第五章 調査終えて

第30話 巨馬の名・1


 翌日。


 カオルは昼前に帰ってきた。

 足を固めた馬屋。外まで馬を捕まえに行ってきました、という格好だ。

 ギルドの繋ぎ場に馬をつなぎ、マツの家の玄関を開ける。


「失礼しまーす」


 声も完全に男の声。


「はーい」


 ぱたぱたとマツが出てくる。

 手を付いて頭を下げる。


「魔術師協会オリネオ支部のマツと申します。本日はどういったご用件でしょう」


「奥方様。私です」


 玄関を閉め、ばさっとメイド姿に変わるカオル。


「カオルさん!? もう、驚かせないで下さい・・・」


「只今戻りました。驚かせてしまいまして、申し訳ございません」


「早かったですね。さあ、上がって」


「ふふふ。奥方様。さっきの格好には意味がございまして・・・

 少し、外に出てもらえますか?」


「何か?」


「良い場所を見つけましたが、良い土産もございまして。

 少々大きいものですので、外に」


「あら、お土産? 何かしら。大きいもの?」


「はい。それはもう」


 マツは草履を履いて外に出るが、何もない。


「?」


「奥方様、あちらを」


 カオルが指さしたのは、向かいのギルドの・・・


「あ!」


 繋ぎ場に大きい白い馬がいる!

 鞍も手綱も着いていない。

 ということは、まさか、カオルが捕まえてきたのか?

 ふるんふるんと尾を振っている・・・


「まさか、あの馬?」


 にやっとカオルは笑う。


「いかがでしょう。この姿であの土産を持ってくるのは、少し目立ちますので」


 口に手を当て、驚くマツ。


「・・・」


「随分と大きく、体力もあります。

 乗るによし、馬車馬にして皆を乗せて運ぶもよし。

 我ながら、中々の土産かと」


「す、すごい! カオルさん、馬も捕まえられるんですね!?」


「野生馬を捕まえたのは、初めてです。

 大人しくするまで乗っていれば良い、とは知っておりましたので」


「わあ・・・」


「さすがに庭には置いておけませんから、厩舎を借りねばなりませんが・・・」


「あ、そうですね。庭に置いておくのは・・・残念ですけど」


「ですが、世話もして下さいますし、これだけの馬です。

 厩舎を借りる価値は十分あるかと思います」


「そうですね! 厩舎を借りましょう!」


「捕まえる時こそ大暴れしましたが、抑えてみれば、とても大人しい性格です。

 近寄っても大丈夫でしょう。ご覧いただけますか?」


「近寄っても・・・」


 すぱすぱと草履を鳴らして、馬に近付いてみる。

 顔をこちらに向けたが、あまり警戒している様子もなく、暴れそうもない。

 額に茶色の斑点模様がある。


「うわあ・・・馬って、こうやって並んで見ると大きいんですね・・・」


 馬車に乗る時は、いつも馬など気にしたこともなかった。

 並んで見れば、なんと大きなことか。


「いえ、この馬が他より大きいのです。

 耳を伏せたら、気を付けて下さい。暴れるかもしれません」


「さ、触っても、平気でしょうか・・・」


「平気でしょう。さ、こちらを食べさせてみて下さい。喜びます」


 カオルが干した果物を差し出す。


「・・・」


 おそるおそる、馬の顔の方に手を差し出すと、かぷっと食べる。

 驚いて引きそうになったマツの手の平を、馬がぺろっと舐めた。

 首を少し上に上げて振る。嬉しそうだ。


「わあ・・・」


 首の根本辺りに、そっと手を伸ばしてみる。

 そっと手で触れてみるが、馬は気にする風でもない。

 さわさわと撫でてみると、黒い目がマツをじっと見つめる。


(あ、すごく優しい目。きっと優しい子・・・)


 撫でながら、マツも馬の目をじっと見る。

 

「この子、優しい馬なんですね。なんだか、そんな感じがします」


「ええ。性格もおとなしい。街道を縄で引いて来ましたが、ずっと大人しく付いてきました。人に驚くこともなく、度胸もあります。図体が大きいからでしょうね」


「へえ・・・」


「奥方様。実は、この馬が居た辺りには、まだまだおりまして」


「ということは、捕まえ放題?」


 カオルがにこりと笑う。

 

「ええ。山深い所でしたので、今まで見つかっていなかったのでしょう。

 同じような、大きな馬が何頭も」


「わあ、すごい! カオルさん、これはすごいお土産ですよ!」


「早速、厩舎の手配をしましょう。馬具を着けてもらい、しばらく町の外で乗っていただければ、人を乗せるのも慣れましょう」

 

「楽しみですね! マサヒデ様もこれには驚きますよ!」


「喜んで頂けると幸いです」


「うわあ・・・」


 さわさわと馬を撫でるマツ。

 子供のようだ。

 カオルも笑顔になる。


「時に奥方様。この馬、まだ名がございません」


「名前?」


「ご主人様か奥方様に、名付けて頂きたい、と思いまして」


「名前・・・名前・・・うん! かわいい名前がいいですね!」


(かわいい名前・・・?)


