転生備忘録—異世界では知り尽くすまで死ねません—
郷音
プロローグ
プロローグ
「あっちで楽しい事してるからキミも来ない?」
「絶対楽しいからさ、ねっ」
夏の日差しが降り注ぐ郊外のとある海水浴場。
その砂浜の一角でビーチチェアに腰掛けた少女が3人の男達に囲まれていた。
熱心に勧誘を続ける男達に対し、少女は開いた本から視線を離さずに淡々と返答する。
「興味ないです」
突き放すような、取り付く島もない態度。
しかし、そんな素っ気ない対応をとられても、男達の顔には笑顔が浮かんでいた。
まるで少女との会話を続けるのが目的とでも言うかのようように。
「君一人でしょ?せっかくの海なのにこんなとこでボーっとしてちゃ勿体ないよ」
「そうそう、せっかくだしイイ思い出作んない?」
「家族が昼食を買いに行っている間の留守番なのでここにいます」
隣に広げられているレジャーシートと荷物を一瞥しながら少女が拒絶する。
返答を聞かずに会話は終了と言わんばかりに背もたれへ体を預け、開いたページで視界から男達の顔をシャットアウトした。
「なんでぇ、感じ悪い女」
捨て台詞の後に一人分の足音が遠ざかっていく。
勝手極まりない物言いであったが、それでもなお二人の男達が残り固執する理由に心当たりがある少女はひとりごつ。
「どう取り繕ってもただのナンパでしょうが」
はっきりとした目鼻立ちに、彫りが深めながらも小さくまとまった顔立ち。
手入れが行き届き腰まで伸ばされた艶のある黒髪。
健康的な白さが目に眩しい白魚のような肌には染みひとつ無く、すらりと伸びた細い手足は年相応ながら確かな色気を醸し出している。
華奢で小柄な体躯は男性の庇護欲を掻き立てさせる印象を与え、10人に訊けば9人は美少女と認める容姿を彼女は有していた。
「連れが悪かったね。でも、君も悪いんだよ?
こっちは親切で誘ってあげてるのにあんな態度とってさ。
あいつも結構傷付きやすい奴だから、今頃落ち込んでるんじゃないかな」
「今なら俺らが仲裁してやるから、謝りに行こうぜ」
まるで台本のような会話の流れに処女は本の下でため息をつく。
「はぁ……そうそいう手口ですか」
「ん?何の事かな?」
まるではぐらかす気を感じさせない白々しい言い方に少女はカチンときた。
「一人が退いたと思わせたところで相手の罪悪感につけ込んで当初の目的地に連れて行くんでしょう。狡いやり方ですよ」
本の縁から男達を睨みを利かせながら少女は言うが、男達は言い当てられて起こるどころか、むしろ再び笑顔を浮かべた。
しかしそれは先程までとは違い、見た瞬間少女の背筋を悪寒が走り抜けた。
「……なんで笑ってるんですか」
「いや~、久しぶりにちゃんとした頭の子だから嬉しくてさ。
最近ちょっと声掛ければ付いてくるような頭空っぽのバカ女ばっかで退屈だったんだよね。
その点君は楽しめそうで良いね」
「何を——」
声を遮るように男の1人が少女の腕を掴んだ。
「いいからさっさと来いよ」
「……っ!」
少女の眉根に嫌悪の皺が寄せられる。
男が腕を掴む力の強さと下卑た笑顔の不気味さに、少女は本能的な恐怖を覚えていた。
「放してください」
「俺達と一緒に来るなら放してやってもいいぜ」
「なんでそんなに断るの?こっちに来た方が本なんか読むよりよっぽど有意義でしょ」
男の最後の一言で面倒くさげに半分閉じられようとしていた少女の目が据わった。
空気が変わったのを感じた男達が思わず1歩後ずさろうとし、寸前で思い止まる。
少女はビーチチェアから立ち上がると、捻るように掴まれている腕を振り払い口を開いた。
「今さっき声をかけられただけで何も知らない相手について行くのが、どうして読書よりも有意義だと言えるんですか?
