第11話 新しい馬・3


「よおし」


 2人の近くに来て、マサヒデは木に縄を縛り付けた。

 懐から角砂糖を出して、馬に与えている。


「よしよし。甘いか? ん? もう1個か? もう1個欲しいのか? 全く・・・

 うん、やっぱり干し果物より、角砂糖の方が好きみたいだ」


 すー、すー、と馬の首を撫でるマサヒデ・・・


「さ、アル・・・」


 マサヒデは2人の方を向いて、驚いてしまった。

 カオルは腕を振り上げ、何かを投げようとした形のまま。

 アルマダもカオルの肩に手を置いたまま。

 2人は目を見開いて、マサヒデを見つめている。


「・・・お二人共・・・どうしたんです?」


「・・・」


「カオルさんまで・・・あ、ちょっと、なんですか、それ?

 毒じゃないですよね、それ? ここ風下ですよ?

 しまって下さいよ。馬が驚いて逃げちゃったら、どうするんです」


「は・・・」


 恐る恐る、カオルは懐に小袋をしまう。


「さあ、捕まえて来ましたよ。次はアルマダさんですね。見定めと行きましょう」


「・・・はい・・・」


 カオルとアルマダは喉を鳴らし、マサヒデから目を逸して馬の方を向いた。

 気配を消すとか、そういうものではない。

 この男は一体何をしたんだ!?

 全然、馬が目に入らない・・・


「うーん・・・どの馬がいいだろう・・・」


 横で顎に手を当てて、馬の群れを見るマサヒデ。

 全然、普段と変わりがない。


「・・・」


「アルマダさん、あの群れ。あの足が白い、茶色のやつ」


 マサヒデが指差す。


「え、あ、ああ、あの馬」


「あの後ろ足の所、見て下さい。中々、筋肉が締まってますね。

 どうです? あれ、速そうじゃないですか?」


「そうですね・・・」


 すー、とゆっくり深呼吸。

 よし。馬を見るんだ。落ち着くんだ。

 ゆっくりと、じっと、もう一度、馬の群れを見渡す。


「!」


 1頭の馬が、手前の馬の影から、すっと出てきた。

 アルマダはその馬を見て、目を見開く。


 あの馬は! あの色は!?

 思わず声が出そうになり、ぐっと抑える。

 ぐっと目をつむり、目元を軽く抑え、もう一度見直す。

 やはり、あの色は間違いない!


「・・・いや。左の群れの、あの馬・・・暗い茶色のですね・・・

 他より少し小柄ですけど、私はあの馬の方が良いです」


「小さい暗い茶色の奴・・・あの、毛が白い馬ですか?」


「ええ。あの色は滅多に出ません。尾花栃栗毛っていう色なんです。

 非常に貴重な色です。あの馬です。もうあれしかないです。あれだけです」


「ちょっと小さく見えますが」


「他と比べてほんの少し小さいってだけです。まだ若いだけかもしれません。

 ここにいるのは、みんな大きいんですから、普通の馬よりは全然大きいですよ。

 だったら、あの馬にします。体つきも良いですし、十分耐えましょう。

 ・・・ところで、マサヒデさん」


「なんです?」


「その・・・さっき、どうやって捕まえたんですか・・・?」


 カオルもマサヒデの方を向く。


「ああ、オリネオに着く前、街道でアルマダさんと話したじゃないですか。

 覚えてますよね、馬を捕まえた話。あれです。

 口では上手く説明できませんけど、こう、外すというか、流すというか」


「すみません、よく・・・」


「うーん、上手く説明出来なくてすみません・・・

 技術的な所でなく、感覚的なものなので・・・

 まあ、アルマダさんなら、1回捕まえてみれば、これかって分かりますよ。

 馬がこっち気にしてるかな? って感じたら、外せばいいだけです」


「・・・そうですか・・・外す・・・」


 この男はどういう感覚を持っているのか?

