第一章 ~『アスタと魔女』~
夕陽が美しく輝く森の中、メアリーは一人で剣の稽古をしているアスタを発見する。
(ようやく見つけましたね)
騎士たちからアスタの訓練場所を聞き出してはいたが、森の中は方向感覚が狂いやすい。聞いていた人相そのままの人物を発見できたことに胸を撫で下ろす。
(噂以上に優しそうな人ですね)
カインのような美しさはないものの、誠実な心根が顔つきに表れていた。汗を流しながら、剣を振るう姿から真面目な性格も見て取れる。
(ですが、見つけたのはいいものの。どうやって自信をつけさせましょうか)
成功体験を与えてあげたいが、そう簡単ではない。
(強力な魔物と戦わせるのは……さすがに危険ですしね)
偶発的に襲われたならともかく、自演で魔物に襲わせるのは気が引けた。
(ですが弱い魔物では成功体験になりませんし……絶対に安全で、皆から強者だと認められている人物にワザと負けてもらえば……)
実力者として真っ先に浮かんだのは、カインとレオルだ。だが二人の能力はアスタも知っているはずである。ワザと負けたと勘付かれてしまうだろう。
(他に適任な人は……あ、私がいましたね)
魔女のメアリーと恐れられ、最強の英雄の一人娘でもある。模擬戦をして、ワザと負けてあげればきっと自信に繋がるに違いない。
確信を得たメアリーは、アスタの前に姿を現す。そして拍手を送った。
「あなたの剣技、見させていただきました。素晴らしい技巧ですね」
「メアリーさんがどうしてここに?」
「偶然、散歩していたらお見かけしまして……」
「偶然ですか……」
アスタは怪訝な表情を浮かべる。たまたま歩いていて、訪れるような場所ではないからだ。
だがエマの恋を成就させるためにやってきましたとは言えないため、メアリーは誤魔化すような笑みを浮かべることしかできなかった。
「キッカケは問題ではありません。大切なのは、あなたの剣技の素晴らしさです」
「メアリーさんは剣に興味が?」
「はい。といっても、私は魔術師ですから。競い合う相手としての興味です」
ここまで言えば伝わるだろうと思ったが、アスタはキョトンとしている。ハッキリと口にすべきだと考えを改め、言葉を続ける。
「私と、模擬戦をしてみませんか?」
「普通に嫌ですけど」
「どうしてですか!」
「俺の剣は女性に向けるものではなく、守るためにある剣だからです」
断られるとは想定していなかったため多少の戸惑いを覚えるが、すぐに気持ちを切り替える。
「これはあなたにとっても有意義な闘いですよ。なにせ私は魔女のメアリーと畏怖された女ですから。その私を倒せたなら、あなたは英雄の域に達する騎士と称されますよ」
「名誉には興味ありませんから」
「ですが……」
食い下がろうとするメアリーに嫌気がさしたのか、アスタは剣を鞘にしまうと、「失礼します」とだけ言い残して走り去る。
「さすがカイン様が認めるほどの有望株。足が早いですね」
森の奥へと消えていくアスタの背中を見つめながら、メアリーは魔力を練る。光魔術の応用で生命力を全身に漲らせ、身体能力を底上げする。
(さて、追いかけるとしましょうか)
駆け出したメアリーは足場の悪い森の中を突き進む。追いついてくる彼女に、アスタは驚愕の表情を浮かべた。
「メアリーさんは足が早いんですね」
「アスタ様もなかなかのスピードですよ」
「こう見えても俺は、騎士団の同期では一番の俊足なんですが……なんだか自信を失くしそうです」
「それは困りますね」
アスタに自信を付けさせるのが目的なのだ。奪ってしまっては本末転倒であるため、スピードを落としながらも背中を追いかけ続ける。
森の奥まで追い詰めた頃には、周りの樹木がより高く密集し、空から差し込む夕陽が弱くなっていた。アスタもそれに気づいたのか、足を止める。
「メアリーさん、ここはもう高ランク帯の魔物も出没する危険エリアです。引き返しましょう」
「仕方がありませんね……」
魔物に怯えながらでは模擬戦にも集中できないだろう。自信を付けさせるのは別の機会にするしかないと諦め、二人は元来た道を戻り始める。
「それにしても、メアリーさんに森の奥地まで追いかけられるとは思いませんでした」
「それほどあなたの才能が魅力的ということです」
「俺なんてまだまだですよ。優秀な騎士は他にもたくさんいますから……それに俺には才能がありませんから。恥ずかしい話ですが、人の三倍努力して、初めて人並みになれるんです」
卑下するような笑みを浮かべて、アスタは頭を掻く。自信のなさが言葉の節々から溢れていた。
「私は才能がないことを悪いとは思いませんよ。なにせ、私も幼い頃は無才でしたから」
「メアリーさんがですか!」
「英雄のお父様と比較されて、すべてを投げ出そうと思った日もあります。ですが、努力は私を裏切りませんでした。いつしか熟練の魔術師に匹敵する力が私のものとなっていたのです」
ただの大器晩成だったのかもしれない。しかし自分に才能がないと苦しんだ時期は確かにあったのだ。
「努力を続ければ、あなたも自分の力に誇りを抱ける日がくるはずです」
「メアリーさんにそう言われると信じたくなりますね」
それからも談笑を重ねながら、メアリーたちは森を抜ける。その頃には夜の帳が完全に落ちきっており、やってしまったと二人の表情に後悔が滲む。
「俺たち騎士団には門限があるんですが、その時刻を超えていますね」
「皆さんを心配させているかもしれませんね。急ぎましょうか」
二人は駆け足で屋敷に戻る。すると入口では、騎士たちが慌てており、中心にはカインの姿もあった。
「カイン様、遅くなりました」
「ふたりとも無事だったんだね!」
安堵しつつも、本気で心配してくれていた。そんなカインの優しさに感謝しながら、再度、頭を下げる。
「ご迷惑をおかけしました」
「俺からも謝罪させてください。これはすべて俺が森の奥まで逃げたのが原因ですから」
「アスタ様は悪くありません。追いかけたのは私ですから」
お互いに庇い合う様子を見て、カインは安心させるために優しげに微笑む。
「僕はただ心配だっただけさ。咎めるつもりはないよ」
「カイン様……」
「さて、捜索に協力してくれた使用人や騎士たちにも無事だと伝えないとね」
カインが部下に指示を送ると、その内容が伝達されていく。これで一件落着だと安堵の空気が流れる中、侍女の一人が駆け寄ってくる。
「エマが見つかりません! きっと森へ向かったんです!」
「まさか俺の訓練場ですか?」
「きっとそうだと思います」
「――――ッ……それはまずいですね……」
アスタの表情に緊張が走る。その反応にメアリーは疑問を覚えた。
「あの訓練場は比較的安全な場所では?」
「普段なら安全なエリアです。魔物は滅多に出ませんし、出たとしてもエマでも逃げ切れる雑魚ばかりです……ですがそれはあくまで昼の話。夜は俺でさえもどのような魔物がいるか想像がつかない」
魔物には夜行性も多く、昼行性より凶暴な個体が多い。もしエマがその情報を知らずに、森の中の訓練場へ向かったのなら危険な状態である。
「俺、助けに行ってきます!」
アスタはそれだけ言い残して走り出す。メアリーとカインも目を見合わせると、互いのやるべきことを理解する。
「安全のためにメアリーだけ置いていくといっても納得しないよね」
「もちろんです」
「なら僕が護衛になる。絶対に離れないでね」
「はい」
二人はアスタの背中を追いかけて駆け出した。深い闇に包まれた森の中へと足を踏み入れるのだった。
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