第56話 学友を知る
階段を上り終えて廊下を進む。
突き当たりへ行き着くと、教室の扉上部にあるプレートが二人の目に入った。
黒下地に金字で「特待生室」と表記されたそれは、見た目から他とは事なる雰囲気が放たれているものと錯覚させられる。
「まるで隔離だね」
「なんか……嫌な感じ」
揃って同意見であることを確認しながらも、ここで引き返すわけにもいかず、シアナがドアに手をかけて横に引く。
シアナは極力音を立てないようゆっくりと開けたつもりだった。
しかし元々室内が静かであったため、その僅かな物音でも視線を集める結果となる。
「……っど、どうも」
嘆息しながら教室へ入ったシアナは、教室内部へ視線を巡らせる。
観測者が中心となっているためか、教室の造りや内装は前世のそれとよく似ていた。
木製の机が並べられ、二人が入室したのと反対側の壁には黒板が取り付けられ、その前には教壇と教卓が存在する。
机は20個ほど並んでいるが、現在埋まっているのは半分にも満たない5。
「なんだか落ち着くね」
「私も」
またしても同意見を口にしながら、今度はシアナ達に注目されている視線の主を見る。
最前列窓側の席に位置取り、複数冊の本を広げて読み比べていると思われる痩せ型で浅黒い肌の少年。
それはシアナとリッサの編入試験でレオと組んでいた、ヨシカという男子学生だった。
ヨシカは何やら言いたげな表情で口を開閉させていたが、最終的に何も言わないまま本へ視線を戻した。
「好印象、とはいかないみたいね……まぁしょうがないか」
呟きながらシアナはヨシカの後ろへ視線をスライドさせる。
その列の中央の席に座り、シアナ達へ優雅に手を振っているのは、先日学生会室で出会ったクラウディーヌ。
そして彼女を挟むようにライナーとローザが左右に陣取っている。
自然体で振る舞いながらも警戒アンテナが立っている様子を見たシアナはまるで番犬のようだと考えたが、猫耳相手に犬の例えは失礼かと口にするのを思い止まった。
シアナ達の近くの席に革製の鞄が置かれていたが、席の主が不在のためクラウディーヌの前へ回り込む。
ライナーとローザが立ち上がり阻止しようとするも、クラウディーヌが手で制した。
「こんにちは、クラウディーヌ様。
先日は十分な挨拶もできずに失礼いたしました」
「そんなことはお気になさらず。
それよりも、これからは同じ特待生なのですから”様”など堅苦しい敬称は不要です。
気軽にクラウと呼んでください。
わたくし自身あまり仰々しいものは苦手なので、そうしてくれると助かります」
「わかりました。
よろしくおねがいします、クラウ……ディーヌ先輩、ライナー先輩、ローザ先輩」
希望に沿って愛称で呼ぼうとした直前にシアナはそれを中断し、敬称変更にとどめた。
理由として、ライナーとローザの眉が急激な傾斜を描いたことがあるが、シアナ自身いきなり愛称呼びは不敬が過ぎるかと反省する。
「よろしくお願いします、クラウディーヌ先輩、ライナー先輩、ローザ先輩」
「……気が向いたらいつでもクラウと呼んでくれて構いませんからね」
続いてリッサも同様に挨拶する。
残念そうな表情を見せながらも、クラウディーヌは呼び方を強制しなかった。
立場上こういった展開は珍しくないのだろうとシアナが考察していると、クラウディーヌが話題転換を図った。
「そういえば、あなた達は非情に優秀だそうですね」
「いえ、私はまだまだですよ」
「ワタシも。目標には遠いです」
「そうなのですか?
噂では試験の模擬戦で上級生相手に勝利したとされていますが」
「違う!」
堪えかねないというように、ヨシカがクラウディーヌの話を大声で遮った。
ヨシカは席を立った勢いのままズカズカと歩みを進めると、クラウディーヌの机に両の拳を叩きつける。
「負けたのは僕だけで、先輩は二人に勝った!
変に誇張した噂で先輩の顔に泥を塗るのはやめてくれ!」
ヨシカの感情は本物だった。
しかしクラウディーヌは表情ひとつ変えないままに確認する。
「では、あなたが負けたというのは事実なのですね?」
「あぁ……情けない話だが、何故負けたのかも正直よく分かっていない」
「シアナ、あなたはどうやってヨシカさんに勝ったのですか?」
クラウディーヌの素朴な疑問に、シアナは苦笑いを浮かべる。
ここで
しかしそれはシアナの数少ない手の内を晒すこととなり、同じ学院の学生ということを考慮しても彼女にとってあまり利とはなりえない。
「教えてあげても良いのではないでしょうか。
減るものでもないでしょう?」
シアナに焦らすような意図はない。
しかしその沈黙を否定と解釈したのか、クラウディーヌが回答を促す。
「いや、それには及ばない。忘れてくれ」
シアナの予想と異なり、クラウディーヌの提案を却下したのはヨシカだった。
それを聞いたクラウディーヌは、理解できないとばかりにヨシカを見る。
「どうしてですか?