 アルマダもカオルも、頭の中は疑問符でいっぱいだ。


「まあ、これ以上はまずいかな、と感じたら、縄を投げて飛び乗っちゃえば。

 そのくらいまでは、普通に近付いていけますし」


「そ、そうですね。私も野生馬を捕まえるのは、初めてなので・・・」


 普通に捕まえよう。

 アルマダはそう考えて、縄と角砂糖を持ち、ゆっくり、そっと歩き出した。


「じゃあ、私はこいつが暴れたら大変なので、近くにいますから」


 マサヒデは鞄からブラシを出して、先程捕まえた馬の身体を梳き出した。

 カオルはのんびりしたマサヒデをしばらく見て、緊張したアルマダに目を向けた。


「よしよし。気持ちいいか? どんな名前がいいかな?」



----------



 アルマダはゆっくり馬に近付いて行く。


「しー・・・しー・・・」


 少しずつ、少しづつ。


「よおし、よおし・・・しー、しー、しー・・・」


 あと一歩。あと一歩。じりじりと近付いて・・・


「さあ・・・」


 そっと、角砂糖を差し出す・・・

 馬は警戒している。耳が寝ている。後ろ足を沈めている。すぐに逃げられる体勢。

 黒い目が、じーっとアルマダを見ている。

 アルマダは動かず、手を伸ばしたまま。

 動かないので、少し安心したのか、馬が少しだけ警戒を解いたのが分かる。


「ほら・・・」


 ほんの少し、す、と手を差し伸ばす。

 馬がそっと、アルマダの手に顔を近付ける。

 匂いをかいで、少ししてから、ぺろ、と角砂糖を舐めた。


(やった!)


 角砂糖を口に入れ、もぐもぐやっている。

 ゆっくり近付いて、そっと手を当ててみる。

 触っても逃げない! もう私の馬だ!


「よし・・・よし・・・」


 そっと撫でてやる。

 首に縄をかけ、歩く。付いてくる!

 千頭に1頭が産まれれば運が良いと言われる、この貴重な色!

 色だけではない、このたくましい身体!

 これだけの尾花栃栗毛は、世にいまい!


(私の馬! 私の馬だ! 私が捕まえたのだ!)


 初めて捕まえた野生馬!

 それも超貴重な色!

 アルマダは叫び出したい気持ちを抑え、ゆっくり歩いて戻った。



----------



「やりました・・・私、やりましたよ・・・」


 歓喜のあまりか、小さく震えるアルマダ。

 アルマダの感情を感じているのか、後ろからアルマダの背に顔を付ける馬。


「お、アルマダさんも上手く捕まえたようですね」


「おめでとうございます」


「今、私、叫びたい気分です」


「後にして下さいよ。逃げちゃいますから。さあ、繋いで」


「ふふふ・・・ふふふ・・・」


 震える手で、木に縄を縛り付ける。


「マサヒデさん、ブラシ、貸してもらえますか」


「どうぞ」


 さー、さー、とゆっくりブラシをかける。

 美しい!

 馬は美しい生き物だと思う。

 だが、この馬はその生き物の中でも、飛び抜けて美しい・・・


「ああ・・・マサヒデさん、カオルさん、私、今すごく幸せです・・・

 これが、私の馬・・・私の馬なんだ・・・」


 ブラシをかけながら、感極まって目が潤んでしまう。


「ふふふ、その馬にもアルマダさんの気持ち、伝わってるみたいですね。

 ほら、さっきからアルマダさんに顔くっつけちゃって」


 ブラシを止め、自分に肩につけられた顔を見つめる。

 そっと首に抱きつくと、馬は小さく鳴いて、アルマダの肩に首を乗せる。


「ははは。もうベタベタじゃないですか。結婚した時のマツさんみたいだ。

 さ、アルマダさん。少し馬を見てもらえませんか。次はカオルさんです」


 なぜ? という顔で、カオルがマサヒデを見る。


「え。その馬で2頭となりますが」


「荷馬車を引く馬も必要ですよ。と言っても適当じゃいけません。

 私かカオルさんの馬がやられちゃった時、交代出来る馬じゃないと。

 良いのを見つけましょう」


「は」


 アルマダは馬から手を放し、名残惜しそうにそっと離れ、マサヒデの隣に立つ。


「カオルさんは、やっぱり黒い方が良いんですか?」


「ご主人様、それは偏見です」


「そうですよ、マサヒデさん」


 じっとりとした2人の目線が、マサヒデに絡みつく。


「いや・・・その、すみません」


「・・・」


「・・・」


 3人で馬を見渡す。


「ハワード様。あの鹿毛は」


「うん。あれですね」


 2人の目がひとつの群れに向く。

 

