第一章 ~『贈り物の返還要求と魔女』~


 来賓用の庭園で、メアリーはエマといっしょにいつものお茶の時間を楽しんでいた。穏やかな時間を満喫する二人だが、最近の話題のほとんどが、エマの恋の行方についてだ。


「アスタと親密になれたのはお嬢様のおかげです。本当にありがとうございました」

「ふふ、あなたの恋が前進したようで何よりです」


 メアリーの作戦は上手くいった。アスタが自信を手に入れたおかげで、積極的なアプローチが繰り返されるようになったのだ。


「まだ恋人関係にはなっていないのですか?」

「まずは友人から始めることにしました」

「急がば回れといいますし、それがよいでしょうね」


 何事も焦りは禁物だ。婚約破棄されたメアリーだからこそ、恋人選びの重要性はよく理解していた。言葉にも重みがあった。


「それで、アスタ様とデートしているのですか?」

「週に一度は街に遊びに出かけていますよ。毎回、魅力的なプランを提案してくれるんです」

「ふふ、羨ましくなりますね」

「……お嬢様はデートしないのですか?」

「私には相手がいませんから」

「カイン殿下がいるではありませんか。なにか進展はありましたか?」


 エマは瞳を輝かせながら問うが、メアリーは迷うことなく、首を横にふる。


「私とカイン様は友人ですから」

「私とアスタも友人ですよ。それに友情から愛に発展することは珍しくありませんよ」

「それはそうですが……」


 メアリーの頭にはカインと恋人になった光景が浮かばない。これは婚約者であるアンドレアとの思い出が影響していた。


(今では苦い思い出ですが、嫁いだばかりの頃は、アンドレア様ともたくさんデートしましたね)


 昔のアンドレアはメアリーを街へと連れ出し、いろんな場所を案内してくれた。とにかく見栄っ張りの彼は、商店を貸し切りにして、両手で抱えきれないほどのプレゼントをしてくれたこともあった。


 貴族らしい無茶苦茶な行いだが、根底には愛情があった。それがいつからか失われてしまったのだが、その疑問に対する答えを持ち合わせてはいなかった。


(最初から私を愛していなかったのだとすると、悲しい気持ちになりますね)


 胸の奥で苦い思いが湧き上がってくるのを必死に堪え、誤魔化すようにエマに微笑みかける。


「あなたは本当に愛した人と幸せになってくださいね」

「お嬢様……」

「では私は予定があるので失礼します」


 メアリーが席を立ったのは、エマに不要な心配をさせたくなかったからだ。大人しく、自室へと戻ると、机の上に一通の手紙が置かれていた。


(もしかしてこれは……)


 手紙に押された封蝋はアイスビレッジ公爵家の家紋が押されている。差出人はアンドレア公爵その人で間違いない。


(まさか謝罪の手紙でしょうか?)


 封蝋を外して、手紙の文面に目を通していく。


『メアリー、貴様を追放してから数日が経過したな。手紙を送ったのは、伝え忘れたことがあったからだ』


 文脈から今までの感謝が伝えられるのかもしれない。そう期待して、手紙を読み進めると、書かれた内容に怒りで手が震え始めた。


『貴様が我が領地に嫁いでから、たくさんの贈り物を渡したな。そのすべてを返してもらいたのだ。待っているぞ』


 謝罪も感謝もない。ただの自分勝手な要求だった。


(さすがの私も怒りを我慢できなくなりそうです)


 破り捨てると、メアリーも一通の手紙をしたためる。ただ送付先はアンドレアではなく、彼と交流のあった貴族の一人だ。


 その文面には『今までの贈り物を返す義理はないし、すべて捨てたとアンドレアに伝えてほしい』と記してある。事情も併記しているため、アンドレアはコミュニティ内で、元婚約者に過去の贈り物の返還を請求するセコイ男だと噂が広まるだろう。


(アンドレア様は外聞を人一倍気にする人ですからね。多少の意趣返しにはなるでしょう)


 やられっぱなしを許すほど甘くはない。恥をかいたアンドレアが、顔を真っ赤にする姿を想像して溜飲を下げるのだった。

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