読み聞かせ用の物語集

泡沫 知希(うたかた ともき)

頭にはティアラが輝いていた

 リビングで少女が1人で項垂れながら、鉛筆を動かしていた。目を大きく開き、机の上にある紙に一心不乱に書き込んでいる。

 少女は紙の下までいっぱいに文字を埋め終わったら、鉛筆を投げるように置き、身体を伸ばした。腕を伸ばして終わると、机に身体を預けるように置いた。


「やっと終わった〜」


少女が力の無い声を出すと、キッチンの方にいた母親が声をかけてきた。


「ゆめ〜、宿題お疲れ様!おやつ買ってきたけど食べる?」

「うん!お母さんは、今日のおやつは何買ったの?」

「今日はチョコレートよ」

「やった!」


 ゆめと呼ばれた少女は立ち上がり、キッチンへ小走りで向かう。ゆめは母親から急いでチョコレートを受け取った。跳ねるようにソファの方へ行き、座るとポフンと聞こえてきそうなクッションに背に置いている。

 ビリビリと雑に破き、チョコレートを口にする。頬が上がり、花が咲くような笑顔になったゆめ。

 口にチョコレートを付けながら食べ終わると、チョコレートの袋をゴミ箱に投げた。ゴミ箱には入らずに、床に落ちたのを見て、足を伸ばしてもう一度ゴミ箱に入れた。それを見ていた母親は


「ゆめ、行儀が悪いよ」

「はいはい」


いい加減な返事に母親は呆れたような顔をしながら、冷蔵庫を開いた。ガサガサと聞こえてきて、


「あっ」


と小さな声を出すので、


「どうしたの?」

「カレールーを買い忘れちゃった。お母さんは今からまた買い物に行ってくるから、留守番してるのよ」

「えー、ゆめも行きたい!」

「すぐに帰ってくるから、待ってて」

「はーい、いってらっしゃい」

「行ってきます」


 母親は買い物袋を持って、リビングを出ていった。

 本当はお菓子とかを買うために着いていきたかったけど、あの感じだと買わないと思って諦めることにした。

 ゆめは1人で何をしようかと悩んでいる。宿題も全て終わらせているので、本でも読もうかと思いましたが、本を読む気にもなれない。

 テレビをつけましたが、テレビでは面白いものもやっていない。

 どうしようかなぁ、とソファに寝転がった。

 窓から入ってくる暖かな光が、ゆめを包み込む。暖かくなってきたせいか、だんだん瞼が重くなっていきます。ゆめは何をしようか考えられなくなってしまった。




 落ちるような感覚がして、目を開ける。

 見慣れた天井ではなく、そこは知らない場所であった。ソファで考えていたはずなのに、なぜかベッドの上にいたのだ。

 赤くてフワフワとした布団があり、近くにある大きな窓から陽の光が部屋を照らしている。

 周りを見渡すとベッドには、カーテンみたいなのがあり、お姫様が寝ているようなものと似ている気がした。

 どこ?という不思議な気持ちが声となっていた。ゆめは家に1人でいたはずなのに、見知らぬ部屋にいることが怖くなってくる。

 しかし、お姫様のようなベッドにワクワクな気持ちもあった。


「きれいなベッドで、フワフワだ!お姫様になったみたいだな〜」


 布団を手で押しながら、もう一度周りを見てみると、白い壁に、金色の装飾や、大きな絵も飾られています。鏡付きの机も、家では見たことないようなもので、全てがキラキラしていた。

 そして、ゆめは服が変わっていることにも気づきました。家にいた時は、Tシャツとズボンを着ていたはずです。しかし、今はなぜか桜色の可愛いワンピースでした。

イメージって言うとお姫様が寝る前につけているような服でした。スカートの下の方はひらひらとしていて、リースも付いていました。胸には小さいですが、リボンも付いていました。

 可愛いと思いますが、なぜ服も変わっているんだろう?そして、ここは本当にどこなんだろう?と不思議に思います。


「どうしよう?家にいたのに、キラキラとした部屋にいるし、服も変わっちゃったし……。うーん?どうしようかなぁ」


 口にしても何も思い浮かびません。家でやることをどうしようか悩んでいたら、いつの間にか知らない場所だった時はどうしたらいいのだろう?と考えていました。

すると、ゆめはある事に気がつきました。


 ここは夢だということに。


 なぜなら、ソファで寝転がっていると、まぶたが重くなったので、おそらく寝てしまったのではないかと考えます。

 なら夢から覚めれば、お家のソファにいるはずだ!と思い、もう1度ベッドで寝ようとしました。目を閉じて、寝ようとしていますが、眠れません。羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹と数えても眠くならないのです。

