきました」
メアリーの対応は迅速だった。医務室は消毒され、使用人たちにも接近しないように伝えていた。
「これから私が看病をします」
「それは駄目だ」
カインが反対するのは、メアリーの身を案じたからだ。だが彼女は首を横に振る。
「私の光魔術を使えば、完治は無理でも延命ならできます」
「だとしても君を危険に晒すわけには……」
カインにとってメアリーは誰よりも優先して守るべき対象だ。だが彼女自身は違う。
「助ける手段を持ちながら、見殺しにはできません」
「……説得は無駄かな?」
「ご察しの通りです」
幼馴染であるカインはメアリーの性格を熟知している。こういう時の彼女が絶対に折れないと知っていた。
「分かった、認めるよ。ただし僕も手伝わせて欲しい」
「それは……」
「君も僕が頑固だと知っているだろ」
「ふふ、仕方ありませんね」
カインの性格上、メアリーだけを危険に晒せるはずもなかった。言っても聞かないと知っているからこそ、彼の申し出を受ける。
「私も手伝いますわ」
続いて声を挙げたのはエリーシャだ。彼女はドレスの裾をぎゅっと掴みながら、勇気を振り絞っていた。
「あなたも感染するかもしれませんよ」
「覚悟の上ですわ。だって私の家族ですもの」
その台詞を聞いていたのか、クロイツェンは意識を朦朧とさせながらも微笑む。彼が言った通り、思慮が足りないだけで、根は悪い娘ではないのかもしれない。
「では、お二人はクロイツェン様の汗を拭ってください。私は並行して光魔術の治療を行います」
カインがお湯を用意し、エリーシャは丁寧にクロイツェンの体を温かい布で拭いていく、青白く、息を荒くするクロイツェンを健気に看病していた。
(私も負けていられませんね)
手に集めた光のエネルギーを丁寧にクロイツェンの身体へ流し込んでいく。その光は柔らかな輝きを放ち、彼を優しく包み込んだ。
(生命力さえ戻れば、きっと延命できるはずです)
クロイツェンとは少し話しただけだが、身内の不義理を恥じる優れた人間性の持ち主である。このまま死なせるには惜しい人物だ。
練り上げた魔力の光が、ウィルスによって蝕まれた彼の肉体を癒やしていく。顔色も次第に健康的になり、荒れていた息も落ち着いていった。
残りの寿命を確認してみると、三日から一週間に伸びていた。光魔術がさっそく効力を発揮したのだ。
「応急処置は成功しました。少なくともすぐに命を落とすことはないでしょう」
「――ッ……ありがとうございますわ」
家族のピンチを救われ、エリーシャは涙ながらに感謝する。
「ですが、根本的な治療ができたわけではありません」
「どうにか治せませんの?」
「いまはまだ治療薬が存在しませんから……」
王都でも猛威を振るっている難病だ。いずれは治療薬も開発されるだろうが、それがいつになるかは誰にも分からない。
「私も協力しますので、クロイツェン様を一緒に助けましょうね」
「あの……っ……」
「どうかしましたか?」
「改めて謝罪させてくださいまし。私が間違っていましたわ」
父親の危篤がエリーシャを変えたのか、この僅かな時間で彼女は人として大きな成長を遂げていた。それが分かるほどに心の込められた真摯な謝罪だった。
「失礼します、お嬢様。温かいタオルをお持ちしました」
医務室の扉が開かれ、足を踏み入れたのはエマと同僚の使用人たちだ。ウィルスの感染リスクがあると知りながらも怯える様子はない。
「どうしてエマ様がここに?」
「お嬢様たちだけに負担を強いるわけにはいきませんから……もちろん感染を広げるつもりもありません。話し合って、タオルや食事の用意で協力することにしたんです」
「皆さん……ありがとうございます……」
使用人たちの温かい優しさに感動していると、カインは何かを思い出したかのように微笑む。
「僕が子供の頃にも似たことがあったね……」
「カイン様が高熱で倒れた時ですね」
使用人に助けてもらいながら、カインを必死に看病したのだ。あの頃は今よりも魔力が少なかったため、光魔術の効力も弱く、治療に苦戦したことを覚えている。
「いま、僕の命があるのは君のおかげだ」
「カイン様は大袈裟ですね」
「少なくとも僕はあの時の恩を忘れないよ。君のためなら命だって捨てられる」
「そんなことを口にしてはいけませんよ。あなたには長生きしてもらわないと。なにせ私の大切な幼馴染なのですから」
幼馴染という言葉を受けて、カインはどこか寂しそうな横顔を浮かべる。それは長い付き合いのメアリーでさえ、見たことのない表情だった。
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