第13話 挨拶・6 孫がいる
しばらくして、アキが戻ってきた。
最初は、泣いたマツとクレールを見て驚いていたが、理由を聞いて落ち着いた。
執事が声を掛けてくる。
「アキ様。席を外しておられましたので、遅れましたが・・・
こちら、マサヒデ様より。ホテル『ブリ=サンク』レストランのスイーツです」
「すいーつ・・・甘い物ですか?」
「はい。今朝作られましたものですので、本日中にお召し上がり下さいませ」
「わあ、ありがとうございます。マサヒデも気が利くこと!」
村から出ることのないアキは知らないが、カゲミツは知っている。
ブリ=サンクのレストランといえば、国中に知られた有名店だ。
ただの田舎町のレストランではない。
嫁に用立ててもらったのか・・・
「マツ様よりのアキ様への贈答品ですが、香水にしたいと。
こちら、ご本人に会ってみませんと、似合いの香りが選べませんので・・・
また後日、改めてお送り致します」
「まあ! 香水? わあ・・・香水だなんて・・・そんな贅沢な物・・・
マツさんが、私を見て、選んでくれるんですね! 嬉しい!」
「喜んで頂けまして、マツ様もお喜びになるでしょう」
「さ、マツさん。いつまでも泣いておらずに。
私は嬉しいですよ。ありがとうございます」
「はい・・・ぐしゅ」
マツは涙を拭って顔を上げた。
ここで、マツから最後の攻撃が始まる。
「あの、お父上、お母上・・・」
「なんでしょう?」
「どうしました?」
「私、お二人に伝えねばならぬことがございます」
「?」
「マサヒデ様も、きっと喜んでくれるって・・・」
「嬉しい話ですか? なんでしょうか。お話し下さい」
マツはそっと腹の下の方に手を当てる・・・
まさか!
カゲミツの目が見開かれる!
「実は、マサヒデ様と私のタマゴが・・・ここに」
クレールも薄々は気付いていた。
レストランで、ワインを断ったマツ。
やっぱり・・・
嬉しそうに腹に手を当てるマツを見て、思わず嫉妬を感じてしまう。
「タマゴ? ・・・と言いますと・・・タマゴ・・・まさか!?」
「はい」
カゲミツとアキが、口を開いて顔を見合わせる。
孫が・・・私達の孫が、今この部屋にいるのだ!
「私、最初は、人族の方がタマゴで産まれないって知らなくて、驚きました。
でも、お医者様に診てもらいましたら、ちゃんと育ってますって」
「わあ!」
「ま、まじで!? くそ・・・マサヒデの野郎・・・!」
(ふ・・・マサヒデ・・・負けたよ・・・)
カゲミツは笑顔で、マサヒデに負けを認めた。
驚いて口調も元に戻ってしまった。
「でも・・・」
マツの顔が急に暗くなる。
俯いてしまった。
「・・・」
「どうしました、急に」
「・・・」
きり! とマツは顔を上げた。
何かを決意した顔だ。
「お父上。お母上。
お二方の孫、このタマゴから、いつ割れて産まれるか、分からないのです。
人族よりも、私は長命・・・私の血が濃ければ・・・100年かかっても・・・
私のお腹に出来てしまったばかりに・・・」
「・・・」
喜んで立ち上がりかけたアキが、かくん、と座ってしまった。
カゲミツは神妙な顔で、目を瞑る。
だが、カゲミツは薄々気付いていた。
魔王の一族は、何千年と生きるのだ。
となると、その子が産まれるのは・・・と。
「・・・アキ。顔を上げろ」
カゲミツは、ふう、と息を吐き、マツに真剣な目を向けた。
「アキは気付いていなかったみてえだけど・・・
マツさん。俺は、何となく、気付いてたんだ。
魔王様の家系は、そりゃあもう長命だ。
となりゃあ、その腹に出来る子供はいつ? てな」
マツが真剣な目で、カゲミツの目を見返す。
「となると、自然と、な・・・分かっちまったんだ・・・
俺が生きてる間に、顔は見られねえんじゃねか・・・てな・・・」
クレールも、カゲミツの顔を真剣な顔でじっと見ている。
彼女も長命な種族。子が産まれるまでは、人族より数年長いくらいだ。
しかし、産まれた後。
人族から見れば、その子はいつまでも赤子のまま。
それは、もっと残酷な事かもしれないのだ・・・
カゲミツもアキも、成長した孫の姿を見ることは出来ないのだ。
「ふふ。でもよ。知ってるぜ。タマゴは見れるんだろ?」
にや、とカゲミツは笑う。
「はい」
「当然だけど・・・魔王様は、孫の顔、見れるんだろ?」
「はい」
「じゃあ、俺は満足だ! こんなに嬉しいことはねえ!
