第12話 挨拶・5 恐怖の土産


 部屋まで戻ると、執事が声を掛けてきた。


「マツ様、お嬢様、いかがでしたか」


「驚きました・・・」


「どれもすごかったです・・・」


 その言葉を聞いて、カゲミツもにやにや笑う。


(ぷーくくく! さすがにこれにはビビったようだな! 俺の一本だ!)


 カゲミツのにやにや笑う顔をちらりと見て、執事の目がきらりと光る。


「さあ、お二人共、座って下さい」


「はい」


「お楽しみ頂けましたか」


「すごかったですね! あれがお父様の秘蔵の名刀なんですね!」


「ええ、まるで魔術のようなことまで・・・」


 執事が廊下から声を掛ける。


「マツ様がここまで驚くとは。怖ろしい作なのですな」


「いや、まあ、そこそこですよ。そこそこです」


 はは、と小さく笑うカゲミツ。

 だが、目にはしてやったり、という色がありありと見える。


「さ、ではこちら、マツ様から。どうぞ」


 執事から、マツの土産が差し出される。

 小さな袋に包まれた、箱のようなもの。

 はて、何だろう? 魔王様の姫だし、印でも送ってくれたのか?


「お父上には、刀剣がご趣味とのことで、私からも」


 マツが頭を下げる。


「刀剣・・・随分と小さいですね?」


「はい。ナイフです。小さなものですけど」


「ナイフ? 見てみても?」


「はい。お眼鏡に叶えば、私も嬉しく思います」


 袋を開ける、燦然と輝く金色の箱。

 怖ろしく細かく美しい意匠。

 いくつもはめられた輝かしい宝石。

 この箱だけでいくらするのか?


「こ、これは随分と値が張ったのでは?」


「国を出る時に、お父様から授かりましたものです」


「ほう。お父上から、ですか」


(魔王様のナイフ? 娘に贈るほどの? マツさんは魔術師だし、護身用か?)


「では、失礼して」


 と、手を伸ばしかけた瞬間。


(この感じは!?)


 カゲミツの研ぎ澄まされた感覚が、箱の外から中身の怖ろしい気配を感じ取る。

 この豪華な箱に入っている物は、ただのナイフではない!


「・・・」


 一瞬止まった手をそのまま伸ばし、ぱかっと蓋を開ける。

 箱に負けず、これまた怖ろしく派手な意匠のナイフだ。

 だが、何か怖ろしいものを感じる・・・


「これは、随分と・・・凝って作られた作品ですね・・・」


 ごくり、とカゲミツの喉が鳴る。

 廊下から執事はその様子をちらりと見て、にやっと笑う。


「ええ。お父様はこれを贈答品として使うように、と私に下さいまして。

 そういうわけで、此度はこちらを」


「ほう。贈答品と」


(これやべーやつだよ。絶対やべえよ。呪いとかねえよな。贈答品だもんな)


 カゲミツは、ナイフを見つめる自分の目が、恐れを浮かべているのを感じた。

 表情には出さなかったが・・・目に出てしまったか・・・

 執事が廊下でにやついているのは分かっている。


「・・・」


 指先がナイフに触れた瞬間。


(う!)


 鞘の中から、黒い霧のようなものが滲み出てくる。

 少し驚いたが、さすがにマサヒデのように手を離したりはしない。


「ふむ。これは魔術がかかった品・・・でしょうか?」


 マツは小首を傾げる。


「おそらく・・・ただ、ちょっと私めには詳しくは。

 ・・・申し訳ありません、刀剣には疎くて・・・」


 あ、と言って、マツは「ぱちん」と手をあわせ、にこやかな顔になった。


「そうでした! マサヒデ様も、ラディさんも、これは良い品ではないか、と」

 

「ほう。では・・・」


(マサヒデもあの娘も見たってことは、変な呪いもねえみてえだ・・・

 抜いても大丈夫か?)


 と、柄を握った瞬間。


「!」


 さすがにカゲミツも驚いた。

 身体中を何かが走って行く。

 全身に何かが満たされていく。

 明らかに、ナイフの奥の方から大量の何かが送られてくる!

 この力は一体!?


「・・・こ、これは・・・!」


 恐る恐る抜いてみると、黒い霧のようなものがもやもやと出る刃。

 金色に光る意匠とは正反対に、全く光を反射していない。

 そんな禍々しい刃なのに、神々しさを感じる。


 これは魔剣だ!

 間違いなく、魔剣のうちの一本だ!

 ・・・しかし、ナイフの形の魔剣など、聞いたことがない。


 カゲミツの身体が、一瞬だけぶるっと震える。

 執事がその様子を見て、にやりと笑みを浮かべる。

 さっきから執事がにやついているのは気付いているが、さすがに動揺を隠せない。


(くっ・・・さすが魔王様の姫だ・・・怖ろしい物を出してきやがる!)


