第12話 新しい馬・4


 馬の住処から少し離れ、3人は火を焚いた。

 カオルがすーと蛇の腹に小刀を入れ、皮とぺりっと剥ぐ。

 軽く塩を振り掛け、小さく切って枝に刺して火の周りに並べて立てる。


「なんか、こういうの久しぶりですね。

 あばら家とはいえ、ちゃんと屋根があったし」


「私達は、こないだ1人で野営してましたよ。ここ探した時とか」


「あ、そう言えばご主人様が行った森は、どんな所でした?」


「魔剣の調査に使えそうな所はありませんでしたけど、良い場所でしたよ。

 この山のように鬱蒼としてなくて、程よいというか。

 クレールさんやラディさんを連れて行くのには、ちょうど良い感じです。

 川には魚もたくさんいましたし、釣りに行くにもいいですね」


「へえ・・・どこです?」


 カオルがさっと地図を出す。


「ここら辺ですね」


 マサヒデが指をさす。


「ほう。今度、サクマさん達を連れて行ってきましょうか。

 木のある場所での立ち回りでも、叩き込んであげましょう」

 

「あ、でも祭の人がいますよ」


「え? いたんですか?」


「ええ」


「無事ってことは、倒しちゃったんですね」


「それが困ったことに、途中で剣を放り投げて降参だって」


「困った?」


「私を指さして、こいつトミヤスだ! なんて。

 そうしたら、みんなが降参しちゃって、勝負になりませんでしたよ。

 あの試合が、尾ひれがついて広まっちゃったんでしょうか」


「ははは!」


「結構やり手だったと思うんですよ。森の手前は何もない平原で、そこに隠れてたんです。どこに隠れてるか、全く分かりませんでしたよ」


「どうやって隠れてたんです?」


「こういうやつに、草を乗せて隠れてたんですよ。

 浅く地面を掘ってたんでしょうね。完全に地面と一体化してました。

 視線は感じるのに、どこからか分からないんですよ。

 それで、前から横から弓を射たれて」


 マサヒデが『こういうの』と、アルマダのローブを指差す。


「思い切って、屈んで前に走ったら、横から打たれた矢が背中の荷物に刺さったんです。矢の勢いで、身体が流れて、もう少しでやられる所でした」


「ほう・・・物陰がなくても、そんな隠れ方が」


「そうだ。カオルさんも、物陰がなかったらああいった隠れ方をするんですか?」


「前もって準備がしてあるなら別ですが、咄嗟には出来ない隠れ方ですね。

 急いで逃げるような時に、そんな隠れ方は出来ません。

 ううん、そうですね。やはり、待ち伏せに使うでしょうか・・・

 弓を射って場所がバレたら終わりですから、死角から毒矢か・・・

 隠れて少し近くに来るまで待って、吹き矢。やはり毒ですね。

 うん・・・そうですね・・・わざとぎりぎり見つかるようにして・・・

 手前に埋み火とかの罠を仕掛けておく、なんてのはどうでしょうか」


 忍の戦法はどれも怖ろしい。


「・・・勉強になりますね」


 くる、と枝に刺された肉を裏返す。


「そうだ、馬の名前、考えましょうよ」


「マサヒデさん、私は『ファルコン』にしますよ。昔、同じ色の名馬がいたんです。

 闘将と呼ばれた名馬。闘将ファルコンです。どうでしょう」


「闘将? どんな馬だったんです?」


「見た目はすらっとして、正に貴公子って感じだったそうです。

 ふふ、体格はこいつとは全然違いますね」


 アルマダがファルコンを見る。


「足が速くて、最初は平地競走馬として世に出ました。

 ですけど、足の骨が弱かったんですね。まだ若かったせいもあったでしょう。

 たった2戦目で骨折し、競争を棄権。しばらく休養していました。


 で、小回りがきくから、速度の乗る平地競争馬より、障害物競走馬となります。

 そこで、ファルコンは目覚めたんです。連戦連勝をおさめます。

 障害物競走を走るうち、弱かった足も鍛えられます。

 平地競争にも復帰し、怖ろしく速い馬に産まれ変わりました。

 鍛えられた身体は、細身では想像もつかない力強さで、闘技会でも活躍します。

 そして「闘将」と呼ばれるようになった、というわけです。


 ついに各国の各競技の国王杯でも、優勝を収めるほどの馬になります。

 そして、世界の名馬が集まる魔王杯でも、2度優勝しました。


 引退後も、その貴公子のような見た目で、何度もパレードの先導馬を務めました。

 今でも、名馬記念館には、ファルコンの名が刻まれている石碑が残っています」


「へえ・・・そんなにすごい馬なんですね・・・カオルさんはなんて名を?」


 カオルは小首を傾げる。


「うーん・・・黒くて大きいから・・・黒峰? いや、国宝みたいですね。

