第三十一話 ヴィーリン攻略(前) アルタクス視点

 私が帝国軍を率いてルクメンテ王国の王都を発ったのは六月の事だった。帝都であればもう夏真っ盛りだと言って良い。


 しかしながら帝国から遙かに北に離れたこの地は、信じられないくらい涼しかった。現地の住民の話では今年は特に涼しいとの事ではあったが。


 おまけに驚くような大雨が降り続いた。ルクメンテ王国の街道は整備がされておらず、雨が降るとぬかるみ、それどころか所々沼地に変わってしまう有様だった。


 そのため帝国軍の行軍は困難を極めた。今回の遠征の目的は都市ヴィーリンの攻略である。そのため帝国軍は多くの攻城兵器を運搬しなければならなかった。


 特に征服帝が現在の帝都を陥落させた時にも使用したという攻城砲は、三分割式であるにも関わらず一台の運搬に牛を十頭も必要とする巨大な重量物である。


 こんなものが泥濘にはまり込んだ日には引っ張り出すだけで三日も掛かる有様となる。私は結局、攻城砲の運搬を断念して軍に先を急がせるしかなかった。


 帝国軍のヴィーリン攻略軍は総数九万五千。二万の近衛軍を中核に太守達の率いる騎馬兵が二万。それ以外に徴募した兵士や、そしてローウィン王国やルクメンテ王国から動員した兵士も含む。それ以外にも荷物運搬に人や牛や馬を動員しているので、後方から前方を眺めると、人や牛馬の波が地平線まで続くのが見えた。凄まじい光景だ。


 天気さえ良ければ半月で辿り着く筈のヴィーリンにまで丸々一ヶ月掛かってしまった。私がついにヴィーリンの城壁と街の中に一際巨大に聳える大聖堂の尖塔を見たのは七月の初めである。帝都を発って五ヶ月近くが経過していた。


 大河の側の盆地に広がるヴィーリンは、私が本陣を置いた丘の上からは城壁の内側よく見えた。異国情緒溢れる石造りの立派な都市で、私はカロリーネにも見せてやりたかったなと思った。彼女は博識だから、あの聖堂についても何か興味深い話を知っている事だろう。


 もっとも、都市としての規模は帝都と比べるべくもない。人口はせいぜい二十万人と聞いた。西方では屈指の大都市だが、帝都は周辺の町を含めれば百万人もの人口を誇る世界最大の都市なのだ。


 ただ、北と東を川で挟まれている上、堅固な城壁を巡らせてある。そして城壁から少し離れたところに楔形をした出城がいくつか築かれているのが分かった。堡塁というもので、大砲や銃兵が籠ってこちらを待ち受けている事は明らかだった。


「厄介ですな」


 指揮官の一人ムッターシュが憮然とした表情で言った。


「堡塁を攻撃しようと接近すれば城壁から集中砲火を浴びます。かといって堡塁を無視して城壁に取り付けば堡塁によって後方から攻撃されかねません」


 そもそも堡塁の周りにも城壁の前にも深い堀が掘ってあって、接近は容易ではなさそうだった。更に言えば妙に城壁の周りがスッキリしている。木々や庶民の住居などが綺麗に取り払われているのだ。我が軍が遮蔽物にするのを避ける為だろう。


「どうも準備万端整えた、という感じに見えますなぁ」


 指揮官の一人ハザランが嘆く。さもありなん。我が軍が帝都を発ったのが二月。ルクメンテ王国に侵入したのは四月。そこから防御を三ヶ月も掛けて整えていたのなら、ヴィーリンの防衛体制は万全になっていてもおかしくはない。


 しかしながら帝国の大軍が迫って来れば、恐慌を起こして守備兵ごと逃げ出してもおかしくはないのに、以外にもヴィーリン守備兵の士気は高いようである。


 面白い。どこまでやれるものか、確かめてやるとしよう。


 帝国軍はヴィーリンを包囲の中に置いた。私は行軍途中で大河沿いにある町や村から船を徴発し、それで艦隊まで編成していた。艦隊でヴィーリンの港を封鎖して補給や救援を断つ。こうして、ヴィーリンは帝国軍の中に浮かぶ島のような状況になったのである。