 それは、ゆめには気になることがありました。ふわふわとしたベッドはお姫様が使っているようなものに感じます。部屋を見てもキラキラしていて、ここはお城なのではないかと思いました。窓から見えた外の景色は、綺麗な薔薇が咲いていました。そこにも行ってみたいし、他の部屋がどうなっているのかが気になり始めます。寝るんじゃなくて、探索するしかない!という思いが、頭いっぱいになります。

 どうせ夢なのだから、後でお家に戻れるはずだ。と思い、ゆめはベッドから降りました。部屋にある扉の方へ一直線に向かうのでした。




 全身に力を入れて扉を押して、広い廊下がありました。大きな窓や、少し離れた所にも扉があるので、他にも部屋がありそうでした。左右どちらの方向も終わりが見えなくて、学校よりも広い感じがします。人がいる気配もなくて、寂しいなと思いますが、


「右と左どこから行こうかな?どれにしようかな、じゃあ右にしよ!」


 長く迷いたくなくて、手を交互にして、行き場所を決めた。胸がドキドキしつつ、スポットライトで照らされている廊下を歩き始めた。

 廊下はカーペットになっていて、足音がしないのが不思議でした。柔らかいが、歩きやすいので、雲の上を歩いたらこんな感じだろうかと思います。

 ホコリ1つも無く、装飾品なども汚れが見当たりません。ランプも一定の間隔で置かれていて、夜になるとどうなるのかなと気になります。いつもよりは歩幅が小さいですが、たくさんの発見があります。廊下を進めば、壺やお花が飾られていたり、馬の彫刻だったり、絵画も飾られています。

 特にティアラを頭に載せた金髪の美しい女性と男性の絵を見た時に


「きれいだな〜。ティアラも可愛いし、ドレスも可愛い!」


 他にも絵画がありましたが、人物がいたのはこれが初めてでした。ゆめはこの絵を見て確信しました。やっぱりここはお城だろうと。こんなに長く廊下を歩き、たくさんの装飾品があるのは、お城じゃなきゃ無理だろうと考えました。

 しかしまた疑問が生まれます。なんで夢なのに疲れているのだろう?お城になんて行ったことがないのに、どうして探索できているの?と。もしかして夢じゃないの?と頭に過ぎった時に


「こちらにいたのですか」

「!?」


 後ろを振り向くと執事の服を着た男性がいた。心臓が飛び出すのではないかと思うくらい驚いて、体もビクッと動いてしまう。執事らしき人はゆめに近づいてきて、目線を合わせるように跪く。


「目が覚めたのなら、ベルを鳴らしてください。私たちが心配になります。国王様や王妃様、お兄様やお姉様方も心配しますから。あなたはこの国の大切な末の王女様の自覚を持ってくださいね」

「……」

「どうかしましたか?いつもなっ、ああ!どこに行くのですか!?」


 ゆめは走り出した。なぜかゆめのことを知っているような口ぶりで、お姫様だと言っていた。訳が分からなくて、怖くなって逃げてしまった。

 後ろからは、先ほどの男性が追いかけて来た。今よりももっと足を大きく踏み出して、曲がり角を左に行く。

 曲がれば似たような景色だったが、近くには扉があったので、そこに入ることにした。音が鳴らないようにしつつ、身を隠すために急いで扉を閉めた。

 ゆめはベットもあるが、たくさんのドレスやネックレスなどがある部屋でありました。カラフルなドレスに目を奪われていたが、声が聞こえてきた。ゆめは意識が扉に向かう。男性がこの部屋に入ってきて、見つかる可能性もあるのではないかと思いました。扉の近くから離れて、ハンガーにかかっているドレスの間に身体を埋もれるようにした。息を殺すように、手も足もくっつけるような姿勢にした。

 声が扉の前から聞こえてきたが、部屋の扉が開くことは無かった。すぐに声も遠ざかっていく。確認しようと思ったが、それで気づかれてしまう可能性も浮かんだ。しばらくはドレスの掴んで、見つからないように身体を隠していた。

 だんだん苦しくなってきて、手を大きく広げてドレスから出ることにした。緊張していたせいか、大きく息を吸い、吐き出した。外に声がもれない大きさで


「どこへ行こうかな。さっきの人に気づかれないように」


 地面に向いていた視線を上げて扉の方を確認しようとしたら、目の前には先ほど絵画で見た人に似ている人が立っていた。そっくりだなと思った後に、この部屋に人がいた事実に気がついて