本には無限の世界が広がり、それらを紡ぐ言葉を読み解くことで様々な種類・様式の情報を得られます。その中には口伝では伝わりきらないものも多く、複数回読むことで新たな意味や解釈を見出せるものも存在します。
参考書はもとより、論文、小説、漫画、雑誌、詩集、文集、辞典、資料集、経典etc....。今この瞬間にも世界に本は生まれ、選択できる世界は無限に増え続けています。そんな中から選択し、無駄することなく自分の知識に昇華できた瞬間こそ人生の意義を見出せる瞬間でしょう。
それに対し何があるのかも分からない、実りも見込めない、知り合いでもない相手からの誘いに乗るようなギャンブルに興じる気はありません。
そもそも家族を待っているから行けないって言いましたよね!」
少女が息もつかせず一気に捲し立てている間、男達はただ立っていた。
反論も忘れたように呆けた表情に少女はふんと笑い、その場を離れようとしたところで左肩を掴まれる。
「黙って聞いていれば意味の分からない事をペラペラと……」
「ちょっと顔がいいからって調子乗り過ぎだろ。おい、こっち向けよ」
そこで我慢の限界を迎えた少女は、肩を引かれるのに合わせて勢いのままに右足を蹴り上げた。
本気で攻撃する意思はなく、フリで相手が怯んで手を放せば儲けもの程度の考えであった 。
「おぶっ……」
グニュリと足に伝わる不快な柔らかさ。次いで悶えながら蹲る男。
咄嗟に足を引き戻した少女は状況を確認しないまま踵を返して走り出した。
「待て!」
背中に飛ぶ怒号に振り返らず本能的に足を動かし続けた。
しかし、普段走る機会のない砂浜に足を取られて思うように進めない。
加えて幾ばくもしないうちに急激に呼吸が苦しくなり、地面が砂からコンクリートに変化したあたりで限界を迎え、足が止まった。
「はぁ……っはぁ……っ!」
両手をつくことで倒れ込む上半身をなんとか支え、懸命に肺へ酸素を取り込もうと呼吸を繰り返す。
心臓が早鐘を打ち、乱打する心音が身体中に響く中、背後から地面を踏みしめる音が聞こえ、少女はその方向へ目を向けた。
「なんだ、案外すぐ捕まったな」
軽い口調でそう言う男。
後方にはもう1人の男が足を内股気味に引きずりながら近付いて来ているのが見える。
呼吸が少し早くなっている男に対し、息も絶え絶えといった風体の少女を見て男は見下すように口端を歪めた笑みを浮かべた。
「ちょっと走っただけでもうバテてんのかよ。ダッセェなぁ……本ばっか読んで運動しないからそうなるんだよ」
「うっさい……これは……生まれつきよ……!」
通常、身体の成長は身長や体重に伴い臓器もそれに見合った大きさへ変化していくのが一般的である。
しかし少女の心臓は身体に対してかなり小さいサイズで成長が止まっていた。
それにより、運動量に十分な量の酸素を送り出すには力不足となり、万全の状態で運動できるのは数分間が限度であった。
「生まれつき体力ないんだったらなおさら運動しろっつーの」
しかしそれを知る由もない男は無神経な言葉を選び、侮蔑するような視線を向ける。
「とりあえず来いよ。たっぷり遊んでやるからよ」
男はそう言いながら少女の腕を掴んで立ち上がらせようと引き上げる。
肌の接した面から全身に言い知れぬ嫌悪感が走り抜けるのを少女は自覚した。
「嫌っ……放……してっ!」
少女は残っていた力で身をよじり腕を引き、拘束から逃れようとした。
すると、走ってかいた汗で滑り、予想に反して腕はするりと抜けた。
「えっ……?」
解放を望んでいたとはいえ相手は男性。
力の差は歴然であり、逃れられないだろうと高を括っていた少女は勢いを殺すことも敵わず、慣性の法則に従い後方にたたらを踏もうとした。
しかし、反射で後ろに出した足の下に踏みしめるべき地面は無かった。
少女がその事実を脳内で処理し終える前に身体が後方に引かれ、重力によって落下を始める。
「お、おい!」
狼狽する男の声に次いで背中から胸へ突き抜ける衝撃。
肺の中の空気を強制排出させられ、息を吸い直す間もなく頭から落水する。
「——っ!?!」
反射的に酸素を求めて息を吸おうとしてしまい、肺の中に容赦なく大量の海水が流れ込む。
しまったと後悔するも後の祭り。肺から気道までが海水で満たされた瞬間急激に意識が遠のき、抵抗の術もなくそのまま視界が暗転した。
———
どのくらい時間が経ったのか、少女は意識を取り戻す。
ぼやけながらも映る木目調の壁と四角い空間から室内であると予測。
「……っ!?」
とりあえず呼吸をと思ったところで耳と鼻、口に水が入っていることに気付く。
不思議と息苦しさは感じないが、体内に異物があるという事実に言い知れない不快感を覚える。
しかし、吐き出そうとするも上手くいかず、両手をいくら動かそうとも顔に届かないもどかしさが少女の焦燥感を高めていた。
「……っぁ!」
パニックでもがいていると、横から伸びてきた柔らかな指が顔に触れ、布のようなものでそれぞれの穴から水を吸い出した。
パニックが治まり、開けた視界に映るは茶髪と金髪の若い男女。
西洋寄りの彫りの深い顔立ちは見慣れないものだったが、間違いなく美男美女と呼んで差し支えない容姿をしている。
「~、~~~」
「~~、~~~~、~~」
耳に届く言葉は少女が聞き覚えのない言語。
意味は理解できないが、柔らかく微笑んだ二人の表情から悪いニュアンスの言葉ではないことを感じ取る。
「~~~~、~~~」
横から女性の声が聞こえ、視線をそちらに向けると、もう1人金髪の女性が立っていることに気付いた。
こちらも日本人には見えない端正な顔立ちをしていたが、少女の視線は顔ではなく、その女性の髪から覗いている長く尖った耳に釘付けにされた。
「……え?」
思わず漏れた驚きの声が自分のものとは異なり、少女は再度驚く。
「ぇ……ぁ……」
確認のため発音した声もやはり自分のそれとは異なり、まるで小さい子供のよう——と考えたところで少女はハッとする。
視線を下に向けて手を見ようとするも頭が上げられないため手の方を掲げる。
驚くほどに力の入らない腕をどうにかして視界内まで動かし、少女の思考はそこでフリーズした。
そこにあったのは瑞々しい肌の、しかし意識を失う直前まで見ていた自分のものとは比べものにならないほどに小さい、そう——まるで赤子のような手だった。
「……え……ええぇぇ……!?」
脳の処理許容量をオーバーした現状に叫んだ声もまた、全く聞き慣れない高音の泣き声となっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます