ガテン系妖務員とラッキーGIRLはマンモス女子校の廊下をひた走っている

大琴 流

よく辛抱したな

 ちらちらと白雪舞う神社の境内。

 掌を合わせながらこうべを垂れ、一心に祈りを捧げる一人の乙女がいた。


 彼女の名は、羽有はあり志穂しほ。年は16。高校二年生。

 明るく長い髪をロープ編みシニヨンにまとめている彼女は、とある神社の向拝こうはいに立っている。


「……バカみたい」


 祈りを終えて我に返った彼女はマフラーの中でそう独り言ち、通学カバンを背負い直して学校指定のダッフルコートのポケットに冷えた手を突っ込み、短めのスカート丈とレッグウォーマータイプのルーズソックスに収められた足を寒気に震わせながら帰路に着く。


 曇天が覆う暗さも相まって、閑散を通り越して殺伐さすら醸し出す境内を俯きながら進む彼女は、とある逸話を鵜吞みにしてここ馬久和まくわ神社へとやってきた。

 祖母から聞かされたその内容とは『馬久和まくわ神社は魔に見初められし者を救ってくれる』というもので、都市伝説にすらなれないほどの小さく古い逸話はネットにもSNSにも転がっていない。


 放課後にこんな辺鄙なところで神頼みなんて、我ながらイマドキじゃないなぁ。

 そう心中でぼやく彼女の眼には落胆と、悲愴と、そして怯えが浮かんでいた。




『コ ニ チ ワ』




 ――志穂が声のした方向を向いた先に立っていたのは、身長250cmほどの大男だった。

 傘のごとき広つば帽子に真っ黒のささくれたロングコート、全身真っ黒でありながら白い丸目と三日月のように口角を上げた口元、そして右手には刃渡り300mm以上の錆びた中華包丁が握られている。


 万人が一目で彼の者をこう称するだろう……"人外"、と。


「ぁ、ぁ」 


 叫ぶこともできず腰を抜かした志穂は、冷たい地面にへたり込んでしまった。

 やっぱり逸話は噓だったんだ、神様なんていないんだ、もうどうすることもできないんだ……そう脳内で繰り返すだけで、抵抗も逃亡もままならなかった。


『アタマ チョーダイ クチビル チョーダイ フトモモ チョーダイ オッパイ チョーダイ オシリ チョーダイ アナモ アナモ アナナナメナメメメ』


 一言発するごとに一歩、また一歩とにじり寄ってくる人外と思しき暴漢は、志穂の眼前に立つやふわりと中華包丁、もとい殺人包丁を振り上げた。

 爆発する鼓動に、大量の発汗に、痺れる全身に、人生最大の恐怖に、志穂は明確な死を感じた。生を求める声も届かぬほどに、固く瞼を閉じてしまう。


『ミホトケノ ゴカゴガ アリマスヨウニ』


 そう言い終わるや否や人外は志穂の頭部目掛け、一気に凶刃を振り下ろした――、


「おい」


 金属が衝突する音をきっかけに志穂の閉じた瞼は開放された。

 まだわずかに残った火花の痕に飾られながら凶行を食い止めていたのは……ひとりの青年であった。


「てめえが言う、な‼」

『オッ⁉』


 青年の放った蹴りが人外の腹に突き刺さる。

 太鼓のごとき轟音から察するによほどの威力だったのか、人外は10メートルほど後退した。


「境内で殺生など論外、そんな理すら忘れたか」


 作業用のつなぎ姿で腰に巻くマルチツールバッグをかちゃりと鳴らす黒髪の青年は、片手に大きな鍬を携えて志穂の眼前に立つ。


「立てるか?」

「ぇ、あ、ぁ」

「……ここを動くな」


 志穂には自力での避難は無理と判断した青年は、ツールバッグから丸型のロープ止めを4本取り出して地面に刺し、物凄い勢いで人外へ向かって特攻した。

 青年を敵と見た人外は奇声を発しながらこれを迎え撃つ。持ち前の殺人包丁を振り下ろし、青年の頭を割らんと猛る。


!」


 難なく斬撃を躱した青年は回避運動によって生じた捻りを利用し、大鍬を振る。

 最も硬くて重い柄と刃の接合部が見事に人外の横腹にヒット。めしゃりと嫌な音を響かせながら人外は軽々と吹っ飛ばされ、彼方の手水舎に叩きつけられて水飛沫を舞わせた。


おう!」


 駿足で間を詰めた青年は、よろける人外へ向けて大鍬を振り下ろす。

 鍬本来の役割に則った放物線は人外の頭部にて弾ける……が、紙一重で人外は回避に成功。反撃に出る。


『シネ』

!」


 お返しにと奮われる首を狙った横薙ぎ一閃に対し、青年は鍬の平刃を盾に見立ててこれを防御。即座に手首を返して刃を回転させつつ鍬を振り回し、人外の得物を弾き飛ばした。


 青年の振るう大鍬は通常の鍬と違い、柄の長さがおよそ160cm、平たい金属部がおよそ60cmほどと長く出来ている。故に遠心力を効かせた打撃も振り下ろす形での斬撃も強烈で、時に盾としての防御力も発揮する。重量があって扱いにくいという難点がありそうだが、青年の有する身体能力と筋力は並ではない。

 この大鍬はさしずめ、黒鋼の処刑鎌。蟷螂の尖斧。確と剛烈な武力を発揮している。


『オトコ ジャマ オンナ クウ‼』


 丸腰で青年を殺すのは難儀だとした人外は青年を飛び越え、未だ座り込む志穂の元へ跳ぶように疾走した。


『ッ⁉』


 しかし志穂の身に凶刃が迫らんとしたその時、人外の動きは寸前でナニカに阻まれた。志穂に近づけない。

 タネは先ほど青年が刺した丸形のロープ止め(以下、丸針)にある。丸針の間にはしめ縄のように編まれた極細のワイヤーが張られており、これが魔を退ける結界として機能し、志穂を守ったのだ。――この機を青年は逃さない。


『ォヲッッ⁉』


 ぐじゃんッ、と生々しい音が境内に木霊する。

 背後より大鍬を振り下ろした青年の一撃は人外の頭頂部に突き刺さり、その重量と膂力を以て身体の半分以上を叩き潰した。


『ォ オ ォォ』


 嘆くような断末魔を残し、人外は塵となって降雪に混ざり、溶けていった。

 消滅を確認した青年はツールバッグから小瓶を取り出し、中に入っていた清酒を振り撒き、掌を合わせる。


「荒ぶる御魂に平安を……主波羅斗利しゅばらとり主波羅斗利しゅばらとり


 経を読んだ青年は志穂に歩み寄り、顔を覗き込むように跪く。


「よく辛抱したな。もう大丈夫だ」

「ぁ、ぁ、うっ、ふぅっっ、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」


 安堵の感涙をぼとぼとと落とす志穂は思わず青年の胸に顔を埋めた。

 青年は志穂に触れることもなく、黙って胸を貸し続け、ただ志穂の髪に積もる雪の粒を数えていた。

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