マツさん! 今日の土産で、この話が一番嬉しかったぜ! わははは!」
「お、お父上!」
「もちろんだけどよ、早く産まれることもあるんだろ?」
「はい! はい・・・!」
マツは口に手を当てて、泣き出してしまった。
「じゃあ問題ねえ! なあ、アキ!」
「そうですとも! そうですとも・・・!
マツさん! ありがとうございます!」
アキがマツに飛びつく。
クレールもじわじわ涙を流す。
そのクレールに、カゲミツが声を掛ける。
「クレールさん。あんたもレイシクランってことは、ずいぶんと長生きなはずだ。
マツさんと同じだろ? タマゴかどうかは知らねえけど。
でも気にするなよ! 孫が出来たら、絶対教えてくれよ!
顔が見れなくっても、俺らは大満足よ! わはははは!」
「お父様!」
クレールは仁王立ちで笑うカゲミツの足に飛びついて、わんわん泣き出した。
廊下で執事がそっと涙を拭う。
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「もう1杯くれるか!」
「は」
「あんたも一緒に飲もうぜ! なあ!」
執事の肩を掴んで揺らしながら、カゲミツはクレールの土産のワインをぐいぐいと飲み干す。
空になった瓶が、部屋の隅に片付けてある。
「いやあ、めでてえ! めでてえなあ! はははは!」
「はい! めでたいです! 私も早くマサヒデ様の子が欲しいです!
マツ様だけずるいですよ! 私も欲しいです!」
クレールもぐいぐい飲む。
「わはははは・・・はっ!」
あっ! とカゲミツがマツに顔を向ける。
「ああ!」
大声を上げて、酔っ払ったカゲミツが頭を抱える。
「マツさん・・・さっきは刀持たせちまって・・・子供が出来たってのに!
うう、俺はなんてことを!」
「あ、お父上。それは大丈夫です。
我らのタマゴ、出来たら1日で怖ろしく固くなって、流産とかもないんです。
動いても平気なんですよ」
カゲミツがぱっと笑顔を上げる。
「そ、そうか! それは良かった! 良かったなあ!」
「良かったです!」
ぐいぐい飲むカゲミツとクレール。
にこにこと茶をすするマツとアキ。
「さ、マツさん。マサヒデのお土産、食べましょうか」
「わあ! ブリ=サンクのスイーツ、楽しみ!
お母上、ここのお菓子、すごく美味しんです!」
「俺は塩辛が食いてえなあ!」
「私は羊が欲しいです!」
「羊はねえなあ! はははは!」
その盛り上がった部屋の天井裏。
カオルは静かに気配を消し、ずっと機を伺っている。
レイシクランの大量の忍の気配が一斉に消えたことで、全ての忍が去ったと思っているようだ。
今は酒が入っているが、酒程度で、剣聖が隙を見せるものか。
(気配を消せ・・・機を待て・・・隙を見極めるのだ)
気付かれてはいない。
慎重に、カオルは機を待つ。
完全な隙が出来るまで。
カオルの顔の上を、小さなクモが歩いて行く・・・
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