第32話 伝わる幸せ
「ぃえゃー、満足です! 美味しかったです!」
クレールは「ぽんぽん」と腹を叩きながら、3人でギルドを出る。
「私はこのままクレールさんを送りますが、シズクさんはどうされます?」
「うん、ちょっとね・・・」
腕を組んで、眉を寄せるシズク。らしくない。
んん? とマサヒデとクレールが顔を見合わせる。
「どうされました?」
「クレール様と手合わせして、私、本格的な魔術師に弱いって、良く分かったよ。
今までに戦った魔術師って、魔術は適当で、やっぱ得物でって相手ばっかだった。
マツさんに頼んで、少し特訓してもらおうかな・・・」
「良いことだと思います。
実は私も、あの試合の前に、マツさんに特訓してもらったんですよ。
じゃなかったら、きっとクレールさんに叩きのめされてましたね」
「マサちゃんもそうだったのか・・・」
「シズクさんは勘がすごく良いから、すぐに魔術への対応は出来るでしょう。
マツさんに鍛えてもらうのは、良い考えだと思います」
ちょいちょい、とクレールがマサヒデの袖を引っ張る。
「マサヒデ様、私もマツ様に教えを請いたいです。
私、まだまだ苦手な魔術がたくさんありますし」
「うん、クレールさんもマツさんに特訓してもらうと良いでしょう。今でも十分強いと思いますけど、その腕に磨きがかかれば、きっと大魔術師としても名を残せるはずだ」
「大魔術師! なれますかね!?」
「なれますとも。あなたと手合わせした私が言うんです。間違いなくなれます」
ぱあっと顔を輝かせるクレール。
クレールもシズクと同じように、感情の浮き沈みが大きい。
だが、良い感情の時は、本当に輝いて見える。夫の贔屓目だろうか。
「わあ! マツ様の特訓かあ・・・大魔術師! 楽しみです!」
「ふふ、あまり強く頼み込んではいけませんよ。マツさんは、頼まれると断れない方ですけど、本当は魔術師協会の仕事でお忙しいんですから」
「はい!」
「じゃあ、クレールさん、行きましょうか。あ、それとシズクさん。マツさんに特訓を頼むなら、くれぐれも程々にと。訓練場を吹き飛ばされたら大変ですから」
「え!?」
「はは。冗談ですよ。マツさんはそんな事はしません。でも、軽く山ひとつ更地に出来るような魔術師だってことは、お忘れなく。順調に行って、あまりマツさんを追い詰めたりしたら・・・万が一・・・」
マツ相手にそんな事はないだろうが、念の為。
「う・・・気を付けるよ・・・」
「ははは! では、クレールさん。行きましょうか」
「はーい!」
「行ってらっしゃーい!」
シズクがぶんぶん腕を振り、クレールも振り向いて手を振り返した。
もう、この2人は大丈夫だ。
とたた、とクレールがマサヒデの横に並ぶ。
「お、そうだ。服選びとなると、クレールさんも時間がかかるでしょう? 今晩はホテルに泊まりに?」
「うーん、そうですね。服を選んで、靴も選んで、アクセサリーも合わせて・・・結構、ドレス選びって面倒で・・・」
(あなたが多く持ちすぎなだけでは?)
と思ったが、そこは口にしないでおく。
「じゃあ、酒でも1本買って行きますか。ほら、三浦酒天はすぐそこですし。夕飯時にどうです」
「そうします!」
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徳利をぶら下げて歩いているマサヒデを見上げ、クレールはふっと思い出す。
昨日、カオルもこうして2人で歩いていたという。
新婚夫婦のように、身体をべたべたと押し付けて・・・
「むん!」
と、クレールはマサヒデの腕に跳びついた。
「お、お?」
背の低いクレールが腕に跳びついたので、マサヒデの身体が「かくん」と傾く。
「ど、どうしました!?」
驚いてクレールの顔を覗くと、じーっと赤い瞳がマサヒデを見つめる。
何か怒っているような・・・
「・・・」
「クレールさん、どうしたんです?」
「お聞きしましたよ! 昨日はカオルさんと、随分とお楽しみだったようで!」
「ああ。試合を見たり、銃を見たりしました。楽しかったですよ」
「楽しかったんですね!?」
(ははーん)
マサヒデも、少しは分かるようになってきている。やっとだが。
クレールは嫉妬しているのだ。
「はは。そういう事ですか」
跳びついたクレールを引き剥がし、マサヒデは手を差し出す。
む、とクレールは手を睨む。
「クレールさんでは、腕を組むのはきついでしょう? さあ」
「・・・」
「さあ。握って」
むむ、と不満そうな顔。
少しして、クレールはマサヒデの手をそっと握った。
「ふふ」
マサヒデはクレールの顔を見て、そっと指を絡めて握りなおす。
あ、とクレールの顔が柔らかくなり、頬が赤らんだ。
「これなら満足ですか? ホテルまでで申し訳ありませんけど」
「はい」
「さ、行きましょう」
「はい・・・」
少しだけ俯いて、少しだけ後ろで、クレールはマサヒデと手を握って歩く。
指を絡めて握った、マサヒデの手。
毎日剣を振り、皮が分厚くなって、剣ダコが出来て、ごつごつした手。
固いけど、柔らかくて温かい。
「・・・」
マツ様やカオルさんのように、腕を組むのは難しいけど、それなら、と手を差し伸べて、こうやって指を絡めて握ってくれる、優しい人。
握った手を見て、この優しい人が私の夫なんだ、と、ちょっと優越感に浸る。
腕を組めなくても、こうやって手を握ってる方が、何か伝わる気がする。
「マサヒデ様」
「はい」
「ありがとうございます」
「いいんですよ。あなたは私の妻なんですから」
(うわー!)
あなたは私の妻!
マサヒデはさらっと口に出したが、公衆の面前で、こうやって指を絡めて手を握って言われると、さすがに照れてしまう。
クレールは顔を真っ赤にし、ほんの少しだけ俯いて、ほんの少しだけ後ろを歩く。
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ブリ=サンクに着くと、受付嬢がクレールに気付き、顔を真っ赤にしているのを見て、微笑ましい顔になった。
ロビーにはクレールの執事が待っていたが、邪魔をすまいと近付かないでいる。
クレールが、マサヒデの手を「ちょ」と引っ張った。
「ん? どうしました?」
「もうちょっとだけ・・・」
顔は俯いて、小さな声。
だが、真っ赤になっているのが見える。
「じゃあ、少し庭でも回りしょうか」
「はい・・・」
マサヒデとクレールは言葉を交わさず、ゆっくりと庭を歩いた。
眺めの良い所に、ベンチが置いてある。
「歩きましたね。座りましょうか」
「はい」
2人はベンチに座り、マサヒデは徳利をことん、と静かに置いた。
手を握ったまま、無言の時間が過ぎていく。
しばらくして、クレールはそっと手をほどき、マサヒデと腕を組んだ。
「マサヒデ様」
小さな声で名を呼んで、顔をマサヒデの腕にそっと預けてみる。
細身に見えるけど、固い腕。
「幸せです」
ぽつん、と呟くように、小さく声が出た。
「私もです」
マサヒデ様も、小さな声で応えてくれた。
もうちょっとだけ。
そっと目を閉じてみる。
庭の向こう。木の枝。
色んな場所から、温かい、柔らかい、そんな感情が伝わってくる。
今、この庭中に、私とマサヒデ様の幸せが、いっぱい伝わっている。
もうちょっとだけ・・・
勇者祭 8 馬と令嬢 牧野三河 @mitukawa
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