第16話 サクマの乗馬講座・2


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※当話の馬の乗り方は、調教済の馬の乗り方です。

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 何度も乗り降りを試し、馬を代えてまた何度も行う。

 乗り降りを何度かしたら、ぽんぽん、と馬を褒めてやる。

 大体出来てきたかな、という所で、サクマが声を掛けてきた。


「さあ、そろそろ昼時です。弁当を食べましょう!」


 3人が集まって、弁当を開ける。


「うん、お二人共、流石です。もう乗り降りは大丈夫でしょう。

 あの速さで乗れるんだから、飛び乗り方は必要ありませんかね。

 しっかり馬に体重も掛かっているようで、驚きませんし」


「飛び乗り方ですか。文字通り、跳ねて上に乗るのでは?」


「いえ。飛び乗る時も、やはり馬の前から身を回転させるようにして乗る。

 この時、鞍を掴んで乗るってだけですが・・・必要なさそうですね。

 いいですか、跳ねて飛び乗るのは、絶対にだめです。

 マサヒデ殿も、いきなり上にどすんと乗られたら驚くでしょう。それと同じです。

 驚けば、立ち上がったり、跳ね飛ばされたり、いきなり駆け出したり。

 飛び乗らないといけないような時に、そんな隙が出来ては本末転倒です」


「うむ、確かにその通りです」


「・・・」


 カオルは、白百合に飛び乗った時を思い出した。

 怖ろしい速さで駆け回っていた・・・

 ああなってしまっては、確かに危険だ。


「それと、馬はああ見えて、とても頭が良い。

 良くしてくれる人の、顔や声、匂いはすぐ覚えます。

 厩舎に預けていても、たまには顔を出して、必ず見て、触ってやって下さい」


「はい」


「そうそう、馬によって、触られて嬉しい、触られて嫌だ、という所があります。

 褒めてやったり、撫でてやったりする時も、そこを見つけて注意して下さいね」



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「では、馬の動かし方です。乗って下さい」


「はい」


 2人が「しゃっ!」と乗る。


「じゃ、お二人は乗り降りも出来ませんでしたし、基本から行きます。

 常歩(なみあし)からいきますよ」


「なみあし?」


「歩かせることです」


「ああ、知ってます。こう腹を蹴る・・・」


「不正解! では、馬を挟んでいるふくらはぎを、少し強く締めてみて下さい」


「ふむ」


「で、つま先はそのまま、足首を上げる・・・」


「お」


 マサヒデが乗っている馬が歩き出す。


「おお、蹴らなくていいんですね!」


「そういう事です」


「サクマ様。白百合は動きませんが」


「もう少し強く締めてみたり、足首の上げ具合を変えてみて下さい。

 動かなかったら、もう少し・・・という感じで、少しずつ」


「むっ・・・」


 カオルはしばらく足首をくいくいやっていたが、白百合も動き出した。


「おお、サクマ様! 歩きました!」


「今の感触を忘れないようにして下さい。

 馬によって、どのくらいの強さなら合図を聞く、というのが違います。

 人が一人一人違うように、馬も一頭一頭違うのです。」


「なるほど・・・」


 少しそのまま歩かせていると、ゆっくりになって、止まってしまった。


「あれ、止まってしまいました」


「うむ、第2段階です。

 まず、命令を聞いてくれましたから、軽く褒めてやって下さい」


 ぽんぽん、と首を叩く。


「では、先程と同じように歩かせて。

 馬が前足を出した時、逆の足で同じ合図を出してみて下さい」


「ふむ・・・」


 てくてくと馬が歩き出す。

 前足の逆を締め、足首を動かす。

 しばらく歩かせても止まらない。


「おお、歩いています!」


「サクマ様! 白百合もちゃんと歩いております!」


 サクマは笑顔で頷いた。

 2人の横で歩きながら、


「よろしい。ではそのまま歩かせて、次は停止の合図ですよ」


「手綱を引く?」