  ◇◇◇


 私はヴィーリンの状況を観察した。


 ヴィーリンは低山に囲まれた盆地にあり、北と東にはかなり大きな河が流れている。このため、陸軍が攻撃出来る方面は南と西だけだ。


 そのため、帝国軍はその方面に陣を敷き、接近した。特に西側は起伏のない平地で接近が容易で、大軍も展開出来た事から、帝国軍はここを主攻撃方面と定めた。


 しかしその西側には堡塁が四つも築かれている上、起伏がないため砲撃戦となると既に堡塁や城壁の高所に大砲を設置しているヴィーリン軍の方が有利だった。


 私は指揮官と検討を進めた。まず、目障りな堡塁を潰したい。しかしながら砲撃戦闘や騎兵突撃では分が悪いと思われる。


 そのため、私は塹壕を掘りつつ堡塁に接近するように指示した。塹壕に身を隠して敵の砲撃や銃撃を避け、そして近くまで寄ったならトンネルを掘って堡塁の下に爆薬を仕掛けて堡塁を吹っ飛ばすのである。


 それと同時に私は堡塁や城壁に砲弾を届かせるための砲台の建設を指示した。土を盛って高台を築き、その上に大砲を持ち上げるのである。本当は長距離砲撃が可能な攻城砲があれば良かったのだが、あれは途中で置いてきてしまった。それでも数百門に及ぶ野戦砲は運んできてあるので、集中して運用すれば敵の砲力に勝る筈である。


 その様にして準備を数日掛けて進めた後、私は全軍に攻撃開始を指示した。


 まずは小手調べだ。敵の砲力の確認の意味もあり、私は主にルクメンテ王国とローウィン王国から動員した兵に前進を命じた。この兵士達はほとんどが農民と傭兵で、ろくな火力を持っていない。せいぜい槍を持って走るしかない。


 これに対して待ち構えるヴィーリン守備軍は一斉に銃や大砲による攻撃で迎え撃った。私はそれを監視させ、敵の火力と砲口の位置、射程、攻撃範囲を確認させる。


 しかしヴィーリン守備軍は予想以上の砲力を持っているようだった。接近する帝国軍に対し、まず飛び出している堡塁からの砲撃と射撃が始まる。


 それを嫌って歩兵達が堡塁を躱すと、今度は城壁からの砲撃だ。堡塁と城壁の砲は上手く連携して補い合えるように設置されているらしく、帝国軍は城壁に接近すればするほど左右前後から集中砲火を喰らうようになっているようだ。


 朝から攻撃を始め、昼前には私は兵を引かせた。兵士達は城壁に辿り着く事も出来ず、死者負傷者多数。敵の戦力は概ね把握出来たが、正面からの攻撃では突破は困難であるという事も同時に把握出来たのである。


 私は即座に工兵隊や農民出身の兵士に塹壕掘りを命じた。幸い、最近まで雨が続いたので地面は柔らかくなっていて、塹壕の掘削には問題はなさそうだった。塹壕はジグザグに掘り進められ、まずは堡塁に、続けて城壁に地下トンネルを掘って地下で爆薬を炸裂させるのだ。


 掘り出した土も使って砲台の建設も急がせる。砲台はもちろん、堡塁からも砲弾が届く位置にあるので建設中にも攻撃を受けるが、私は同時に歩兵達にも攻撃を仕掛けさせて敵の攻撃を砲台に集中させないようにする。


 このような攻撃と同時に、私は太守達が率いる騎馬軍団に命じてヴィーリン周辺の町や村を襲わせ、焼き、略奪した。商人の隊商などには警告し、ヴィーリンへの接近を禁じた。ヴィーリンに補給をさせないためである。


 ヴィーリンには元々二十万人の人間が住んでいた。帝国軍の接近によってかなりの人間が脱出しているとの事だったが、それでも十万人以上の人間が今も住んでいる事だろう。


 その大都市を帝国軍は蟻の一匹も通れないように封鎖した。当然、ヴィーリンでは物資の不足が起こる事だろう。それは包囲の期間が長くなれば長くなるほど厳しいものになるはずだ。


 要するに兵糧攻めである。一方、帝国軍は街道の不備に苦しんでいるとはいえ、ルクメンテ王国にも補給基地を築いて物資を十分に集積した上、水路での補給路も確保したので、補給は潤沢だった。我慢比べになれば帝国軍に分がある筈だった。


