第一章 ~『最強の騎士団長と魔女』~


 団長室に戻ったメアリーたち。そこに映し出された映像では、墜落したワイバーンに騎士たちが集まり、防衛の達成を喜び合っていた。


「さすが俺の娘だ。ワイバーン千体を一掃するとはな」

「光魔術と相性が良かっただけです」


 対人戦ならレオルにはまだ敵わないと謙遜するが、彼は頬を掻く。


「少なくとも俺がメアリーと同じ年齢の頃は、ワイバーン一体すら倒せなかった。才能は間違いなく俺より上だよ」

「お父様だけでなく、お母様の血も引いているおかげですね」

「あいつも才能だったからな」


 メアリーの母は、世界に名が知れ渡るほど高名な魔術師だった。しかしある日突然、行方知れずとなってしまった。


 魔物刈りを日課にしていた人だったため、逆に襲われて命を落としたのだろうと皆は結論付けたが、レオルだけは生存を諦めていなかった。現状も捜索を続けてはいたが発見できずにいた。


「これならいつでも英雄の座を明け渡せそうだな」

「そんな称号いりませんよ」

「だがワイバーン千体を瞬殺したんだ。魔術師として評判になるのは避けられないだろ」


 国の危機を救った英雄だ。望まなくても、評判はすぐに広がる。


「レオルさん、ワイバーンを倒したのは僕ということにしてもらえませんか?」

「なにか理由があるのか?」

「実は……」


 魔女のメアリーと畏怖されていた事情などを説明し、レオルはすぐに納得する。


「強すぎるが故に人が離れていくか……分からなくはないな」

「レオルさんにも同じような経験が?」

「少なからずある。俺は畏怖も勲章の一つくらいにしか思っていなかったが、貴族の令嬢としてはマイナスに働くこともあるか……」

「なので、ワイバーンは私が倒したということにします」

「助かる。おかげでメアリーの貰い手がいなくなるのを避けられそうだ」

「そうなったら僕が貰いますから、ご安心を」


 事情が共有され、カインを英雄にすると決断したレオルは、映像出力の魔道具を拡音設定に変更する。


「音声を向こうと繋げる。カイン、任せたぞ」

「僕も一応は王子ですから。人前に出るのは慣れています。乗り切ってみせますよ」


 音声が繋がり、歓声が団長室に広がる。


『領主様、ありがとうございます』

『さすが俺らのボスだ』

『いつも助けられています』


 賞賛が一斉に送られる。彼らは皆、レオルがワイバーンを倒したのだと信じていた。


「残念ながら、今回の件に俺は貢献していない」

『ご謙遜を。レオル辺境伯以外に誰がワイバーンを倒せると?』


 騎士たちを代表して、白ひげを蓄えた老騎士が訊ねる。皆も関心のある質問だったためか、静寂が訪れる。


「俺が遠距離魔術を苦手としていることは知っているだろ」

『では誰が……』

「カイン騎士団長だ」


 その名を呼ばれ、カインが胸を張る。彼がワイバーンを倒したのだと知らされ、若い騎士たちは歓声をあげる。だが老騎士の中には疑う者もいた。


『カイン殿下が本当にワイバーンを討伐したのですか?』

「僕を疑うのかい?」

『いえ、そういうわけでは……ただカイン殿下が魔術を使うところを見たことがありませんので』

「能ある鷹は爪を隠すものさ。特に僕は他国の王子だからね」


 ワイバーン千体を駆逐する力を隠していた理由としては説得力があった。いずれ国に帰った時、彼は大きな戦力となる。その戦力を秘匿していたのだと語ると、老騎士たちは大きく頷いた。


『その隠していた力を我らのために……』

「僕はこの騎士団の団長でもあるからね。そして君たちのことは家族だと想っている。だからこそ亡国の危機を見過ごせなかったんだ」

『カイン殿下……ありがとうございますっ』


 騎士たちは感動で喉を震わせていた。一方、カインの額には汗が浮かんでおり、苦々しい表情だ。部下を騙しているようで心苦しいのだろう。


(私のために重責を背負わせるのは申し訳ないですね……)


 このままでは魔術の達人として、カインに期待する者が現れるだろう。そういった者たちを牽制するための理由が必要だった。


 メアリーは目で合図を送る。覚悟の込められた視線の意味をカインはすぐに察した。


「ただ僕がワイバーンを倒したのは事実だが、独力で果たしたものでない。メアリーが魔術でサポートしてくれたから成し遂げられたんだ」

『お嬢様が……』

「僕だけではきっと勝てなかった。だからどうか彼女にも賞賛を送ってほしい」


 カインの言葉に騎士たちは拍手を送る。これでカインに魔術師としての力を求められたとしても、あの時はメアリーの助けがあったからと言い訳ができる。


『カイン殿下、万歳! お嬢様、万歳!』


 騎士たちは両手を上げて感謝を示す。その賞賛を二人は素直に受け入れるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る