第三章 贈り物

第21話 シズクへの贈り物・1


 弁当を食べながら、アルマダにシズクへの贈り物を尋ねてみようと思った。

 女性への贈り物は、アルマダなら詳しく知っているだろう。


「あ、そうだ。アルマダさん。ちょっとご相談が」


 ぎく、とアルマダの身体が固まる。

 ついさっき、魔剣の話をしていたばかりだ。


「女性への贈り物なんですが」


 お、という顔で、皆がマサヒデの方を見る。

 にやにや笑っている。


「私には、良いものがさっぱり思い付かないんです。

 ちょっとご相談に乗って頂けませんか?」


「あ、ああ、女性への贈り物ですか。で、どちらに? マツ様? クレール様?」


「いえ。シズクさんです」


 ひゅーう、と誰かがにやにやしながら、口笛を吹く。

 今度は鬼娘まで?


「ちょっと皆さん、勘違いしないで下さい。今朝、カオルさんに、いらなくなった脇差をあげたんですが、シズクさんがそれ見てて、私には何もないのか! って拗ねちゃったんですよ」

 

「カオルさんにもプレゼントですか? マサヒデさん、やりますねえ!」


 リーがにやにやして声を上げ、騎士達から笑い声が上がる。


「皆さん、そういうんじゃないんです。これ、見て下さい」


 マサヒデが、とんとん、と脇差を叩く。

 は! とアルマダが脇差を見て、身を乗り出す。

 

「そ、それは!? 誰の・・・一体、どこで!?」


「ま、ちょっと見てみて下さい。今まで使っていたものが、いらなくなった訳が分かりますよ」


 マサヒデが脇差をアルマダに差し出す。

 受け取ると、やはり醸し出す雰囲気が違う。立ち姿が違う。

 これは名刀だ。


 ゆっくり、抜いてみる・・・

 

「おお・・・」


 騎士達から感嘆の声が上がる。

 例え鑑定の知識がなくても、これはすごい品だと分かる出来だ。

 