 しかしながら、そうとも言えない事に、私も帝国軍の指揮官達も気付いていた。理由はその年の寒冷さである。七月に入り帝都なら昼間には外に出られないほどの暑さになる時期だというのに、ここヴィーリンでは防寒用のマントが手放せない有様だったのだ。


 地元の者の話では今年は特に寒冷だとの事だったが、そうでなくとももう九月には冬が来るとの事。そうなるとあと二ヶ月しか無いのである。二ヶ月では敵の物資を尽きさせるのは難しいというのが、指揮官達も私も一致した見解だった。


 そうなればやはり二ヶ月でヴィーリンの城壁を破るしかない。私は砲台の建設と塹壕の掘削を急がせると共に、艦隊や騎兵を動かしてヴィーリン守備兵を牽制した。


  ◇◇◇


 困難を乗り越えて十ヶ所の砲台が建設され、砲台には合計五十門の野戦砲が引き上げられた。二ヶ所の堡塁にこの火力が集中出来るようになっている。堡塁にはせいぜい五門程度しか大砲は無い。


 そして塹壕は堡塁の間近まで掘り進められていた。準備が整ったのを確認した私は命じた。


「敵の堡塁を占拠せよ」


 私の号令で帝国軍の大砲は砲台より一斉に火を吹いた。籠に土を詰めて積み上げた即席の城壁に守られた砲台は、敵の堡塁よりも高く築いてある。眼下に見下ろす楔形の堡塁に次々と砲弾が飛び込んで行く。


 敵の大砲が沈黙したら、帝国の誇る近衛軍団が一気に乗り込んで制圧をする。恐れを知らぬ赤い帽子の兵士たちが曲刀を振り翳し、逆茂木を乗り越え一気に堡塁に踊り込んだ。


 激戦の末、敵の堡塁は帝国軍の手に落ちる。しかし、敵の堡塁はヴィーリンの城壁の直ぐ横。しかも城壁よりも低い位置にあって絶好の的となる場所だった。


 占拠し続けることは難しいと判断した私は堡塁に爆薬を仕掛けて吹っ飛ばし、再利用を防いだ上で兵を下げさせた。こうして帝国軍はどうにか、城壁を攻撃する為の足掛かりを築くことに成功したのだった。


「どうにもいけませんな」


 ムッターシュが口髭を捻りながら言った。


「何がだ? 思惑通りに運んだではないか」


「我が軍が全力を挙げて敵の堡塁を陥した事で、我が軍が次はここの城壁に攻撃を集中する事はバレバレになってしまいもうした。敵はここに戦力と資材を集中してくる事になるでしょう」


 確かにそれはその通りで、我が軍はあまりにもここに戦力を集中し過ぎた。敵はここからの攻撃に全力で備える事になるだろう。


「なら意表を付いてやれば良い」


 ハザランがニヤッと笑って言った。彼はヴィーリン南側城壁への攻撃を提案した。ヴィーリン南側は細い河川が流れ、丘陵地隊と湿地が広がり、街道以外は進撃が難しい地点だった。


 ハザランはそこを騎馬軍団で進んで城壁への攻撃を仕掛けたのだった。川を馬で渡るなど遊牧民兵には容易い事だ。そうして一気に城壁に取りついたら、城壁に爆弾を仕掛けて炸裂させる。


 大音響が轟いてヴィーリンの城壁に初めて傷が付いた。大きく崩壊した城壁をよじ登っての侵入にこそ失敗したものの、敵に防御地点を絞らせないという意味では大きな意義のある攻撃になったのだった。


 ヴィーリン城壁に初めての攻撃が届いた事に気を良くした私は攻勢を強めさせた。大河に浮かぶ艦隊からもヴィーリンの港へ攻撃を仕掛けさせる。港部分は城壁から飛び出しているので、攻撃が届く。港は炎上して守備兵は城内に逃げ戻ったようだった。


 城壁への騎馬軍団による奇襲攻撃も続けさせ、少なからぬ損害を城壁に与えた。中には完全に城壁が崩壊した例もあったのだが、敵の兵も迅速に城壁を補修してしまう。帝国軍は未だにヴィーリン城内には攻め入れずにいた。


