2月14日

 「あした、会社にいますか?」


 これは会社の後輩から、きのうの夕方に来たチャット。一瞬、もしかしてと思ったが、無意識にそれを打ち消す。仕事の用事に決まっている。


 「例の案件について、相談したくて」


 やっぱりね。知ってるんだ。バレンタインデーなんて、もう何年も縁がないからね、そんなことがあるわけがないんだ。


 明けて本日。もしかしてなんていう気持ちを頭の片隅へ追いやって、大井町線に飛び乗る。少し古い電車の走行音で、心を落ち着かせる。


 先輩との打ち合わせの時間、先輩が少しにやっとしながら部屋に入ってくる。頭にはてなを浮かべていると、「バレンタインデーだからね」と、ちょっとしたチョコレートをもらった。柄にもなく少し喜んでしまった。でも、もう少しリアクションをしてよろこんだらよかったな、と後で思った。感情が薄い人間なので、それなりのリアクションができないのが、ちょっとした悩み。


 チョコレートには「いつもありがとね」という文字とともに、かわいいイラストが添えてあった。「きょうがバレンタインデーってこと忘れててさ」というわりには割と周到な準備具合なので、たぶん照れ隠しなんだと思う。いい先輩を持てて、うれしい限り。ホワイトデーのお返し、考えとかないとな。


 19時を過ぎてもまだオフィスにいた。年度末で営業部隊は出払っていて、もともとがらんどうだが、定時を過ぎて1時間半も経つと、さすがに人はほとんどいない。近くの人に飲みにでも行くかと言ってやんわりと断られ、ひとりで会社を出る。いつも歩行者天国と化している駅までの道は、飲み屋の客引きの男とカップルしか、目に入らなかった。いつもと変わらない風景のはずなのに、きょうはなんだか違う光景に見える気がした。


 近所のスーパーで2割引の助六と総菜を買って、家で食べる。この瞬間が、自分の中で「なにやってんだろ」と一番強く感じる瞬間かもしれない。


 「岬めぐり」を聴きながらお風呂の蛇口をひねる。「ふろ自動」なんていうハイソな機能はついていないので、いつもどおり7分のタイマーをセットする。電子音が鳴り響き、お風呂に向かうと、そこには空っぽの湯舟。栓を閉め忘れていたらしい。


 なんだかなあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る