理由を知らなければ、今後また勝負する機会があっても負けることになりますよ」
悪意なきクラウディーヌの追撃を止めたのは、またしてもシアナの予想とは異なっていた。
「クラウディーヌ様、魔術師が使用した魔術を明かすというのは、単に使える魔術を1つ教える以上の意味を持つのです」
「……続けて」
「相手が理解できていないということは、それは既存の魔術ではありません。
手札の数が戦績に繋がりやすい魔術師にとって、それを隠せるか否かは生命線なのです」
ローザの説明を受けたクラウディーヌは引き下がり、シアナに詫びる。
「知らずに禁を犯してしまうところでした。
申し訳ごさいません」
「いえ、すぐに説明しなかった私も悪いので」
二人が互いに謝ったところで、シアナは教室のドアから男子学生が入ってくるのを視界に捉えた。
クラウディーヌとヨシカに断りを入れ、その男子学生の席へ歩み寄る。
「初めまして。
今日から入学したシアナ・ウォーベルです。
これからよろしくお願いします」
「リッサ・ウォーベルです」
「ウォーベル……?」
二人の姓を聞いて顔を上げた男子学生と目が合う。
決して不快ではないものの、なんとなく陰気なものを感じる視線にシアナは"合わない"と、直感的にそう感じた。
「今ウォーベルと言ったか?
ペトラ会長とはどういう関係だ?」
目にかかる程度の茶髪にダークブラウンの瞳。
顔立ちは整っているものの主張控えめ。
身長は170センチ前後だが、身体の線が細いためより高く見える。
「ペトラは私の姉です。
そしてこちらのリッサは従姉ですね」
「従姉妹?」
「はい」
「……そうか。妹に、従姉妹か……まぁ、家庭の事情にまでは興味ない」
男子学生は数秒ほど訝しんでシアナとリッサの容姿を交互に見ていたが、やがてため息とともに質問を続けた。
「だが、今まで妹がいるなどという話は聞いたことがなかったぞ。
見たところ歳が離れているわけでもないだろうに、今まで何をしていたんだ?」
「最近まで外国で暮らしていまして、そちらでは学院に通っていなかったので、今回の帰国をきっかけに通うことになりました。
あの……先輩のお名前を伺ってもいいでしょうか?」
シアナの質問に男子学生は信じられないといった顔を見せたが、文句を口にはせずに答えた。
「……ラルド・アーズトだ。3年生」
「これからよろしくお願いします、ラルド先輩」
最後にラルドへ一礼し、シアナとリッサは前列2列目、廊下側の席に並んで腰を下ろした。
この短時間で溜まった精神的疲労を抜くように深く息を吐き出す。
そのまま待機すること数分後、教師と思しき男性がやって来て朝礼を行った。
新入生であるシアナとリッサの紹介に続いて点呼、簡単な連絡事項の確認を経て解散となったが、シアナは教師が点呼の際に呟いた一言が引っ掛かっていた。
「シアナ、どうかしましたか?」
「あ、クラウディーヌ先輩……先生が言っていた"あの二人"とは誰のことかご存じですか?」
「"あの二人"……あぁ、あの方々のことですね」
クラウディーヌは少し考えていたが、胸の前で手を打ち合わせて思い出した。
「それはヴィドさん、ヴィダさんというわたくし達の先輩にあたる方々です」
「特待生は月1回の朝礼出席が義務付けられていると姉様から聞きましたが……」
「わたくしも詳しい事情は存じませんが、お二方はそれも免除されている特別な特待生のようですよ。
わたくしが学院に来た年からずっと8年生をされていますが、未だにきちんとお会いしたことはありませんね……」
少ない情報からシアナが想像したのは仮面を着けた双子の姿。
影から物事に干渉するような、暗躍タイプの不思議キャラを連想する。
月1回の義務出席すらも免除という特例が認められていることから、後でカミナシに訊いてみようと留意する。
この日授業はなく、構内の施設を改めて見て回り学院生活1日目は終了した。
—備忘録 追記項目—
・特待生制度
主に外部から学院に招き入れる場合に広告塔として利用する事を条件に、一般生徒よりも優遇された措置を設ける制度。
授業出席の免除、一般開放されていない施設の利用許可、観測者への自由謁見等の特権が与えられる。
規則違反を起こした際の罰則は一般生徒よりも厳しいものとなる。
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