「どれです?」


「あの群れを見て下さい」


 アルマダが群れを指差す。


「右の、手前の方。黒っぽい、大きいのがいるでしょう。あれです」


「いかにも力強いって感じですね」


 やっぱり黒なんだ、という言葉はぐっと飲み込む・・・


「馬車馬にも良いですが、あれは大きい。乗ってるだけで周りを威嚇出来ますよ」


 アルマダは懐から角砂糖を数個取り出し、カオルに渡す。


「白百合は、無理矢理乗って大人しくさせたと聞きました。

 私がやったようにゆっくり近付いて、これを食べさせて下さい。

 大人しくなったら、もう大丈夫なはずです。

 跳び乗るのは最後の手段にしましょう。また散ってしまいます」


「ご厚意、感謝します。では」


 カオルは静かに茂みの奥に入って行った。

 このまま、この平地の外の茂みの中を、ぐるりと周って近づくのだろう。

 しばらく、カオルが入って行った方向の群れをいくつか見る。

 どの群れものんびりして、動きがない。


「おお。さすがカオルさんですね。馬から気取られていない」


「野生の馬って、ひときわ鋭敏ですよね。よく気取られませんね」


「ううむ、素晴ら・・・あれ」


 もうカオルが群れの奥の方の茂みから出てきた。


「まさか・・・あの速さで移動して、気取られていないとは・・・」


「すごいですね・・・」


 ゆっくりとカオルが馬に近付いてゆく。


「ん?」


 アルマダの時と少し違う。

 ゆっくり、なだめながら近付いて行ったはずだ。

 しかし、何もせずそのまま近付いていく。


「んん? あれ?」


「どうしました?」


「アルマダさん、ほら。カオルさん、馬、なだめてませんね?」


「あ、本当だ。大丈夫なんでしょうか? 馬にはもう見えているはずですが」


 ぴく、と馬が動きを止め、首を上げる。

 カオルも足を止める。


「んん? ここまで見つかってなかったんでしょうか?」


「いや、気配を消していたとしても、しっかり見えてはいたはずですよ?

 ほら、周りに何もないんですよ? 馬って、真後ろ以外全部見えるんです。

 何か忍の術のようなものでしょうか?」


「・・・不思議ですね・・・」


「マサヒデさんほどじゃないと思いますが」


「そうですか? 私はしっかり見つかってましたよ?」


「じゃ、なんで逃げないんです? そっちの方が不思議ですよ・・・」


 ゆっくりとカオルが馬に近付いていく。

 手を差し出す・・・


「・・・」「・・・」


 見ているマサヒデ達も緊張する。

 しばらくして、馬が、カオルの手に口を乗せた。


「やりましたね」


「ふう・・・見ているこっちも緊張しますよね」


 カオルが馬の横に立ち、ぽんぽん、と首を叩いている。

 縄を掛けて、カオルが歩いてくるが・・・

 ん? とカオルも振り向く。

 少し後ろから、群れが付いてくる。


「あ・・・どうやら、群れの頭だったようですね」


「ああ、それで付いてきちゃうんですね」


 どうしようと言った顔でカオルがこちらを見るが、アルマダは手を招く。

 しばらく歩いてくると、後続の馬が途中で止まった。

 立ち止まって、カオルの馬の方を見つめている。


「お別れ、ですね・・・」


「ええ・・・」


 西日を背に、ゆっくり歩くカオルと大きな馬。

 その姿を見送る、群れの馬達。

 マサヒデとアルマダは、カオルと馬の姿を見ながら、しんみりしてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る