「うむ・・・厚いですね・・・反りが浅く、幅も広い。

 頑丈そうですね。今までマサヒデさんが帯びていたものと、感じは似ている。

 でも、輝きが違う。明るいというか・・・冴え・・・そう、冴えています」


 日の光を浴びて輝く、ホルニ会心の作。

 今までの脇差だって、カゲミツからもらった物なのだ。ただの脇差ではない。

 それでも、こちらを帯びたくなる、というのがはっきり分かる。

 アルマダは、ゆっくり、すー・・・と脇差を収め、マサヒデに返した。


「素晴らしい・・・マサヒデさんが、これを帯びたいというのも分かる。

 一体、これはどこで? いくらしたんです?」


「ラディさんのお父上が譲ってくれたんです。『良い仕事』をくれた礼だと」


「ホルニコヴァさんのお父上が? すごい鍛冶師だったんですね・・・

 もしかして、元王宮付きの鍛冶師とかだったんですか?」


「いえ。市井に埋もれた名人、という方ですね。

 すぐ隣村なのに、オリネオにこんな方が居たなんて、父も知りませんでした」


「うーむ・・・これほどの作を打たれる方が、田舎町の一鍛冶師で・・・

 私も1本、打ってもらいたいですね・・・」


 マサヒデは脇差を腰に差し直した。


「まあ、これほどの作を頂きましたので、今まで使ってたのはカオルさんに、という訳です」


「なるほど。で、それを見てて、シズクさんも何かくれ! というわけですか」


「ええ。ですけど、シズクさんが喜びそうな物が、さっぱり思い付かなくて」


「シズクさんですか・・・」


「昨日、ラディさんの服を見て羨ましがってたので、服も考えたんですが・・・」


「・・・すぐ破りそうですね・・・」


「で、服がほしい! って言ってたので、何かこう、おしゃれな物が欲しいんじゃないかって」


「ふむ」


「でも、香水なんかは、どばどば使っちゃいそうですし」


「では、アクセサリーなんかどうでしょう」


「アクセサリーですか?」


「指輪とか、イヤリングとか」


 首を傾げて考えてみる。

 指輪。はめる時に軽く潰してしまいそうだ。

 イヤリング。これもやっぱり潰してしまいそうだ。


「ううむ、どっちも、簡単に指先で潰してしまいそうですね」


「じゃあ、ピアスなんかどうでしょう」


「ピアス・・・あの、耳に突き刺す?」


「ははは! 突き刺すって! まあ、間違っちゃいませんけど。

 あれ、穴を開けて、入れるんです。

 その後、ピアスを着けたまま、治癒魔術で傷を治す。

 すると、ピアスは穴に入ったままで、傷が塞がって、ついたままになる」


「ほう。そういうものなんですか。でも、穴を開ける時に痛くないでしょうか?」


「もちろん痛いですけど、氷で思い切り冷やしたりとかして、痛みを小さくするんですよ。シズクさんなら、こんなの痛いうちに入らない、なんて言いそうですが」


「ふむ。しかし、あのシズクさんの肌に、宝飾屋が穴を開けられるでしょうか?」


「あ。ううむ・・・いや、耳たぶなら・・・いけるか・・・いけるか?」


 アルマダが腕を組んで考える。


「そうだ。こうしたらどうでしょう。

 まずは、一緒に宝飾屋へ行って、物を選びます。

 一応、宝飾屋にも試してはもらいます。

 で、ダメだったら、ピアスだけ買ってきて、マサヒデさんが小さく耳たぶを斬る。

 そこにピアスを入れ、即マツ様に治癒魔術で傷を塞いでもらう」


「なるほど」


「穴を開けるよりも痛いし、血も出ますけど、我慢してもらうしかないですね。

 治癒魔術ですぐに痛みはなくなりますし」

 

「よし! それで行きます。アルマダさん、ありがとうございました」


 アルマダは一瞬だけ、にや、と笑い、真面目な顔をする。


「それとマサヒデさん、こういう時は『一緒に行って選ぶ』ってのが大事です」


「そうなんですか?」


「そうなんです」


「うーん、良く分かりませんが・・・一緒に行くんですね。

 そうだ、せっかくですから、女性陣を皆」

 

「ダメです。2人で行くんです」


「2人でですか? うーむ・・・正直、不安ですね・・・

 何かあった時、マツさんに止めてもらいたかったんですが」


「ダメです。不安なら、マツさんに魔術で見ててもらえばいいじゃないですか。

 カオルさんにも、隠れて見張っててもらえばいいんです。

 見ててもらうって所は、シズクさんに絶対にバレてはいけませんよ。

 一緒に行くのはあなた達2人です。分かりましたね」


「ううむ、分かりませんけど、分かりました」


「よろしい。じゃあ、食べたらすぐ帰って、シズクさんを待つんです」


「はい」


 にやっと小さく笑うアルマダの顔。

 マサヒデはその顔に気付いていない。


(ふふふ・・・)



----------



 から・・・

 

「只今戻りました」


 マツが奥から出てきて、手を付いて迎えてくれた。


「おかえりなさいませ」


「ふふ、マツさんの出迎えって、なんか久しぶりですね。

 最近は、いつもカオルさんだったから」


「うふふ。さ、どうぞ」


 カオルは帰って来ていない。

 ということは、シズクもまだ帰っていないだろう。


「・・・」


 居間に入ると、2人ともいない。

 やはり、まだ帰ってきていないようだ。

 今のうちに、マツに話しておいて、見張っていてもらおう。


「さ、どうぞ」


 マツが茶を差し出す。

 ずずっとすすって、湯呑を置く。


「マツさん。ちょっと頼みがあるんですが」


「はい。なんでしょう」


「シズクさんが帰ったら、2人で出かけます。

 ですが、不安なので、マツさんの魔術で見張っててもらいたい」


「お二人でお出かけですか? それを見ててもらいたいと?

 何か危険な事でも・・・」


「はい。ちゃんと理由があるんです」


 脇差をカオルにあげ、それを見て拗ねてしまったシズクの話をする。


「・・・というわけで、何か買ってあげようと」


「・・・ふーん・・・そうですか・・・」


 ゆらゆらとマツの背中から、黒いオーラが見える。


「で、何かあった時の為に、見張ってて・・・ほしいな・・・と・・・」


「・・・」


「だ、だめですか?」


 鈍いマサヒデにも分かる。これは嫉妬の炎だ。

 2人で出かける、何か贈る、それを黙って見てろ、と・・・

 おそらく、そこに反応しているのだ。


「あ、アルマダさんにもご相談したんですけど・・・

 こういうのは、2人で行かないといけないって・・・」


「ハワード様が・・・そうですか。ハワード様がそう仰られましたか」


(しまった! なすりつけるつもりは・・・アルマダさん! すみません!)


「ようございます。しかと見届けさせて頂きます」


「ほんとですか? 良かった。正直、不安だったんです。

 もし、宝飾屋でシズ」

 

 ぴく。

 

「宝飾屋・・・?」


 じりじりとマツのオーラが濃くなっていく。


「え、ええ。シズクさん、ラディさんの服、羨ましがってましたから。

 なんかこう、おしゃれな物が欲しいのかなーって」


「これはこれは。随分と気が回りますことで」


 ぎりぎりと怒るマツを見て、ふう、マサヒデは息をつく。


「マツさん。荒っぽいから忘れやすいですけど、シズクさんも女性なんですよ?」


「ええ・・・女性です・・・そうですとも・・・」


「・・・」


「カオルさんも向かわせますけど、ようございますね?」


「え! ほんとですか!? 助かりますよ・・・

 正直言って、もう不安で不安で・・・」


「何に対する不安なのやら・・・」


「さっき言った通りですが・・・何か不審な点でも?」


「いえ! 特に!」


 ふん! とマツは立ち上がって、執務室をぱしーん! と閉めてしまった。


(そこまで怒らくても・・・)

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