「えっ!?」


 先ほどいた場所になんとなく戻ってしまう。意味が無いとは分かっているが、何も言わずに相手がどう動くか待つことにした。隠れていると


「何しているの?」

「うーんと…、かくれんぼしてるの」

「そうなんだ。なら、見つからない場所に連れて行ってあげよう」


 笑顔を浮かべて、ゆめに手を差し出していた。現実では見たことがない王子様みたいな動きに、困惑していると


「大丈夫だよ。絶対に見つからないから」

「…おねがいします」


 しゃがんで目を合わせてくるのに優しさも感じましたが、気まずさも感じていて、丁寧な言葉になっていたのでした。恐る恐る手を重ねたので、彼はクスクス笑いながら


「食べる訳じゃないから安心してよ」

「分かってますよ!」

「じゃあ、こっちだよ」


 彼はゆめが立ち上がると、手を優しく引いて歩き始めた。それも扉ではなく、窓の方であったので


「あっちじゃないの?」

「こっちに隠し通路があるんだ」

「そうなんだ」

「信じてないでしょ?」

「うん」

「まぁ見ててね」


彼が壁に手を当てると、変哲もない壁に扉が現れた。音もしなかったのでびっくりしていると


「驚かせてごめんね」

「だいじょうぶだよ!まほうみたい!」

「魔法を知らないのか?」

「本のはなしの中だけでしょ?」

「…そうだね。足元が危ないから僕が抱っこするね」


軽々とお姫様抱っこをして、扉を開けた。急な出来事にまたしてもびっくりしたが


「歩けるよ!それに重たいからだめ!」


恥ずかしさが襲ってきて、どうにか降りようとした。しかし彼は手慣れたように


「危ないから大人しくしてて。さぁ行こうか」

「…うん」


彼の優しさからの行動であるために、断ることが出来なかった。視線を泳がせながら、彼の温もりを感じていた。

暗い道を彼が少し歩けば、また扉のようなものが見えた。ドアノブが無いので、扉なのか分からなかったが、自動扉のように開き、部屋が現れる。この光景に目を見開き、彼を見た。彼は笑顔を無くしており、


「いつも見てるのに、初めて見た反応をしているのかな?」

「だって、初めてだから!」

「やっぱり君は…そうか」


彼は私を見て、眉を下げて困った顔をしている。部屋に入れば、壁が現れて密室に変化した。彼は私をベッドに座らせて、頭を抱えている。

無言が耐えられなかったので、


「なにがそうなの?」

「君は僕のことを知ってるかい?」

「知らないよ。それにここも知らないの。どうやったらお家に帰れるの?」

「…知らない場所で驚いただろうね」

「うん。でもね、お姫様みたいな服が着れてうれしいよ!」


申し訳なさそうな顔をしていて、なんとかしたくなった。ここに来ての感想を伝えると、


「慰められちゃったね。まぁでも任せて。君をちゃんとお家に帰すから」

「本当?」

「うん。僕の魔法で家に帰せるから信じてくれるかい?」

「信じるよ。どうしたらいいの?」


手を強く握り、真剣な顔をしている彼を真っ直ぐ見つめた。この目は信じて良いと思ったから。素直に信じることにした。彼は深呼吸をして


「このベッドで寝るだけで帰れるよ」

「それだけで?」

「うん」

「聞きたいことはたくさんあるだろうけど、もう時間が無いから」

「…分かった」


すぐにベッドに入ると、彼は小さく口を動かした。ベッドのそばで膝をついて、頭を撫でながら


「ありがとう。信じてくれて」

「うん。信じても大丈夫かなって思ったから」

「本当にありがとう」


彼は頭を下げて、そして、日本語ではない言葉で歌い始めた。

程よい大きさで、眠りを誘うような声だった。瞼がすぐに重たくなってきて、このままもう出会えないような気がして


「ありがとう」


と呟くと、ほっと息を吐き、優しい表情をした彼を捉えたのを最後に、意識は暗闇へ沈んでいった。






「ゆめ!」


大きな声と、体を軽く揺さぶられて目を開く。すると、母親がいた。


「もどってきたの?」

「遅くなったね。ただいま、ゆめ」

「おかえりなさい」


周りを見渡せば、元の場所へ戻ってきていたらしい。窓の外はオレンジに染まり始めていた。母親は


「先にお風呂入ってね、まだ夕ご飯の準備に時間がかかるから」

「わかった!」


立ち上がって、キッチンの方へ向かう。ゆめは服がドレスじゃなくなっていることを確認して、夢だったのだと確信をしていた。不思議な夢だったなと思いながら、お風呂場に向かっていた。

 洗面台で鏡の自分を見ると、頭には輝いたティアラがあった。手を伸ばしても有るわけではないのだが、鏡の自分はティアラが存在したままであったのだ。


 不思議な出来事に首を傾げつつも、ゆめはそのままこのことを忘れて日常を過ごしていくのであった。

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