「コツがありますから、そのまま聞いて下さい。

 足を緩めますが、馬の腹から離さないように。付けておくだけくらいです。

 締めたまま停止の合図を出すと、動くのか止まるのか? と、馬が混乱します。

 かかとの方に重心を預けて、ぐっと身体を起こし、後ろに重さを残すような感じ。

 手綱は上に引かず、水平に抑えるくらいの感じで。上に上げてはいけません。

 拳くらいの長さを、軽くです。強く引かなくても止まります。

 さあ、やってみて下さい」


「む」「ん」


 2人の馬が止まる。

 サクマが頷く。


「ん、よろしい。慣れてくれば、今のように身体を起こす必要もなくなります。

 慣れれば、身体も起こさず、手綱も引かず、握り方だけで止めることが出来ます。

 それだけの事で、馬はちゃんと止まってくれるのです」


「へえ・・・たったそれだけで」


「今の感覚を良く馴染ませて下さいね。

 足を締めない、重心はかかと、体重は後ろ、上に引っ張らない。

 命令を聞いてくれたら、褒めてやるのを忘れずに」


 ぽんぽん、と首の根本を軽く叩く。


「さあ、歩いて停止を少しやりましょう。お二人なら、すぐ身体に馴染むはず」


 しばらく歩いて停止を繰り返す。


「うん・・・飲み込みが早いですね・・・身体のバランスも良い。

 速歩に行きましょうか。合図は簡単ですが、身体の上下のバランスが大事です」


「早足ですか」


「速度の速いに、歩くという字で、速歩(はやあし)、と読みます。

 足をぐっと締めて下さい。馬のペースが上がります。

 歩き方が変わるので、気を付けて。少し速歩で歩いたら、一度止めて下さい」


「歩き方が変わる?」


「やってみれば、身体で分かりますよ。さあ、足を締めて!」


「む!」


「うん!」


 2人が足をぐっと締めると、馬が速歩を始める。

 上下動がすごくなる。


「お、おお?」


「うわっ?」


 上下動がすごく、2人の身体ががくんがくんと揺れる。


「よし、止めて!」


 停止の合図。少し歩いて馬が止まる。


「ふふふ、どうでした?」


「走ってる時みたいに、すごい揺れますね」


「馬は速度が上がると、歩き方が変わって、このように上下に激しく動きます。

 この時、揺れに合わせて自分の身体を上下に動かして、体勢を保つのです」


「うーむ」


「説明すると、立ちと座りを繰り返すわけですね。

 座りの時は軽く、尻が触るくらい。どすんと座ると、尻を痛めますよ。

 立つ時は、真上ではなく、腹を出すように、ほんの少し前のめりくらいです。

 真上に立つと、止める時のように、後ろに体重が行ってしまう」


「なるほど」


「常歩(なみあし)の時と同じで、合図を送ってやらないと、そのうち止まります。

 座った時に、軽く足を締めて合図を送る。軽くでいいですよ。

 強く合図しようとしたり、立った時に合図をしようとしてはいけません。

 そうすると、体勢が崩れてしまう恐れがあります。

 馬の動きに合わせて、立つ、座る、と同時に合図、そして立つ・・・

 この繰り返しです」

 

「あ! 馬に乗っている人で、ぽんぽん跳ねている感じの人を見たことが!

 そうか、これで上下動してたのか。立つ、座る、立つ、座る。そうか・・・」


「その通り。普通はみっちりやって数日はかかると思いますが・・・

 まあ、お二人共、普通じゃないですからね・・・しばらくやれば掴めましょう。

 さあ、常歩から速歩に、速歩から常歩にを繰り返してみて下さい」


「はい。やってみます」


 2人はまず常歩で少し歩き、常歩から速歩、速歩から常歩、を繰り返す。

 上下に合わせて、立つ、座る、座ったら足で合図・・・


(出来てる・・・)


 横でしばらく見ていたサクマは驚いてしまった。

 2人とも、並の感覚ではない。

 ここまで早く速歩に馴染んでしまうとは・・・天才なのか・・・?


「サクマさん! どうですか! 出来てますか!?」


「楽しいです! 白百合が歩いております! 速歩で歩いております!」


「・・・」

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