第20話 アルマダ、魔剣を知る


 あばら家に着くと、アルマダと騎士2人が稽古をしている。

 今日は、アルマダも鎧を着けて稽古をしている。

 怪我防止ではなく、鎧を着た時の動きを身体に馴染ませるためだろう。

 

「だあー!」「おーう!」


 突っ込んだ騎士2人を軽く流し、こん、こん、と2人の兜を叩く。

 騎士2人はのめって倒れてしまった。


「はい、ここまで。休憩です」


 がちゃがちゃと鎧を鳴らし、アルマダは兜を取って近付いてきた。


「おはようございます」


「やあ、おはようございます。軽く稽古中ですけど、やっていきますか?」


「それもいいですね。まずこれ、弁当と酒。あと、つまみの焼き鳥です」


「お、焼き鳥もですか。ありがとうございます」


 2人は庭の真ん中まで歩いていく。

 歩きながら、マサヒデが小声で


(ちょっとお話が)


 こくん、とアルマダが頷き、弁当を置いて、庭の隅まで歩いていく。

 庭を見回すと、のめっていた騎士2人が、座って兜を脱いでいる。


(アルマダさん、これから話すこと、口外禁止でお願いします)


(何かありましたか?)


(魔剣を手に入れました)


「まっ!」


 驚いたアルマダの口を、がば! とマサヒデが口を押さえる。

 目を見開いて、マサヒデを見つめるアルマダに、こくん、と頷く。

 アルマダは驚いた顔で庭を見回す。

 なんだ? という顔で、座った騎士がこっちを見ている。

 アルマダは口を手で隠す。


(・・・魔剣ですって!?)


(はい。魔剣です。魔の剣と書いて魔剣の、魔剣です)


(一体どこで!?)


(押入れの中に。マツさんが魔剣と気付かず、ずっとしまっていました)


 押入れの中に!?

 アルマダが背を反らして驚く。


(ええ!? お、押入れ!? 一体、どの魔剣ですか!?)


(それが、まだ世に出てなかった魔剣です)


(ということは、つまり、その、それは、新しい魔剣ですか!?)


(そうです)


 アルマダは庭を見回す。顔から血の気が引いて、真っ青だ。

 騎士2人は、へばって座っている。もう2人の騎士は、門の近く。

 背を伸ばして、塀の向こうも見る。誰もいない。


(・・・どんな力の、魔剣ですか)


(おそらく魔術に何らかの影響を与えるものじゃないか、と)


(どんな力があるかは、はっきりしてないんですね?)


(そうです)


(・・・)


(私が手に持った瞬間、ものすごい勢いで、何かの力が身体中に満たされました。

 ラディさんやクレールさんに持ってもらい、それが魔力だと分かりました)


(ただ魔術が掛かった品、という訳ではないんですね?)


(空気も立ち姿も異常すぎです。ただの名刀って感じではないです。

 父上の三大胆とか、真・月斗魔神とか、魔神剣とか・・・

 どれも魔剣以上って言われてますけど、あんな感じです。

 アルマダさんも、一目で分かります。あれは明らかに魔剣です)


 ぶるっとアルマダの身体が震える。


(い、今、今、それは、どこに?)


(柄と鞘がないので、ラディさんの家の工房で作ってもらってます)


(ど、どんな形の魔剣ですか? 刀? 剣? 槍? 薙刀?)


 槍や薙刀等、基本的に飛び道具以外は、魔剣のひとつとして数えられている。


(ナイフです。このくらいの長さの)


 マサヒデが手でこのくらい、という長さを見せる。


(ナイフ・・・確かに、ナイフの形の魔剣はないですね)


(振っても投げても、何の反応もないし、あの魔力。おそらく魔術関連です)


(振ったり投げたりしたんですか!?)


 アルマダが驚いて身体をのけぞらせる。


(魔王様が、マツさんに『贈り物として』と渡された物だそうです。

 渡された時、取り扱いの注意もなかったそうです)


(お、贈り物に!? 魔剣をですか!?)


(だから、普通に触ったりとか、振ったりするくらいでは平気だと)


(火が上がったり、落雷とか爆発とかしたらどうするんです!?)


(『贈り物』なんですよ? 取り扱いの注意もなかったんですよ?

 当然呪いとかないでしょうし、そんなものではありませんよ)


(・・・そ、そうですね、確かに、そんな物をもらったら困ります)


 アルマダも少しは落ち着いてきたようだ。


(とりあえず、分かっているのは、握ると魔力がすごく身体に溢れ込んでくること。

 振っても投げても平気で、何も起こらないってこと。

 このふたつから推測して、おそらくは魔術関連だってこと。

 贈答品として渡された物だから、まず呪いはないってこと。

 あとは、力を使うのに、何か呪文のようなものが必要で、それで安全なのかも)


(・・・なるほど・・・で、魔剣登録の申請はもう?)


(してませんし、しません)


(なんで!?)


 また、アルマダが驚いて身体をのけぞらせる。


(力次第ですが、クレールさんかラディさんに渡して、旅で使おうと思ってます)


(・・・)


 マサヒデがにやりと笑う。


(個人蔵の魔剣もあるんですし、良いじゃないですか。

 申請なんか、旅が終わってからでも)


(・・・)


(柄と鞘を着けてもらったら、クレールさんとラディさんに手伝ってもらって、調べたいと考えてます)


(・・・)


 マサヒデは驚くアルマダに、いたずらっぽい笑みを向けた。


(大丈夫ですよ。よっぽど派手な力じゃなきゃ、バレやしませんよ。

 一見して『あれ魔剣だ』って分かるような力だったら、申請すればいいんです)


(あ、あなたって人は!)


 アルマダがぐっと顔を近付ける。


(その為に、柄と鞘は、すごく地味にして下さいって、注文出したんですから)


(・・・)


(ただの、魔術がかかったナイフにしか見えませんよ)


(・・・マサヒデさん)


(なんですか)


(今度、ブリ=サンクで最高のコースを奢ってもらいますよ)


 ふふん、と、マサヒデが笑う。


(代わりに、こんなのどうです?

 魔剣の力を調べる時に、一緒に立ち会ってもらうってのは。

 調べたくないですか? 新しい魔剣の力。

 見たくありませんか? 新しい魔剣の力。

 握ってみてもいいんですよ? 魔剣を、あなたのその手で。

 ま! 危険があるかもしれないし、ブリ=サンクの奢りでも・・・)


 アルマダの喉が鳴る。

 それを見て、マサヒデがにやにやしている。


 魔剣。

 秘めた力の怖ろしさゆえ『魔』の『剣』と言われる、魔剣。

 見たこともない。文書で読んだことがあるだけだ。

 だが、どの文献にもない、新しい魔剣なのだ。


 本物の魔剣を見られる・・・

 本物の魔剣を握ることが出来る・・・

 新たな魔剣の力を、調べることが出来る・・・

 秘めた力を、見ることも出来るかもしれない・・・


 身体が震える。

 鎧が、かちかちと小さく金属音を立てる。


(どうです? 悪い条件ではないと思いますが)


(み、見たいです・・・)


(決まりですね。調べる時と場所が決まったら、ご連絡します。

 このこと、くれぐれも、口外禁止ですよ)


(わ、分かりました)


 マサヒデがひそひそ話をやめ、普通に喋りだす。


「じゃあ、そろそろ昼ですし、弁当でも食べましょうか」


「はい・・・」


「さあ、皆さん! そろそろ昼です! 弁当でも食べましょう!」


 マサヒデはにこにこしながら、庭の真ん中に置いてある弁当に向かう。

 アルマダはその背中を見て、


(この人は・・・)


 と思いながらも、魔剣への興奮が抑えられない自分にも、


(私という人間は・・・)


 と、肩を落として、弁当に向かった。

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