 カオルは馬を見直してみる。

 大きい。引き締まった筋肉。重そうな身体。


(かわいい・・・)


「どんな名前がいいかしら・・・」


 マツは目を輝かせている。

 口を挟むのはやめよう。


「・・・では奥方様。私、厩舎を借りるよう手配して参ります」


「はい! ありがとうございます!

 どんな名前にしましょうね・・・」


 さわさわと馬の首を撫でるマツは幸せそうだ。

 カオルはそっと離れた。



----------



 それから少しして、シズクも帰ってきた。

 繋ぎ場で馬を撫でているマツに気付き、近寄ってくる。


「マツさん! ただいま!」


「あっ、シズクさん。おかえりなさいませ」


「こりゃまたでかい馬だね。アルマダさんの新しい馬?」


 シズクが馬を見て驚いている。


「うふふ、すごいでしょう? カオルさんが連れてきてくれたんですよ」


「カオルが? へーえ・・・場所も探さず、馬探ししてたの?」


「場所もちゃんと見つかったそうですよ」


「あっちゃー、参ったなあ・・・

 私は場所しか見つからなかったよ。馬はいなかったなあ」


「ほら、見て下さい。優しい目をしてます」


 シズクが馬の目を覗き込む。


「黒いね・・・やっぱり、馬って綺麗な目してるよね。

 こいつ、私が近寄っても、全然ビビってないね。良い度胸してる」


「優しい子なんですよ」


「ふーん・・・しかし、頑丈そうだなあ。これなら私でも乗れるかなあ・・・」


「シズクさんが乗るのは無理では」


「うえぁ!」「きゃあ!」「ぶるるっ」


 後ろからカオルの声。

 シズクとマツが驚いて上げた声に、馬も驚いてしまう。


「しーっ、どうどう・・・大丈夫、大丈夫・・・」


 カオルがそっと手を出し、馬を抑える。


「いい子、いい子。どうどう」


「カオル・・・おどかすんじゃないよ・・・」


「やめて下さい、心臓に悪い・・・」


「普通に近付きましたよ? お二人がここまで馬に夢中とは」


「・・・」「・・・」


「奥方様、厩舎は取り付けました」


「・・・そうですか。ありがとうございます」


 カオルはシズクに、どうだ! という笑顔を向ける。


「ふふふ。シズクさんもお早いお帰りで・・・鹿や猪はおりましたか?」


「ちっ! いなかったよ!」


 ふん! と顔を背けるシズク。


「ふふふ・・・」


「でも、そういうでかいのがいないから、狩人も来ない場所なんだ。

 村からも町からも離れてるから、人も来ないよ。中々良い所じゃないかな」


「場所は見つかったのですね」


「じゃなきゃ帰ってこないよ」


「・・・そうですか・・・ふーむ・・・では、奥方様。

 シズクさんの場所を使い、私が見つけた場所はとっておく、というのは」


「どうしてですか?」


「せっかく見つけた、良馬の住処です。

 何かあって、馬がいなくなっては、もう捕まえにも行けませんので。

 先に馬を捕まえてくる、というのも良いと思いますが」


「なるほど、そういう事ですか」


「まだ出来上がりには時間もかかりましょうし。

 ご主人様が帰られましたら、両所を確認して頂きまして・・・」

 

「そうしましょう! またかわいい子が増えるといいですね!」


 わあ! と目を輝かせ、手を合わせるマツ。


「かわいい?」


 そう言って胡乱な顔で馬を見るシズクに、


(しっ!)


 と、カオルは小さな声を出し「言うな」という顔を向ける。

 シズクは「うーん?」と顎に手を当てて、馬を見る。


 どこからどう見ても、でかくてごつい馬だ。

 クレールなんか、頭からかじられてしまいそうだ。

 かわいさの欠片はどこにもない。

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