 んー・・・黒い、群れの頭・・・黒王? いや、王に荷馬車を引かせては・・・

 黒闇天・・・これは不吉すぎますね。凶馬になりそう・・・黒汐とか・・・」


「カオルさん、西日で逆光になった影の姿がすごく良かった。

 黒影なんてどうです? 黒い影、と書いて、黒影。

 こっちに向かってくる、カオルさんと馬と、それを見送る群れの馬・・・

 あれ、すごくいい感じでした。私もアルマダさんも、ぐっときました。

 忍の影じゃなくて、あの西日の逆光の姿の影。どうでしょう」


 おお、とカオルとアルマダがマサヒデを見る。


「ご主人様、すごく良いですね。黒影。それにします」


「いやあ、私が名付けちゃって、悪いですね」


「で、マサヒデさんは?」


「うん。色を見た時に決めました。花の名前を入れて」


 ぱち、と焚き火の火が跳ねる。

 まさか『黒百合』とか・・・


「・・・花、ですか?」


「ええ。マツさんも花の名前付けたじゃないですか。白百合」


「・・・」


「・・・黒百合とか、黒薔薇とかじゃないですよね?」


「ははは! そんな優雅な名前つけませんよ! 似合いませんて!

 黒嵐(こくらん)です。黒い嵐と書いてこくらん。

 蘭の花と、嵐の『らん』をかけました。いかがでしょう」


「おお」


「ご主人様、上手いですね!」


「毛がすごくつやつやしてるから、黒曜ってのも考えたんですけど。

 どうでしょうか、黒嵐と、どっちが良いですかね?」


「私は黒嵐がいいと思いますよ。荒々しい、力強い感じがして」


「私もそう思います」


「じゃあ、黒嵐にしましょう」



----------



 明朝。


 馬を引きながら、マサヒデ達は山を降りる。

 自分が歩ける、という場所ではいけない。

 この大きな馬達が通れる所。


 傾斜もあり、下は積もった葉で滑りやすい。

 もし馬が転んでは大変だ。

 滑り落ちたりしたら、せっかく捕まえた馬が大怪我をするかもしれない。


 草むらには蛇も多い。

 ネズミでも飛び出してくるかもしれない。

 驚かないよう、慎重に連れて下りる。

 1頭驚いて大声で鳴いたりしたら、3頭とも暴れ回るかもしれない。


 只でさえ下山は疲れる上に、このように神経も使うから大変だ。

 少し傾斜の緩い所で、カオルが足を止める。

 

「ご主人様、休憩を細かく取って行きましょう。

 街道に出るのは夜になりますが、我らも馬も心体が持ちません」


「そうしましょう。これは厳しいです。

 カオルさんは、よくあんな時間に下りられましたね?」


「私は夜も少し歩きましたので。

 下りている時は、馬を手に入れた喜びと興奮で、全然疲れを感じませんでした。

 街道が見えた瞬間、がくんと来ましたね。

 運良く下りられましたが、もし白百合が転んだりしていたら大変でした」


「夜も歩いたんですか?」


「馬はほとんど寝ないと聞いております」


「え、そうなんですか?」


「マサヒデさん、知らなかったんですか?

 馬は日に3、4時間しか寝ないんですよ」


 ふふん、という顔でアルマダが笑う。


「え? それだけ?」


「それも、まとめて寝るんじゃないんですよ。

 15分とか30分くらいずつ寝るんです。

 立ったまま寝てたりします。

 実はこれ、リーさんから聞いた受け売りですけど、驚いたでしょう?」


「そんな寝方してるんですか? いや、驚きましたよ・・・

 でも、身体に悪そうですね」


「きっと、臆病な生き物だからでしょうね。

 いつでも逃げられるよう、隙を少なくするよう、自然とそうなったんでしょう」


「こうやって休憩している間も寝てるんでしょうか?」


 黒嵐を見上げると、黒い目がこちらを見返す。


「目を瞑っていれば、寝てるのかもしれませんね。

 あ、そうそう、寝言らしき鳴き声も出すんですよ」


「寝言?」


「先日、私の馬が横になって寝ていましてね。

 話を聞いた後だったので、そっと近付いて、寝ている姿を見てたんですよ」


「ほう」


「走ってる夢でも見てたんでしょうね。こう、ゆっくり足を動かしていました。

 少し見てたら、ぶって感じで、小さく鳴いたんです。

 直後に、自分の声で驚いたのか、ばっと慌てて立ち上がって、私も驚きました。

 首をくるくる回して、周りを見回してましたよ。

 ふふふ、しかし、ああいう姿を見ると、愛着が湧きますよね」

 

「へえ・・・」


 マサヒデは黒嵐を見上げる。

 こいつはどんな夢を見るんだろう?

 黒嵐は黒い瞳で、マサヒデを見返している。

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