 私は西側の砲台を前進させ、敵の城壁に届く位置に築き直させると共に、塹壕も前進させ、トンネルを敵の城壁の城壁の下まで掘らせた。トンネルは一度に何本も掘らせる。城壁の下に達したら、爆薬を仕掛けて破裂させて城壁を崩すのだ。


 帝国軍は攻勢を強め、敵は守備を固くする。そういう状況に、ある意味私が慣れ始めた、そんなタイミングで。


 敵が突然打って出てきたのだ。


「敵が来ます!」


 突然の絶叫に、私は天幕を飛び出した。見ると宿営地の外に煙が上がっていた。剣戟の音と喚声が伝わってくる。私の元に走り込んできた兵士が叫ぶ。


「敵が門を開いて飛び出してきました! 同時に、我が方のトンネルを逆方向から破って敵が侵入! 一気にこの本営を狙っています! 皇帝陛下におかれましては、一時後退を願いたく!」


 敵が攻勢に出ることなど一切想定していなかった帝国軍は総崩れになり、混乱した帝国軍を突破して敵の騎兵集団が私のいる本営に迫りつつあるのだった。


 私は激怒した。


「ならん! その程度の敵に何を乱れておるか! まして逃げるなどあり得ぬだろう! 近衛軍団! 即座に集合せよ! 騎馬軍団! 私が持ちこたえている内に敵の後背に回り込んで退路を断て!」


 私は馬を引かせて飛び乗ると、曲刀を抜いて天に突き上げる。


「おもしろくなってきたではないか! 戦さはこうでなければな! 近衛軍団我に続け! 大女神は我を守り賜う! 大女神は偉大にして全能なり!」


「「大女神は偉大にして全能なり!」」


 私の怒声に近衛軍団の兵士も熱狂的な歓声で応える。私は近衛軍団の騎兵と方陣を組むと、前方から突撃してくるヴィーリンの騎兵隊に正面からぶち当たった。


 西方の騎兵の主武装は槍なのだが、敵軍はここまで既に戦闘を繰り返していたので既に槍は失われていた。一方、帝国軍の騎兵は手銃を放った後は敵中に突入して接近戦を挑む。


 西方の騎兵は全身鎧を纏っていて、曲刀は効果が薄い。そのため、帝国軍は対策として手斧を装備していた。私も腰から手斧を抜き、正面の敵騎兵に襲い掛かった。


 敵の騎兵は慌てて長剣を振り回して来るが、私は馬をぶつけて距離を詰めて敵の武器を封ずる。敵の馬は大きいが鈍重だ。帝国の馬は敏捷で勇敢である。


 私は敵の肩に手斧を叩き込み、バランスを失った敵の騎兵は仰向けに馬から落ちた。


「続け! 帝国の戦士たちよ!」


 私が叫ぶと、周辺で轟然と喚声が湧き上がる。


「陛下に続けー!」「大女神は全能にして偉大なり!」「異教徒を生かして帰すな!」


 士気で形勢の不利を補った帝国軍は、敵騎兵の突撃を跳ね返した。そしてその隙に後方に回り込んだ帝国軍に退路を遮断された敵の騎兵はあえなく壊滅したのだった。それほど多くの敵兵がいたわけではなかったが、敵の反攻を潰すことが出来たというのは意気上がる出来事だった。


 ただ、せっかく掘ったトンネルは全て破壊され、塹壕も砲台も爆薬で数カ所が破壊されてしまった。こちらの攻城作戦の進行を挫くという敵の意図は十分達成されたと考えるべきだろう。