「お、お父上は、これを贈答品と以外に、何か仰られておりましたか?

 その・・・扱いに注意するように・・・とか・・・」


「? うーん・・・特に何も・・・」


「そ、そうですか」


 これは一体、どんな力を持った魔剣なのだ!?

 聞いたこともない魔剣だ。

 秘めた力が分からない以上、軽々しく扱うことは出来ない。


 馬車で普通に運んできたのだ。

 おそらく、火が上がったり、竜巻が出るような物ではあるまい。

 ・・・この部屋が吹っ飛ぶような事がなければ良いが・・・


(おいおいおいおいおい! これはやべえって!)


 ゆっくりと鞘に収め、そっと箱に戻す。

 慎重に蓋を閉め、カゲミツはマツに向き直った。


「・・・これは素晴らしい。言葉で表せるような品ではない。

 おそらく、いや。間違いなく・・・これは魔剣です。

 この作品は、今まで世に出たことのない魔剣ですね」


「え!?」


「魔剣!?」


「ま、魔剣って・・・世界に数本しかないっていう、あの魔剣ですか!?」


 マツとクレールも驚いて、口を開けている。

 カゲミツは2人に真面目な顔で頷いた。


「ええ。間違いないでしょう。これは、魔剣です」


「お、お父様はそんなものを、贈答品に使えって、私に!?」


「お父上は、よほどマツさんの事を大事に思ってらっしゃるんでしょう・・・

 魔剣となれば、たとえ魔王様とはいえ、簡単に手放せる物ではない。

 『魔剣』という冠を持つ剣は、世に数本。

 財力や権力などで、手に入れることが出来る物ではありません。

 これは、今まで世に出ず、知られていないので『魔剣』と呼ばれていないだけ。

 それを、贈答品に使うように、などと・・・」


「・・・」


「魔剣とあれば、私のような刀剣趣味の者でなくとも、大喜びのはずだ。

 マツさんが威厳を保てるよう、恥をかかないよう・・・

 色々な思いを込め、お父上はこれを持たせてくれたのでしょう。

 その為であれば、たとえ魔剣といえど、惜しくはない、と」


「お、お父様・・・!」


「うぐっ・・・うう・・・」


 マツとクレールの目から、涙があふれる。


「マツさん。これはあなたへの、魔王様の父としての気持ちがこもった品。

 これは私が持っていて良い物ではない。お気持ちだけ、頂いておきます。

 魔剣をこの手にする事が出来ただけで、私は十分幸せです」


 カゲミツは真剣な顔で、慎重に言葉を選び、ゆっくりとマツに伝える。

 その心中は・・・


(こんな厄介なもん、持ってられねえ! 何とか持って帰ってもらわねえと!)


 手が震えないように十分に注意して、そっと、箱をマツに戻す。


「マツさん。ありがとうございました。眼福でした」


 カゲミツは手を付いて、マツに頭を下げた。


(頼む! 持って帰ってくれ! こんな怖ろしい物を置いておきたくない!)


 マツは泣きながら、カゲミツに飛びついた。


「お父上! 頭をお上げ下さいませ!」


(やった!)


 神妙な顔で、カゲミツは頭を上げた。


「これがそのような品だとは! それほど父上の気持ちがこもった品であれば!」


(よし!)


「私と、お父様の気持ちを込めて! お父上に受け取って頂きとうございます!」


(うっそ!?)


「・・・しかし、マツさん・・・」


「お願いします! 是非! お父上!」


 マツがカゲミツの膝に泣きつく。


(やべえ・・・逃げられねえ・・・詰んだ・・・)


 カゲミツは腕を組んで、天を仰ぐ。


「・・・分かりました。あなたと、あなたのお父上の気持ち・・・

 このカゲミツ、しかと受け取ります。ありがとうございます」


(頼む! おとなしい力の魔剣であってくれ! いや、おとなしかったら魔剣じゃねえけど! でも頼む!)


「ありがとうございます! ぐす・・・ぐす」


「さあ、マツさん。顔を上げて・・・」


「はい・・・」


 カゲミツは魔剣の恐怖に身体が震えそうになりながら、神妙な顔でマツに頷いた。

 後ろでクレールが泣いている。

 心中を察せられたか、廊下で執事がにやにや笑う。


(マサヒデ・・・ここまで俺を追い詰めるとは。見事だぜ・・・)


 カゲミツはもうぎりぎりの状態だ。

 だが、まだ終わりではない。

 マサヒデの追い打ちはまだ続く。

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