 この時点で八月になろうとしていた。私は指揮官達と如何に戦うべきかについて議論を行った。


「敵も疲れております。ここからは我慢くらべ。波状攻撃で一気に城壁を突き崩すしかありませんぞ」


 とムッターシュが言えば。


「どうにかもう一度敵を城外に引き摺り出したいところですな」


 とハザランが言う。


 二人とも積極攻撃をすべきという意見は変わらないようだ。


 だが、これが近衛軍の若い指揮官となると途端に慎重な意見となる。まだ三十五歳と若いサジャルナは言った。


「敵の砲力は大きく、城壁も崩せていません。このまま塹壕を前進させ、時間を掛けて城壁を砲撃して行くべきです」


 もう一人、アルナーズという指揮官も頷く。


「さよう。地下トンネルの再建も進んでおります。今度こそ敵の城壁を吹き飛ばしてご覧に入れまする」


 普通は血気盛んな若者が積極意見を出すものだと思うのだが、逆になるとはどうしたことか。これには事情がある。


 若い指揮官は近衛軍の者達で、軍事の専門家。違う言い方をすれば 軍事以外を考慮しない者達だった。


 一方、ムッターシュとハザランは軍全体を統括する立場だった。彼らは帝国軍が悠長に長期戦を戦っていられない事をも考えて、積極策を推進したのだ。


 帝国軍が長期戦を戦えない理由。それは冬の訪れだった。


 信じられないことに、八月に入るとヴィーリン周辺の気温は次第に下がり始めたのだ。朝夕には天幕の暖炉に火を入れなければならない有様で、このままでは九月の半ばには完全に冬になってしまう事だろう。


 つまり後一ヶ月そこそこで帝国軍はヴィーリンを攻略しなければならないのだ。それを考えればムッターシュとハザランが積極策を推進するのも無理はない事だったのである。


 ただ、積極策には大きな犠牲が伴う。私は帝国軍の死体を積み上げて城壁を越えるような作戦を取る気は毛頭なかった。


 私にとって今回のヴィーリン攻略はただ勝てばいいというものではなかったからである。勝ち方が重要だったのだ。帝国軍の恐ろしさを神聖帝国、西方世界に刻み付ける。そういう勝ち方をしなければならない。


 私は指揮官達に言った。


「当面は塹壕の伸長と砲撃、そして地下トンネルの掘削を続けよ。その上で敵を挑発し、誘き出せるようなら誘き出して殲滅せよ」


 好材料としては、季節が進んで雨が収まり地面が固まったおかげで、攻城砲が数門だが届いた事であった。私はこれを組み立てさせ、砲台を強化して設置を急がせた。上手く行けば決定打として使えるかも知れない。


 この頃、帝都に残していた私の秘書から、帝宮に不穏な動きありとの報告が届いていた。私は強く西征に反対していたムルタージャの事が気になっていた。それゆえ、秘書に彼の事を監視させ、不穏な動きがあるようなら早馬で知らせるようにと命じてあったのである。


 ムルタージャが何やら策謀を巡らせているらしいとの報告に、私は少しだけ動揺した。帝都、帝宮にはカロリーネがいるのだ。もしもムルタージャの策謀がカロリーネを巻き込むものであったなら……。


 カロリーネにもしもの事があったら私は生きていられぬ。カロリーネの無事はヴィーリン攻略などより私にとってはずっと重大事だった。今すぐにも帝都に飛んで帰りたくなる……。


 ……しかし、私は思い直した。


 カロリーネなら大丈夫だろうと。彼女に、ムルタージャ程度の男が何か出来るとは思えない。あの輝くような私の妻なら、宰相の策謀など紙屑のように踏み潰すだろう。


 私は彼女に捧げる為に、このヴィーリンを陥落させることに集中すれば良い。


 八月末、帝国軍の塹壕は敵の城壁近辺に達し、複数の地下トンネルがヴィーリンの城壁内にまで到達したとの報告があった。攻城砲も設置が完了し、いつでも攻撃出来るとの事だった。


 私は全軍に今一度装備の確認と補給。そして十分な休養を命じた。決戦の時を感じ取った帝国軍は大きく湧いた。肉が焼かれ酒が密かに回し飲みされ、篝火が天を焦がす。


 そしてその日の朝、私は全軍を代表して遠い聖地に向かって平伏した。


「ご照覧あれご照覧あれ。今こそ帝国の戦士が異教徒の城壁を突き崩し、その都を蹂躙して大女神様に捧げましょうぞ。我は大女神様の僕にして偉大なる一族の末裔なり。大女神よ、我と我の戦士を守りたまえ。大女神は偉大にして全能なり!」


「「大女神は偉大にして全能なり!」」


 私の後ろで平伏した帝国軍全員が祈りの言葉を唱和した。


 帝国軍の総攻撃の始まりである。

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